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第1話 キャラクリの時にキャンセルボタンを押すと初期容姿に戻るのって残酷ですよね
しおりを挟む三十路を前に彼氏にフラれ、仕事は激務、さらに土日は親の介護。気付いた時には……私は死んでいました。死因は過労死なんでしょうね。
まあ……死因なんて些細なことです。普通ならば、自身の死因を些細と表現するのは不適切でしょうが……私にとって肝心なのは、目前の状況を理解すること。今、私の視界には永遠に広がる漆黒の闇と、ただ一人……そこに立っている人物が映し出されています。私は、その人物を注視しました。薄くなった頭髪に無精髭、それほど高くない背丈と少し丸まった肩、ドラム缶のような胴と短い足。パッツンパッツンの白のランニングと水色の短パンを纏っています……そして足元には健康サンダル。
そう、それは……まごうことなき【小太りしたおっさん】でした。
「誰が小太りおっさんやねん!」
うわ! 喋った。その【おっさん】は関西風のイントネーションで……いきなり私に向けて怒鳴りつけてきました。
「あ……す、すいません」
私は生前の癖なのでしょう。とりあえず謝ることで、その場しのぎとしますが……
「いや、ちゃうねん。怒ってるワケやなくてやな……なんちゅーか、冷やし中華、ツッコミやさかい、気にせんといてや」
【おっさん】は手の平を横に振り、自身の意図を説明している。動きがコミカルだ。間違いない。関西のノリですね。
「は、はい。どうも、すいませんでした」
とは言え、関西弁の【おっさん】相手のトークスキルなんて……生前の私は習得していません。もう少し、土曜お昼のテレビを見ておくべきでした。そう後悔はしたものの、生前の私の土曜の昼は……常に爆睡して夢の中にいたのです。悲しい生活してたんだなぁ。
「だ・か・ら……怒ってるとちゃうねん。ホンマ、そんな謝らんといてや。おっちゃん、何か悪いことしたみたいな気分になってまうやん」
【おっさん】は流暢に喋っていますが、私は現状把握に混乱していて……その言葉は耳を右から左へと華麗に駆け抜けていきます。何なんでしょう。もう……全てが理解不能です。こういう時に出る行動は、やっぱり身に染み付いた……謝罪なのでした。
「え? あ? ご、ごめんなさい」
「えーかげんにしなさい」
【おっさん】は片手の甲を振るようにして、私の二の腕付近にぶつけました。ツッコミでしょうね。でも……セクハラですよ、それ。
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「それでやな、お姉ちゃんは死んでまったんやけど……ほら、最近は【セカンドチャンス】とか【セカンドライフ】とか言われるやん。ほいで、考えたんや。おっちゃんも、現世で辛い思いをした人間に【セカンドライフ】させてやらなアカンって」
確かに、現世でも言われてましたね。【やり直しの効く社会】の実現だとか。でも……そんなこと以前に、私には気になる事があります。聞いてみましょうか。
「あの……おじさんって、一体誰なんですか?」
「ああ、言うてへんかった。これは、すんまへんな。おっちゃんは【転移の神様】やってるんや。現世で不遇な死に方をした人間に【セカンドライフ】として、異世界転移先の面倒みとります」
か……神様? こんな関西弁の【小太りおっさん】が? ギャップが激しすぎて飲み込めません。これ、無理に飲み込むと窒息しそうですね。お腹の部分が喉につかえるの必至です。
「誰が小太りおっさんやねん」
どうも、私が内心で思っていることが伝わっているみたいです。悔しいですが……認めましょう。小太りおっさんは神様でした。
「ほんでやな、お姉ちゃんには異世界に行って幸せに過ごしてほしいんやけど……やっぱり現世で失敗した人間が、お他所で成功するんは難しいんや。なんちゅーか……失敗する奴は何やっても失敗する癖が付いてたりするしな」
おっさんは、どこぞの自己啓発みたいな発言をするのですが……その言葉は失敗者のメンタルに深く突き刺さります。痛い、痛い。
「だからやな……お姉ちゃんには【チート】をあげようと思うんやけど……【チート】って、わかるか?」
私……通勤時とか電車でライトノベルを読むこともありましたので、チートの概念は理解しています。ちなみに退勤時は終電で爆睡でした。
「わかるんなら、話が早くて助かるわ。じゃあ……どんなチートが欲しいか、おっちゃんに教えてーな」
「美貌!」
即答しました。なにせ……現世での私の容姿は中の下、化粧を入れても中の中。何度……美人に生まれたかったと血涙を流したことかわかりません。
ですが、今……それを手に入れたのです。残念な事に別の世界への転移らしいのですが、その世界での生活には希望の光が見えてきましたね。ライトノベルで読んで憧れた……イケメンを侍らせる逆ハーレム世界が我が手中にあると思うと……血涙が鼻から出るくらいには興奮します!
