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支配の崩壊
第11話
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学校から出られるからか、石神から離れられるからか、どちらだかわからなかったが、生徒たちは興奮している。石神は、隣のクラスの宮本先生と他の先生に、校外学習の付き添いを任せ、自分は教室で待機していると言った。
働けよと思ったが、これなら動きやすい。今回は怒られることが一番の目的だった。
スケッチブックと色鉛筆を持ち、校外学習へと出かけた。
理樹と孝彦。真美と明美。僕は美来と並んで歩いていた。
校舎を出て、校門を出る。近くの大きい公園に行けば、大概の人が集まっているだろう。大勢いれば、先生の目は僕らに向かないと考え、僕らの班も公園を目指した。
学校から僕の実家の方へ向かう途中、子供達がよく遊んでいる大きな公園があった。その公園は自然に囲まれていて、遊具があるエリアと、サッカー場くらいの広さの広場があるエリアに分かれている。
その公園に向かう途中、ずっと無言な美来に話しかけてみた。
「ね、美来さんは優等生だよね」
「そんな事ない。一人でいるだけ」
美来は小声でブツブツと言う。
「だけど、先生に怒られたところ、見た事ないよ。先生怖いからさー」
笑いながら聞いてみた。
すると美来は意外なことを呟いた。
「怖いと思ってないでしょ」
美来は僕の顔を下から覗き込み言った。
「え、怖いよ、僕なんかいつも怒られてるし」
少し焦ったが、笑って返す。
「美来さんはどうなの?」
「同じ、怖くない」
「怒られた事ないもんね。泣いちゃうよ、あれ」
もう一度笑ってそういうと、美来は小さく答えた。
「怒られたことあるよ」
美来が説教を受けていたのは意外だった。
「でも怖くないよ」
今度は美来が笑って返す。
やはり美来は石神を恐れていないのかもしれない。この年であれが怖くないのは、異常ではあるが、あまり深くは考えなかった。
公園に着くと、生徒の大半がそこにいた。春の生物や木々を観察するのに、この場所はうってつけなのだろう。
遊具の周りを木や花壇で囲むように自然が設置されている。それはどこか人工的だったが、一つの自然をピックアップする分には丁度いい。
班員は少し距離をとり、各々の描きたかった標的を探す。正直、スケッチはどうでも良かったので、美来が座った隣に腰を下ろした。
以前の僕には美来と話した記憶がない。小学校の頃は、決まった仲間としか打ち解けることができず、自分からは積極的に話すタイプではなかった。美来も僕と同じで、自分からは決して話さない。当然そんな二人が仲良くなることはなかった。
スケッチを一通り終わらせ、美来の描いているものに目を向ける。
「すごい上手だね」
「ありがとう」
美来が描いたのは桜の木だった。五月にもなると、花は枯れて、緑色の葉がついている。だが、美来の絵は、満開の桜よりも繊細で、僕の目には美しく映った。
「あのさ、ちょっと教室に帰らないで見ない?」
率直に聞いてみた。
「なんで?」
「なんか楽しそうじゃん」
断られるかと思ったが、美来は首を縦に振った。素直に応じてくれるようだ。
その場で僕らは立ち上がり、理樹と孝彦の方へと振り返る。だがその公園には、すでに理樹たちの姿はなかった。真美と明美は、スケッチに夢中でまだ気がついていない。
少し焦ったが、冷静にそのことを二人に知らせた。女の子達はすごく引き攣った表情になり、同時に理樹達に怒っていた。巻き添えを喰らうと思ったのだろう。
「先生に伝えて来て」と頼んだら、素直に「わかった」と二人は学校へ戻っていった。
理樹達が何をしているのか不思議に思った。石神が見ていないところで、彼らは勝手に悪さをしているのだろうか。教師だった時の自分で、彼らを考えてしまっていた。
どっちにしたって戻る予定ではなかったので、理樹と孝彦を探すことにした。
「やっぱり怖くないでしょ」
美来は少し笑いながら聞いてきた。
「まあ…」
美来の表情にも恐怖は感じられない。
「なんでこんなことするの?」
美来はもう一度聞いてきた。さっきの僕の発言に納得していないのだろう。
「うーん、先生が嫌いだから」
正直に美来に話すと、続けて質問をされる。
「なんで嫌いなの」
「生徒を二人も殺すから」とは言えず、別の解答を探す。
「先生として、間違ってるから」
「何が間違ってるの?」
美来は再び質問をしてきた。
「え、何って、必要以上な叱責だったり、指導だよ。みんな怖がってるから…」
そういうと美来は下を向いて、小さな声で呟いた。
「私は、怖いの、必要だと思う」
それから僕らは、無言で理樹と孝彦を探した。
美来の言っていることはわからなかった。怖いのが必要。何のために。石神はあの恐怖で人を殺すのだ。必要なわけがない。
