上 下
1,057 / 1,103

1056.【ハル視点】父さんの言葉

しおりを挟む
 待ち合わせの予定時刻だった朝の五時を少し超えた頃、ボルトに案内された父さんが颯爽と訓練場へと現れた。

 その服装は公式の場所に赴く時のような、きちんとした領主としての正装だった。

「みんな、朝早くからご苦労。行方不明の我が息子たちの捜索隊、及び牙蛇盗賊団討伐のために、わざわざ志願して集まってくれた事に心から感謝する」

 そんな言葉に騎士達は揃って敬礼を返し、衛兵たちは背筋を伸ばして視線を向け、使用人たちはそろって頭をさげた。

「できるものならば私も直々に参加したかったんだが、グレースがいない今ここを離れるわけにはいかない」

 ああ、父さんはきちんとそこまで考えて、何とか踏みとどまってくれたんだな。

 さすがにここで父さんまでついて来ると言われていたら、俺はこれから全力で諦めてくれるように説得しなきゃならない所だった。踏みとどまってくれて、本当に良かった。

「だからここにいる皆に、頼みたい。私の可愛い息子たち二人を、どうか助け出してやって欲しい」

 それは領主としての命令では無く、ただの一人の人としての願いだった。

 まさか父さんが、そういう言い方をするとは思ってもみなかった。思わず視線を向ければファーガス兄さんとウィル兄さんも驚いた顔で固まっている。

 父さんの言葉に驚いたのは、俺達兄弟だけでは無かった。集まっていた騎士も衛兵も陰護衛も使用人も、皆揃って驚いた様子で黙り込んでいる。

 これほどたくさんの人がいるとは思えないくらいに、訓練場内はしんっと静まり返っている。

「はっ!承りましたっ!」

 不意に誰かがそう叫び返すと、他の人達もハッと我に返ったらしい。

「光栄であります!」
「全力を尽くします!」
「おまかせください!」

 そんな言葉が、訓練場の中を飛び交った。

「ありがとう。また今回アジトが判明した牙蛇盗賊団については、全力を持ってして壊滅させてくれる事を期待している。取り調べもしたいから、生け捕りも歓迎するぞ」

 ああ、こっちはいつもと同じような命令だな。生け捕りも…とわざわざ口にしたという事は、殺してしまっても問題は無いという事でもある。本気で壊滅させるつもりらしい。

 それにしても、こういう命令も父さんが言うと、不思議と従いたいと思うんだよな。これが指導者としての力量なのか、それとも父さん本人のカリスマ性なんだろうか。

 そんな事を考えていると、父さんは不意にぎゅっと眉間にしわを寄せてぼそりと呟いた。

「…ただの一人も逃すなよ」

 怒りを堪え切れていないその睨みつけるような表情と、まるで地を這うような低い低い声に、ピリッと空気が張り詰めた。

 あー…父さん、やっぱり本気で怒ってるんだな。久しぶりに見たな、あの顔。

 以前母さんが魔物相手に怪我をした時もあんな顔をしていたから、おそらく家族に手を出された時の表情なんだろうな。ああ見えて母さん以外の家族に対しても、愛情深い人だからな。

 しばらくすれば、周りも父さんの迫力に少しは慣れてきたらしい。

 ケイリー様、格好良いだとか、さすが領主様だとか、一生ついていきますなんて小さな声が、そこかしこからちらほらと聞こえてくる。

 父さんを敬愛しているやつは、かなり多いからな。その反応も無理は無いかと眺めていると、不意に父さんは顔をあげて口を開いた。

 表情はうまく取り繕っているから普段通りに見える。そのあたりはさすが父さんだな。

「今回のキースとアキトの捜索隊および、牙蛇盗賊団の殲滅隊の総隊長はファーガスとする」

 俺からすれば納得の選択だったが、選ばれたファーガス兄さんはどうやら不服だったらしい。すぐさま父さんに向かって尋ねた。

「…ハルではなく…ですか?」
「ああ、もし総隊長が勝手に飛び出して突っ込んでいったら、周りが困るからな」

 なるほど、つまりある程度までなら俺は自由に動いても良いという事だな。アキトとキースを見つけたら、戦局や状況を気にせずに動く事ができる立場だ。

 それはありがたいな。

 思わず笑みをこぼした俺を、ファーガス兄さんが横目でちらりと見た。

「…なるほど、分かりました。では総隊長の任務を受けさせて頂きます」

 あっさりとそう言って受け入れたファーガス兄さんは、くるりと俺の方へと向き直った。

「ハル、分かっているとは思うが、勝手に、黙って、暴走する事は禁止だからな?」
「分かってるよ」

 本当かと言いたげな視線に曖昧に笑みを返して、俺はそっと目を反らした。約束なんてできないからな。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...