「おっしゃ。わかったで……ほいじゃ、こっち見たってーな」
おっさんは何もない空間を指さしました。すると、そこにはSFを思わせるような画面が飛び出してきたのです。今の言葉で言うなら【3Dスクリーン】とでも言うのでしょう。そのスクリーンには……無個性な女性の姿が映し出されていました。そして私の手中には……某有名ゲーム機のコントローラーそっくりの機械が現れたのです。
「じゃ……異世界行った後のお姉ちゃんの容姿、そのコントローラーで設定したってぇな」
あ……知ってる。キャラクリだ、これ。私は慣れた手付きでコントローラーを操作しながら、理想の私を作り始めるのでした。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
ああでもないこうでもない。そんな繰り返しをすること幾星霜。私はようやく……異世界での自身の容姿をクリエイトできました。自慢の出来栄えです。これこそ容姿端麗、天香国色、傾国美人、大和撫子といった言葉が相応しく、まるで清楚に足が生えたかのようなキャラクターでしょう。そして……私が彼女になるんです。あぁ……期待に胸が高鳴ってきました。ちなみに私の以上に……胸は盛っています。
「あの、神様? キャラクリ……出来たんですけど」
私はおっさんの方に視線を向けると、おっさんは……寝ていました。
「あ……寝てたわ」
そりゃ……私、ゲームでキャラクリとかすると数時間使っちゃうタイプですけど……寝るのはヒドイんじゃないんですかね。
「ふわぁ……。おぉ、ごっつい別嬪さんやの。ええやん」
あくびをしながら起き上がるおっさん。腹も掻いてやがります。
「ほな……2つ目のチート決めてええで。何でも言うたってーな」
は? 2ついいの? 何それ、お得。
「言うたやん。【セカンドライフ】やって……それなら、やっぱ2個あった方がええやろ」
おぉぅ……太っ腹! ホントの見た目も太っ腹ぁ!
「お姉ちゃんは1個でええみたいやな」
内心が筒抜けなのを忘れがちになりますね。気をつけないといけません。そして、2つ目のチートを何にするかを考えます。それは、すぐに決まりました。
「金! 金、金!」
「現金やな。あ……これ、ダブルミーニングやで。まま、えやろ。美貌と金やな、了解したで」
よし……これで私の異世界生活は薔薇色ですね。イケメンに囲まれ、労働も必要とせず……欲塗れに生きていきます。
「じゃ……次は、お姉ちゃんの行く異世界の設定やな。普通のファンタジー世界でええか?」
世界の設定まで決めさせてくれるんだ……最近の神様、親切すぎますね。
「あ……それでお願いします」
「ほな、剣と魔法は?」
「んー。無しで」
「魔物は?」
「無し」
「ステータスオープンとか、どないします?」
「抜きで」
「貴族とか王族入れときます?」
「ありで」
「にんにく」
「マシマシで」
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
そんな感じでおっさんと世界設定を決めました。私は20歳の乙女として、先程のキャラの姿で王都へと転移することになったのです。
「そういえば……言葉の問題は大丈夫なんですか?」
実は……これ、肝心な質問なんですよ。ライトノベル界でも時々、話題になる……【なんで日本語通じるの】問題。これだけは確認しないといけませんね。せっかく美女として転移しても、言葉がわからなかったら楽しみどころではありませんから。
「その質問、よーけ聞くけどな……お姉ちゃんもゲームとかやるやろ? で……RPGゲームとかのテキスト、現地語で書いてあるんか?」
「それは……ないと思います」
「せやろ。これがユーザーフレンドリーってヤツや。だから……おっちゃんもその辺はちゃんとやっとるんやで。だから、お姉ちゃんは日本語のままでええんや」
おっさん、見た目に反して有能過ぎる。
「おっちゃん、仕事はちゃんとやるんや。そんで、ようやく暇になったらビール飲んで、外界の野球を見るのが趣味でな……」
内心が伝わってしまうことで、褒めた事が伝わってしまいました。調子に乗ったおっさんは……しばらく、外界の縦縞のチームについて語るのです。
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「せやせや。お姉ちゃんがあっちの世界に行った時なんやけど……お姉ちゃんの家族とか友達はおらんって設定で頼むわ。せやないと……いきなりあっちの人間関係に巻き込まれても困るやろ。だから、親の遺産で金は持ってるけど……知人はゼロからのスタートって事で、いっちょ頼むわ」