何度考えても、美来の言っていることは理解できなかった。美来が石神のことを肯定しているのかと思うと、不思議に思えてしまう。
結局、理樹と孝彦を見つけられないまま、僕らは学校へ戻った。
教室に着くと、戻らなくてはいけない時間から三十分ほどが経過していた。黒板には先生の文字で、「戻ったら座って待っていなさい。」と書かれている。同じ班の真美と明美に、石神の行方を聞いた。だが二人が戻ってきた時にも、教室にはいなかったとのことだった。理樹と孝彦も、席にはいない。まだ帰ってきていないのかと思ったがその時、フロア中に聞き慣れた怒号が響く。どうやら理樹たちは石神に捕まったらしい。
席につき石神が来るのを待っていた。授業時間が終わる数分前に、石神が教室に入る。理樹と孝彦はまだ戻って来ていない。
「時間内に戻んなかったやつ」
クラスのみんなは下を向き、全員が怖がっていた。
「はーい」
僕は少し舐めた態度で返事をした。
「チッ」と舌打ちをし、呼び出される。
下を向いていた生徒が僕の方を見て、目を丸くしている。これで石神を恐れていないということが、みんなに伝わってくれていると、今後の計画にかなり作用すると思うのだけれど。
頭の後ろで両手を組み、ゆっくりと石神の方へ歩いていった。
すると、美来も右手を上げた。美来は生意気な僕の態度を見て、小さく笑っている。
これで美来が、石神を怖がっていないことが確定した。
こうして、僕らは二人揃って石神の後をついていった。
空き教室に入ると、理樹も孝彦もと泣いていた。
「ごめんなさい…」
それをずっと口にしている。
「帰りまで立ってろ」
理樹と孝彦はそう言われると、謝りながらその教室から出ていった。
下校の時間まで、あと三時間ほど残っている。こいつは本当に教師なのかと思ってしまう。
僕ら二人を椅子に座らせ、こっちを睨む。そうしてため息をついて、面倒くさそうに言う。
「上田、何考えてんだ?」
石神は少し疑問に思っているらしい。それに楯突き反撃する。
「いえ、何も!」
お退けた調子で言ってやった。美来はそんな僕を見て、またクスクスと笑っていた。
石神は驚いた顔で僕らを見ている。もう一度舌打ちをし、石神は口を開く。
「調子に乗るなよ。よし戻れ」
相当煩わしいのか、僕には何も言ってこない。従順な生徒にだけ強く当たる石神に、ますます腹が立った。
教室を出てから五分ほどして、美来も戻ってきた。廊下で待っていた僕が「どうだった?」って聞いたら「叱られた」と笑って答えた。
これ以降、美来と同じように石神に無視されるようになった。やはり僕らのような問題児を石神は避けている。
働けよと思ったが、これなら動きやすい。今回は怒られることが一番の目的だった。
スケッチブックと色鉛筆を持ち、校外学習へと出かけた。
理樹と孝彦。真美と明美。僕は美来と並んで歩いていた。
校舎を出て、校門を出る。近くの大きい公園に行けば、大概の人が集まっているだろう。大勢いれば、先生の目は僕らに向かないと考え、僕らの班も公園を目指した。
学校から僕の実家の方へ向かう途中、子供達がよく遊んでいる大きな公園があった。その公園は自然に囲まれていて、遊具があるエリアと、サッカー場くらいの広さの広場があるエリアに分かれている。
その公園に向かう途中、ずっと無言な美来に話しかけてみた。
「ね、美来さんは優等生だよね」
「そんな事ない。一人でいるだけ」
美来は小声でブツブツと言う。
「だけど、先生に怒られたところ、見た事ないよ。先生怖いからさー」
笑いながら聞いてみた。
すると美来は意外なことを呟いた。
「怖いと思ってないでしょ」
美来は僕の顔を下から覗き込み言った。
「え、怖いよ、僕なんかいつも怒られてるし」
少し焦ったが、笑って返す。
「美来さんはどうなの?」
「同じ、怖くない」
「怒られた事ないもんね。泣いちゃうよ、あれ」
もう一度笑ってそういうと、美来は小さく答えた。
「怒られたことあるよ」
美来が説教を受けていたのは意外だった。
「でも怖くないよ」
今度は美来が笑って返す。
やはり美来は石神を恐れていないのかもしれない。この年であれが怖くないのは、異常ではあるが、あまり深くは考えなかった。
公園に着くと、生徒の大半がそこにいた。春の生物や木々を観察するのに、この場所はうってつけなのだろう。
遊具の周りを木や花壇で囲むように自然が設置されている。それはどこか人工的だったが、一つの自然をピックアップする分には丁度いい。
班員は少し距離をとり、各々の描きたかった標的を探す。正直、スケッチはどうでも良かったので、美来が座った隣に腰を下ろした。
以前の僕には美来と話した記憶がない。小学校の頃は、決まった仲間としか打ち解けることができず、自分からは積極的に話すタイプではなかった。美来も僕と同じで、自分からは決して話さない。当然そんな二人が仲良くなることはなかった。
