上 下
82 / 108
仮題: 冷やし中華始めました殺人事件

02

しおりを挟む


「それ……【増やし中華】って言いたいんじゃありませんか?」

 コムさんの出題は……簡単すぎましたね。一瞬で解けてしまいました。

「正解。よくわかったね。そのお店は夏になると量が増えるんだよ。案外、好評な気がするんだけど……どうかな?」

「いやいや……それってただのデカ盛りじゃありませんか。それに、そんなのをやったら夏場以外は損をした気になっちゃいますよ」

「あ……そっかぁ」

 こうして……アタシ達は再びデスクの上に頭を預けました。なんなんでしょうね、このやり取り。そんな事を考えていたら、アタシの頭の中には【悔し中華】なる謎メニューが浮かび上がってくるのでした。



 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━



 長くの時を過ごしました。その時間をアタシは【ハヤシ中華】や【怪し中華】というメニューを考案する事に費やしたのです。まず【ハヤシ中華】は……皿うどんのあんかけの代わりにデミグラスソースを用いることで完成します。どうですか? 結構、美味しそうな感じがしますよね。

 そして【怪し中華】。こちらは闇鍋風の食べ物です。各自がそれらしい食材を持ち寄り、それを中華鍋に放り込む。この料理の肝は鍋と違って焼く事なんです。そうすることで鍋とは異なり……視覚でも味わうことが出来るのです。ほら、闇鍋にデザートを入れるような人っているじゃないですか。それを【怪し中華】で試すと……どうでしょう。はい、食材を無駄にするのはよくないですよね。ということで、このメニューは没です。

 その時……入り口の方からチャイムの鳴る音が聞こえてきました。お客様みたいですね。アタシは立ち上がると入り口の方へと向かいました。コムさんも向かっていますね。それにしても、久しぶりのお客様ですね。これは【怪し中華】で歓迎するべきでしょうか。そんな事を考えていたら、いつの間にか入り口へと辿り着いたのでした。

「お待たせしました。どうぞお入りください」 

 ドアを開いてお客様を招き入れたのはコムさんです。アタシは頭を下げて来訪への謝意を示しました。

「ご丁寧にありがとねー」
 
 そう言って入ってきたのは……頭に三角巾をつけ、少し油で汚れた前掛けを纏った女性の方でした。若い頃の可愛らしさを少し残しながらも、笑い皺が深く刻まれた人の良さそうな印象のおばさん、そんな印象ですね。髪の毛の長さは三角巾とフィットしたショートヘアーです。そして足元……これは厨房用の長靴ですね。こちらも油で汚れた跡が残されていました。まあ、一言で言えば……厨房の中の女将さんって感じです。

「本日はお越し下さり、誠にありがとうございます」

 コムさんは頭を下げると、お客様をソファーの方へ案内していきました。アタシもその後ろに続きます。

「あらあら、いいのかい? こんな高そうなソファーに座っちゃって」

 お客様はソファーに座るのを少し躊躇しましたが、コムさんが是非にと勧めると……ソファーに腰を下ろしました。ソファーの凹み方からは少し重量感を感じますね。アタシ達も両隣に腰をかけました。そして自己紹介をします。

 アタシ達がそれぞれの自己紹介を終えると、お客様も続いてくれました。

「私は一丸久仁子っていってね、現世では夫と中華料理屋をやってたのさ。とは言っても、家族経営の小さな店なんだけどね」

 そう言うと豪快に笑っています。彼女は【いちまるくにこ】さんと仰るみたいですね。中華料理屋さんを営んでおられたそうで、頭の三角巾や前掛け、長靴や、それに油汚れの跡が残っていたのにも納得がいきます。それに……その愛想の良さが、なんだかいかにも小さな中華料理屋さんの女将さんを思わせていて、なんと言えばいいんでしょうかね……団欒だんらんというかアットホームな雰囲気を感じさせてくれますね。

 さて、自己紹介を済ませた我々は……本菜が【謎】を含んだ【物語】とするならば、食前酒とばかりに世間話に興じます。まずは中華料理の話で盛り上がりました。一丸さんのお店、店名は【蘭丸】と言うそうなのですが……名物はラーメンだったみたいです。煮込みに煮込んだ豚骨のスープが大評判だと聞かされたアタシは空腹感を抑えるのに必死でした。

「なんだか聞いてるだけでも、お腹が減ってきちゃいますね」

 思った事をそのまま口に出すアタシ

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。でも……私はそれを思い出すと、豚骨を運んだり、中華包丁で叩き折ったりの手間を思い出して……腹が減るどころか腹が立ってくるくらいだよ」

 と、一丸さんは笑いました。いい笑顔ですね。しかし……どうやら一丸さんはおしゃべりが大好きなようで、彼女の語りはまだまだ続きます。

「あぁ、そうだそうだ。腹が立ってくると言えば……ウチの亭主。アレにはいつも腹が立ったもんだよ。一丸昭一郎っていうんだけどね、あの腹黒はいつも面倒事ばかり言ってくるのよ。考えなしに新メニューをやろうとかさ。あぁ……思い出す度に腹が立ってしょうがないね。しかもさ、それで夫婦喧嘩になってるのを見て、娘は腹を抱えて笑ってるのよ。あの娘も腹が据わっているというか、親を親と思っていないような感じでさぁ。もう、私の腹は立ちすぎちゃって……そのせいなんだよ、私のお腹がこんなに出っ張っちゃったのは」

 そう言うと、一丸さんはご自身のお腹をポンと叩きました。響きの良い音が辺りに広がります。

「そうだそうだ。娘は一丸蘭って言ってね。店名の【蘭丸】ってのもそこから付けたんだよ。蘭が丸々と育ちますようにと思ったのに……丸くなったのは私の腹だけだったって、そういう訳なんだよ」

 喋っている内容は愚痴なのに、ずっと笑顔で話している一丸さん。ホント、気のいいおばさんと表現するのがピッタリですね。彼女の話はまだまだ続くのですが、少し情報をまとめるとしましょうか。

 まず、彼女の夫……一丸昭一郎いちまるしょういちろうさん。久仁子さんの腹を立てさせる腹黒な方みたいです。次が娘さんの一丸蘭いちまるらんさん、腹を抱えて笑う、腹の据わった方だそうです。いやはや……一家全員がお腹エピソードで語られるのは凄いですね。

「それでさぁ……働けど働けど、たいして儲からないわけよ。それなりに人気店だったとは思うんだけどさ、私腹を肥やすだなんてのは夢のまた夢って訳だね」

 えっと、お店にもお腹エピソードが出てきちゃいましたね。そんなこんなで一丸さんの世間話は尽きることなく続いていったのでした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

そして何も言わなくなった【改稿版】

浦登みっひ
ミステリー
 高校生活最後の夏休み。女子高生の仄香は、思い出作りのため、父が所有する別荘に親しい友人たちを招いた。  沖縄のさらに南、太平洋上に浮かぶ乙軒島。スマートフォンすら使えない絶海の孤島で楽しく過ごす仄香たちだったが、三日目の朝、友人の一人が死体となって発見され、その遺体には悍ましい凌辱の痕跡が残されていた。突然の悲劇に驚く仄香たち。しかし、それは後に続く惨劇の序章にすぎなかった。 原案:あっきコタロウ氏 ※以前公開していた同名作品のトリック等の変更、加筆修正を行った改稿版になります。

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

処理中です...