あぁ……なるほど。家族とかがいないのは寂しいですが、そもそも転移のチャンスを貰えてる時点でラッキーなんですよね。そこは諦めることにしましょう。
「ただ……いきなり、あっちの世界に放り出すゆーのも……おっちゃん、気が引けるねん。それにお姉ちゃんのこと、気に入ってもうたから……おっちゃん、サービスしたるわ」
そう言うと、おっさんは……もう一度、キャラクリ画面を登場させました。
「飴ちゃんの代わりに執事ちゃん……おまけに付けたる。その執事に転移先の知識をインストールしとくさかい、困ったら頼ればええ」
再び、私の手にコントローラーが現れました。画面には……無個性な男性が表示されています。これは……またしても私のキャラクリの腕の見せ場ですね。いいでしょう、やってやりますよ。イケメン……作らせていただきます。
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「これ、もっと顎伸びないの?」
「スライダーの範囲で我慢したってぇな」
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「ここの髪、もっと外ハネしたい」
「スライダーの範囲で我慢したってぇな。ええやん、おっちゃんなんて外ハネする髪もないんやで」
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「やっぱ……顎の尖りが足りない」
「もう勘弁したってぇな。刺さってまうやん」
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色々ありましたが……執事が完成しました。やりました。ドS系クール系のイケメン執事の完成です。笑いが止まりません。デュフフ……。
「それじゃ、お姉ちゃんと執事の名前……決めたってぇな。あぁ、世界設定的にはカタカナがええで」
遂にキャラクリがネーミングに到達しました。ゲーム的に言えば……そろそろキャラクリも最後でしょう。しかし焦ってはいけません。名前を適当に付けると後悔します。経験済です。ここはじっくりと考えることにしましょう。
「考えとるみたいやな。ほな……他の設定はどないせよか」
「お任せで」
「ん、わかった。おっちゃんの気まぐれメニューやな」
名前……どうしましょうか、やっぱり現実と近い方がいいんでしょうね。私……現世では【凛】だったので【リン】にしましょうか。そして執事さんの方は……思いつきません。ここは現実から考えるのは難しいので、それっぽい名前を沢山挙げて、その候補の中から選びましょう。
ええと……マクシミリアン・ジークフリート・ラインハルト・アルフォンス・アルブレヒト・ギュンター・クロマティ・ゲーリー・バース・ロードン・ポンセ・ホーナー・ブコビッチ・ウインタース・ボーリック・ブーマー・バナザード・ブライアント
なかなかピンと来る名前が出て来ないですね。こういう時、貧困な発想力が恨めしくなります。何か、他にヒントになりそうなものはないでしょうか。
「えっと……神様の名前は、なんて言うんですか?」
「ワイ? 大雅言うねんな。せやから……やっぱ野球はあのチームのファンなんやで」
大雅……たいが……タイガ。うん、いいじゃないですか。おっさんへの感謝も込めて、執事はタイガに決定しましょう。迷っていると決めてに欠けてしまいますからね。
「ん……よっしゃ。【リン】と【タイガ】やな。じゃあ、これで……設定は終了やけど、なんか質問あるか?」
「いえ、大丈夫です。色々とありがとうございました」
私はおっさんに深々と頭を下げました。最初は驚きましたけど……見た目に反して、いい神様でしたね。
「ほな、行こか。今から段々、意識がなくなっていくで。ほんで……目が覚めたら異世界や。楽しい人生になるとええな」
おっさんは優しそうに微笑んでいます。そして……私はその笑顔を見ながら、意識がなくなっていきました。
━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━
「おはようございます、お嬢様」
目を開くと……豪奢なシャンデリアが日光を反射し輝いていました。そして、視界の隅には……執事らしく黒のスーツと白のワイシャツ、蝶ネクタイに身を包んだタイガが見えています。私は伸びを打つと……上半身を起こしました。私はパジャマを着ていました。フリルが沢山ついた、いかにも高級感のあるパジャマです。あぁ……お金持ちっぽい。