スケッチを一通り終わらせ、美来の描いているものに目を向ける。
「すごい上手だね」
「ありがとう」
美来が描いたのは桜の木だった。五月にもなると、花は枯れて、緑色の葉がついている。だが、美来の絵は、満開の桜よりも繊細で、僕の目には美しく映った。
「あのさ、ちょっと教室に帰らないで見ない?」
率直に聞いてみた。
「なんで?」
「なんか楽しそうじゃん」
断られるかと思ったが、美来は首を縦に振った。素直に応じてくれるようだ。
その場で僕らは立ち上がり、理樹と孝彦の方へと振り返る。だがその公園には、すでに理樹たちの姿はなかった。真美と明美は、スケッチに夢中でまだ気がついていない。
少し焦ったが、冷静にそのことを二人に知らせた。女の子達はすごく引き攣った表情になり、同時に理樹達に怒っていた。巻き添えを喰らうと思ったのだろう。
「先生に伝えて来て」と頼んだら、素直に「わかった」と二人は学校へ戻っていった。
理樹達が何をしているのか不思議に思った。石神が見ていないところで、彼らは勝手に悪さをしているのだろうか。教師だった時の自分で、彼らを考えてしまっていた。
どっちにしたって戻る予定ではなかったので、理樹と孝彦を探すことにした。
「やっぱり怖くないでしょ」
美来は少し笑いながら聞いてきた。
「まあ…」
美来の表情にも恐怖は感じられない。
「なんでこんなことするの?」
美来はもう一度聞いてきた。さっきの僕の発言に納得していないのだろう。
「うーん、先生が嫌いだから」
正直に美来に話すと、続けて質問をされる。
「なんで嫌いなの」
「生徒を二人も殺すから」とは言えず、別の解答を探す。
「先生として、間違ってるから」
「何が間違ってるの?」
美来は再び質問をしてきた。
「え、何って、必要以上な叱責だったり、指導だよ。みんな怖がってるから…」
そういうと美来は下を向いて、小さな声で呟いた。
「私は、怖いの、必要だと思う」
それから僕らは、無言で理樹と孝彦を探した。
美来の言っていることはわからなかった。怖いのが必要。何のために。石神はあの恐怖で人を殺すのだ。必要なわけがない。
何度考えても、美来の言っていることは理解できなかった。美来が石神のことを肯定しているのかと思うと、不思議に思えてしまう。
結局、理樹と孝彦を見つけられないまま、僕らは学校へ戻った。
教室に着くと、戻らなくてはいけない時間から三十分ほどが経過していた。黒板には先生の文字で、「戻ったら座って待っていなさい。」と書かれている。同じ班の真美と明美に、石神の行方を聞いた。だが二人が戻ってきた時にも、教室にはいなかったとのことだった。理樹と孝彦も、席にはいない。まだ帰ってきていないのかと思ったがその時、フロア中に聞き慣れた怒号が響く。どうやら理樹たちは石神に捕まったらしい。
席につき石神が来るのを待っていた。授業時間が終わる数分前に、石神が教室に入る。理樹と孝彦はまだ戻って来ていない。
「時間内に戻んなかったやつ」
クラスのみんなは下を向き、全員が怖がっていた。
「はーい」
僕は少し舐めた態度で返事をした。
「チッ」と舌打ちをし、呼び出される。
下を向いていた生徒が僕の方を見て、目を丸くしている。これで石神を恐れていないということが、みんなに伝わってくれていると、今後の計画にかなり作用すると思うのだけれど。
頭の後ろで両手を組み、ゆっくりと石神の方へ歩いていった。
すると、美来も右手を上げた。美来は生意気な僕の態度を見て、小さく笑っている。
これで美来が、石神を怖がっていないことが確定した。
こうして、僕らは二人揃って石神の後をついていった。
空き教室に入ると、理樹も孝彦もと泣いていた。
「ごめんなさい…」
それをずっと口にしている。
「帰りまで立ってろ」
理樹と孝彦はそう言われると、謝りながらその教室から出ていった。
下校の時間まで、あと三時間ほど残っている。こいつは本当に教師なのかと思ってしまう。
僕ら二人を椅子に座らせ、こっちを睨む。そうしてため息をついて、面倒くさそうに言う。
「上田、何考えてんだ?」
石神は少し疑問に思っているらしい。それに楯突き反撃する。
「いえ、何も!」
お退けた調子で言ってやった。美来はそんな僕を見て、またクスクスと笑っていた。
石神は驚いた顔で僕らを見ている。もう一度舌打ちをし、石神は口を開く。
「調子に乗るなよ。よし戻れ」
相当煩わしいのか、僕には何も言ってこない。従順な生徒にだけ強く当たる石神に、ますます腹が立った。
教室を出てから五分ほどして、美来も戻ってきた。廊下で待っていた僕が「どうだった?」って聞いたら「叱られた」と笑って答えた。
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