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1056.【ハル視点】父さんの言葉
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待ち合わせの予定時刻だった朝の五時を少し超えた頃、ボルトに案内された父さんが颯爽と訓練場へと現れた。
その服装は公式の場所に赴く時のような、きちんとした領主としての正装だった。
「みんな、朝早くからご苦労。行方不明の我が息子たちの捜索隊、及び牙蛇盗賊団討伐のために、わざわざ志願して集まってくれた事に心から感謝する」
そんな言葉に騎士達は揃って敬礼を返し、衛兵たちは背筋を伸ばして視線を向け、使用人たちはそろって頭をさげた。
「できるものならば私も直々に参加したかったんだが、グレースがいない今ここを離れるわけにはいかない」
ああ、父さんはきちんとそこまで考えて、何とか踏みとどまってくれたんだな。
さすがにここで父さんまでついて来ると言われていたら、俺はこれから全力で諦めてくれるように説得しなきゃならない所だった。踏みとどまってくれて、本当に良かった。
「だからここにいる皆に、頼みたい。私の可愛い息子たち二人を、どうか助け出してやって欲しい」
それは領主としての命令では無く、ただの一人の人としての願いだった。
まさか父さんが、そういう言い方をするとは思ってもみなかった。思わず視線を向ければファーガス兄さんとウィル兄さんも驚いた顔で固まっている。
父さんの言葉に驚いたのは、俺達兄弟だけでは無かった。集まっていた騎士も衛兵も陰護衛も使用人も、皆揃って驚いた様子で黙り込んでいる。
これほどたくさんの人がいるとは思えないくらいに、訓練場内はしんっと静まり返っている。
「はっ!承りましたっ!」
不意に誰かがそう叫び返すと、他の人達もハッと我に返ったらしい。
「光栄であります!」
「全力を尽くします!」
「おまかせください!」
そんな言葉が、訓練場の中を飛び交った。
「ありがとう。また今回アジトが判明した牙蛇盗賊団については、全力を持ってして壊滅させてくれる事を期待している。取り調べもしたいから、生け捕りも歓迎するぞ」
ああ、こっちはいつもと同じような命令だな。生け捕りも…とわざわざ口にしたという事は、殺してしまっても問題は無いという事でもある。本気で壊滅させるつもりらしい。
それにしても、こういう命令も父さんが言うと、不思議と従いたいと思うんだよな。これが指導者としての力量なのか、それとも父さん本人のカリスマ性なんだろうか。
そんな事を考えていると、父さんは不意にぎゅっと眉間にしわを寄せてぼそりと呟いた。
「…ただの一人も逃すなよ」
怒りを堪え切れていないその睨みつけるような表情と、まるで地を這うような低い低い声に、ピリッと空気が張り詰めた。
あー…父さん、やっぱり本気で怒ってるんだな。久しぶりに見たな、あの顔。
以前母さんが魔物相手に怪我をした時もあんな顔をしていたから、おそらく家族に手を出された時の表情なんだろうな。ああ見えて母さん以外の家族に対しても、愛情深い人だからな。
しばらくすれば、周りも父さんの迫力に少しは慣れてきたらしい。
ケイリー様、格好良いだとか、さすが領主様だとか、一生ついていきますなんて小さな声が、そこかしこからちらほらと聞こえてくる。
父さんを敬愛しているやつは、かなり多いからな。その反応も無理は無いかと眺めていると、不意に父さんは顔をあげて口を開いた。
表情はうまく取り繕っているから普段通りに見える。そのあたりはさすが父さんだな。
「今回のキースとアキトの捜索隊および、牙蛇盗賊団の殲滅隊の総隊長はファーガスとする」
俺からすれば納得の選択だったが、選ばれたファーガス兄さんはどうやら不服だったらしい。すぐさま父さんに向かって尋ねた。
「…ハルではなく…ですか?」
「ああ、もし総隊長が勝手に飛び出して突っ込んでいったら、周りが困るからな」
なるほど、つまりある程度までなら俺は自由に動いても良いという事だな。アキトとキースを見つけたら、戦局や状況を気にせずに動く事ができる立場だ。
それはありがたいな。
思わず笑みをこぼした俺を、ファーガス兄さんが横目でちらりと見た。
「…なるほど、分かりました。では総隊長の任務を受けさせて頂きます」
あっさりとそう言って受け入れたファーガス兄さんは、くるりと俺の方へと向き直った。
「ハル、分かっているとは思うが、勝手に、黙って、暴走する事は禁止だからな?」