となると……次は顔の確認ですね。
「タイガ、鏡を持ってきて……くれませんか」
私はお嬢様っぽく言おうとしたんですが……最後は丁寧になってしまいました。お嬢様に慣れるのも時間がかかりそうです。今度、高笑いの練習をしておかないといけませんね。
「かしこまりました。お嬢様」
深く一礼をするとタイガは手近のドレッサーに向かう。そして、手鏡を取り出すと……戻ってきて、私に差し出してくれました。感動です、これが……お嬢様ってヤツなんですね。
そして……私は鏡を覗き込むと、自分の顔を確認しました。
「オホホホホホホ! 大勝利!」
思わず高笑いが出ると、叫んでしまいました。だって、勝ったんですよ。これはもう大勝利です。鏡に映る私……超美人。なにこれ、泣ける。不審な顔をこちらに向けるタイガ。ごめんて。抑えられなかったんだから、許して。
「お着替えは用意しておりますので……何かありましたらお申し付けください」
タイガは再び一礼をすると、部屋から出ていきました。タイガの退室を確認した私は、ベッドから抜け出すと周囲を見回します。これは……見事な令嬢の寝室ですね。家具からして格調高い物ばかりです。真紅のカーペットもピンクのカーテンもフワフワしていました。そしてテーブル上には、タイガの言っていた着替えが畳まれて置かれています。それを手に取ると……鏡を前にルンルン気分で着替える私。ああ、前世より胸が大きいですね。クリエイトで盛っておいて良かった。しかも……すごく柔らかかったです。
着替え終えると自室を後にしました。廊下にはタイガが控えています。
「少し外出してくるわ」
豪華なドレスにも関わらず、足取りの軽い私。まずは、この世界の事を知る為にも外に出ましょう……というのは建前です。本心は……美女になって街を歩いてみたい、その一心です。もはや足取りは軽いどころか超軽いです。私は屋敷の玄関に向かいました。
「お嬢様、お待ち下さい。外出には……フードを被っていかれなくては危険です」
背後からタイガの声が聞こえてきます。なんでフードを被っていかないといけないんでしょうか。あぁ……誘拐されるとかでしょうね、だって……お金持ちですから。安心して、タイガ。今の私の超軽い足取りなら、誘拐犯なんかには捕まらないわ。私を捕まえる事が出来るのはイケメンオンリーなの。でも、すぐには捕まらないわ。だって捕まるのなら、砂浜で……私を捕まえてごらんなさいってやってからって、相場が決まっているもの。
そんな事を思っていたら、重厚な玄関ドアまで着いていました。私は両開きのドアを押し開きます。さあ、来い、私のモテモテ生活!
陽気な日差しが街を照らしています。私はスキップで大通りへ向かいました。その途中、地味そうな男性とすれ違いそうです。さあ、私を見てもいいのよ。
そして、互いが行き違いになる時……彼の視線が動きました。その視線は私の下半身から上半身、顔を舐めるように上っていきます。気持ち悪い、そう表現するのでしょうね。ですが、私には初体験となる視線……変態みたいですが、ちょっと興奮します。さあ、私の美貌に見惚れなさいな。
私の顔を見て……彼が口を開きます。
「うわ……ぶっさ!!」
あれあれ……さっきまで超軽かった足取りなのに、今では足に関西弁のおっさんがまとわりついたかのように重いです。私は足を止めるよりありません。
「お嬢様……お待ち下さい」
背後からタイガの息を切らせた声が聞こえてきます。振り返るとタイガがこちらに走ってきていました。タイガは黒いフードにすっぽり覆われています。フードと言うより、フード付きのポンチョと言ったほうが適切でしょう。そして、その右手には同じポンチョが握られていました。
「外出なさるなら、こちらを被らなくては……」
消沈したままポンチョを受け取る私。いやな予感がしてきました。
「一応聞くんだけど、このポンチョ着る意味って……」
タイガは頭を下げたまま、私の問に答える。
「失礼ながら申し上げますと……我々、希代の【不細工】ですので、街を素顔で歩くのは避けたほうがよろしいかと思われます」
ああ……これ、アレか、知ってる。美醜逆転してるんだ。うん……そっか。
私は踵を返すと屋敷へと引き返しました。泣いてない。泣いてなんかいません。
だって、まだ……私にはお金があるもん。
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