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1099.決まり事

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「乾杯の時は静かだったのに急に賑やかになったのには、一応ちゃんとした理由はあるんだよ」

 微笑ましそうに俺達のやりとりを見守ってくれていたケイリーさんは、不意に口を開くとそう前置きしてから色々と教えてくれた。

 そう頻繁にある事じゃないとはいえ、ここウェルマール領では身分を気にせずに領主一家と使用人が一緒に食事をする事もたまにはある。まさに今日みたいにね。

 そういう時には、数代前の領主さんが決めた絶対に守るべき決まり事っていうのがいくつかあるんだって。

「絶対に守るべき決まり事…」

 つまり何か厳格なルールがあって、それを守らないと駄目って事か。やっぱり色々大変なんだなと考えながら、俺はケイリーさんにちらりと視線を向けた。

「うん。そのうちの一つがね、まず最初にその場にいる領主一家の人が乾杯もしくは挨拶をするっていうものなんだ」

 え、あれってそういう決まりだからケイリーさんが声をかけてたの?

 みんな自然とケイリーさんを見てたし、領主様なんだからケイリーさんが挨拶して当たり前だと思っちゃってたよ。

「ここまで聞いたら、厳しい決まり事があるんだなーって思うかもしれないね?でもね…」

 ケイリーさんはまるで悪戯っ子のような笑顔で続けた。

「この挨拶が終わった後は、身分差なんて気にせずに自由に食べて騒いでも良いっていう区切りの意味もあるんだ」
「区切りですか」
「そう。だからみんな挨拶が終わるなり自由に盛り上がっていたでしょう?」

 あー、そうか。あれは乾杯の挨拶が終わったから後は自由にして良いよって意味だからあんな風になったのか。

「それであんな風に盛り上がってたのか…」
「そうなんだ。普段のうちの使用人なら、俺達がいる場所で料理の感想とかは口にしないからね」

 ハルは苦笑しながら、別に気にせずに話してくれても良いんだけどと続けた。

「そのお気持ちはとっても嬉しいですが、それを許してしまうとけじめが無くなったりと色々と問題が起きる恐れがありますから――お気持ちだけ頂いておきますね」

 ちょうど飲み物を運んでくれていたボルトさんは、通り過ぎながらもにっこりと笑みを浮かべながらそう告げた。

「うちの使用人はみんなしっかりしてるからねー」

 ふふふとどこか自慢げに続けたケイリーさんの言葉に、使用人さんたちは照れたり嬉しそうにしたりと忙しそうだ。

 ちなみに今日みたいな場所にもし身内じゃない人がいる場合には、使用人さんたちはきっちりと礼儀を守るらしいよ。

 使用人との距離が近すぎるからともし領主様一家が軽んじられたら困るって、命令されてるわけでもないのにそれはいつも徹底されているそうだ。

 本当にハルの家族は、使用人さん達にも愛されてるんだな。逆にハルの家族も、使用人さんたちをとっても大事にしてるみたいだけどね。

 そんな使用人さん達は、外部の目が無い身内だけの場所でだけ思いっきり食事や宴を楽しむんだって。

 それってさ、つまり、俺の事も身内扱いしてくれてるって事だよね。だってさっき挨拶が終わるなりわいわいと盛り上がってたのを聞いたから。

 そう考えると、何だかじわじわと嬉しくなってしまうな。

「あ、長々と話してごめんね」

 ケイリーさんはハッと顔をあげた。

「ほら、早く食べよう。ラスの美味しい料理が冷めてしまうよ」

 ケイリーさんに促されて、俺達は揃って目の前の料理に視線を向けた。



 ちなみに今日もラスさんが主導して料理人さんみんなで作ってくれたという料理は、どれも最高ですっごく美味しかった。

 しかも今日はラスさんも一緒に食べてるから、感動したものをすぐにその場で伝えられるっていうのも嬉しかったな。

 とはいってもこれが好きだとかあれが美味しかったとか、そういう感想ぐらいしか言えないんだけどね。ラスさんは嬉しそうに好きならまた作ろうとか、これが好きなら他にも食べさせたい料理があるとか言ってくれるんだ。。

 さっき俺達がまた食べたいって言ってたパンも、さりげなく並べてくれてたりもしたんだよ。本当にラスさんの気づかいってすごいな。

 ある程度の食事が終わると、今度は一部の使用人さんたちが二人の無事を記念してって歌を披露してくれた。数人が声を重ねて歌う姿に感動して、俺とキースくんは手が痛くなるぐらい拍手してしまった。

 そんなに喜んでくれるなら俺達もと、違う使用人さんたちが楽器を演奏してくれたり、一押しの果物を食べてくださいと差し入れに来てくれる人がいたりと、本当に自由な夕食会だった。

 元々ここの使用人さんたちは好きだったけど、更に好きになってしまったよ。
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