「分かってるよ」
本当かと言いたげな視線に曖昧に笑みを返して、俺はそっと目を反らした。約束なんてできないからな。
その服装は公式の場所に赴く時のような、きちんとした領主としての正装だった。
「みんな、朝早くからご苦労。行方不明の我が息子たちの捜索隊、及び牙蛇盗賊団討伐のために、わざわざ志願して集まってくれた事に心から感謝する」
そんな言葉に騎士達は揃って敬礼を返し、衛兵たちは背筋を伸ばして視線を向け、使用人たちはそろって頭をさげた。
「できるものならば私も直々に参加したかったんだが、グレースがいない今ここを離れるわけにはいかない」
ああ、父さんはきちんとそこまで考えて、何とか踏みとどまってくれたんだな。
さすがにここで父さんまでついて来ると言われていたら、俺はこれから全力で諦めてくれるように説得しなきゃならない所だった。踏みとどまってくれて、本当に良かった。
「だからここにいる皆に、頼みたい。私の可愛い息子たち二人を、どうか助け出してやって欲しい」
それは領主としての命令では無く、ただの一人の人としての願いだった。
まさか父さんが、そういう言い方をするとは思ってもみなかった。思わず視線を向ければファーガス兄さんとウィル兄さんも驚いた顔で固まっている。
父さんの言葉に驚いたのは、俺達兄弟だけでは無かった。集まっていた騎士も衛兵も陰護衛も使用人も、皆揃って驚いた様子で黙り込んでいる。
これほどたくさんの人がいるとは思えないくらいに、訓練場内はしんっと静まり返っている。
「はっ!承りましたっ!」
不意に誰かがそう叫び返すと、他の人達もハッと我に返ったらしい。
「光栄であります!」
「全力を尽くします!」
「おまかせください!」
そんな言葉が、訓練場の中を飛び交った。
「ありがとう。また今回アジトが判明した牙蛇盗賊団については、全力を持ってして壊滅させてくれる事を期待している。取り調べもしたいから、生け捕りも歓迎するぞ」
ああ、こっちはいつもと同じような命令だな。生け捕りも…とわざわざ口にしたという事は、殺してしまっても問題は無いという事でもある。本気で壊滅させるつもりらしい。
それにしても、こういう命令も父さんが言うと、不思議と従いたいと思うんだよな。これが指導者としての力量なのか、それとも父さん本人のカリスマ性なんだろうか。
そんな事を考えていると、父さんは不意にぎゅっと眉間にしわを寄せてぼそりと呟いた。
「…ただの一人も逃すなよ」
怒りを堪え切れていないその睨みつけるような表情と、まるで地を這うような低い低い声に、ピリッと空気が張り詰めた。
あー…父さん、やっぱり本気で怒ってるんだな。久しぶりに見たな、あの顔。
以前母さんが魔物相手に怪我をした時もあんな顔をしていたから、おそらく家族に手を出された時の表情なんだろうな。ああ見えて母さん以外の家族に対しても、愛情深い人だからな。
しばらくすれば、周りも父さんの迫力に少しは慣れてきたらしい。
ケイリー様、格好良いだとか、さすが領主様だとか、一生ついていきますなんて小さな声が、そこかしこからちらほらと聞こえてくる。
父さんを敬愛しているやつは、かなり多いからな。その反応も無理は無いかと眺めていると、不意に父さんは顔をあげて口を開いた。
表情はうまく取り繕っているから普段通りに見える。そのあたりはさすが父さんだな。
「今回のキースとアキトの捜索隊および、牙蛇盗賊団の殲滅隊の総隊長はファーガスとする」
俺からすれば納得の選択だったが、選ばれたファーガス兄さんはどうやら不服だったらしい。すぐさま父さんに向かって尋ねた。
「…ハルではなく…ですか?」
「ああ、もし総隊長が勝手に飛び出して突っ込んでいったら、周りが困るからな」
なるほど、つまりある程度までなら俺は自由に動いても良いという事だな。アキトとキースを見つけたら、戦局や状況を気にせずに動く事ができる立場だ。
それはありがたいな。
思わず笑みをこぼした俺を、ファーガス兄さんが横目でちらりと見た。
「…なるほど、分かりました。では総隊長の任務を受けさせて頂きます」
あっさりとそう言って受け入れたファーガス兄さんは、くるりと俺の方へと向き直った。
「ハル、分かっているとは思うが、勝手に、黙って、暴走する事は禁止だからな?」
「分かってるよ」
本当かと言いたげな視線に曖昧に笑みを返して、俺はそっと目を反らした。約束なんてできないからな。
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