生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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1106.フルス―の木

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「アキト様、あちらの窓の向こう側の大きな木が見えますか?」

 前を歩いて案内してくれていたメイドさんが不意に立ち止まったなと思ったら、窓の外を見つめながらそんな事を尋ねられた。

 どれだろう?とメイドさんの視線の先をそっと辿ってみれば、そこには真っ白な花をいくつも咲かせている大きな木があった。

 まるで巨大な綿菓子のようなその木は、元の世界でもこの世界でも見た事のない形をしている。うーん、でも花の形はちょっとだけ百合に似てる気もするな。母さんが好きだったんだよね、百合の花。俺でも名前の分かる、元の世界の数少ない花だったりする。

 先入観があるからか、百合に似た花が木に咲いてる事がまず不思議に感じられちゃうんだけどね。でも客観的に見れば、文句のつけようが無いぐらい綺麗な花だと思う。

「あの綺麗な白い花の木ですか?」

 窓の外を指差しながらそう答えれば、メイドさんたちは揃って笑みを浮かべて頷いてくれた。

「ええ、あの白い花のたくさん咲いている木です。あれはフルス―という名前の木なんですが、花ではなく葉っぱの香りがすごく良いんですよ」
「え…葉っぱの香り…ですか?」

 あんなにたくさんの綺麗な花が咲いてるのに、葉っぱの香り?そう思って聞き返せば、メイドさんは嬉しそうに教えてくれた。

「そうなんです。初めて聞くと驚きますよね」
「あんなに綺麗なのに、花は何故かまったく香りがしないんですよ」
「え…香りがしない…?」

 香りが少ないとかなら分かるけど、香りがまったくしない花なんて聞いた事もないな。

 この世界には、そんな珍しい花が本当に存在してるの?いや、俺が知らないだけで、もしかして元の世界にもあったって可能性もある??

 そんな事を考えながら思わずちらりとハルを見れば、ハルはふふと楽し気に笑って説明してくれた。

「フルス―の木の葉っぱは、まるで果物のような甘酸っぱい香りがするんだけど、花は本当に無臭だよ」
「えーそんな木があるんだ…」
「あの木は、ケイリー様がわざわざ他の領から取り寄せて植えたものなんです」
「へぇ、そうなんですか」

 あんなに綺麗な花だからーとか、良い香りがするからーとかで植えたのかなと思ったんだけど、理由は何ともケイリーさんらしいものだった。

 最初のきっかけはキースくんの一言だったらしい。

 本でフルス―の葉っぱについて読んだキースくんが、一度で良いから本物を見てみたいって言ってたんだって。だからケイリーさんは、息子の希望を叶えるべく他の領主さんにも聞いて回って何とか入手したんだって。

 その時入手して来たのは、葉っぱだけだったらしいんだけどね。その香りをとっても気に入った人が二人いたそうだ。その二人っていうのがキースくんと、グレースさん。

 しかもラスさんがこれは料理にも使えるかもしれないな…なんて言い出したらしくて、これはもう植える以外の選択肢がないなと、葉っぱを譲ってくれた領主様と交渉して手に入れたんだって。

 家族思いのケイリーさんらしい理由だよね。

「フルス―の葉っぱの香り、嗅いでみたくなりました」
「興味を持って頂けて良かったです。案内させて頂く場所の近くにも、フルス―の木はありますのでよろしければぜひ」

 ハロルド様なら場所はお分かりになりますと、メイドさんはそう言って笑った。

「それに…料理長から、今日の食事の中にフルス―の葉っぱを使ったものもある――と聞いています」

 わ、だから案内の途中なのに、わざわざフルス―の木について説明してくれたんだ。今興味を持ったばかりのフルス―の葉っぱを使ったラスさんの料理を、さっそく楽しめるとかワクワクする。

「わー楽しみです!」

 教えてくれてありがとうございますと笑顔で続ければ、二人のメイドさんはふわりと笑みを浮かべて光栄ですと言ってくれた。

「それではこちらへどうぞ」

 まだ食事をする庭まではすこし距離があるからと、メイドさんたちはすぐに道案内を再開してくれたんだけど、数歩も行かないうちに後ろから大きな声が聞こえてきた。

「おーい!アキトくーん!ハル兄ー!」

 あ、この声はとハルと二人で揃って振り返れば、まだ遠い廊下の先にぶんぶんと手を振ってここだよとアピールを続けているキースくんと、そんなキースくんの姿を微笑ましそうに見守っているジルさんの姿があった。
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