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1040.【ハル視点】情報収集

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 防音結界が張られたままの応接室に、コンコンコンと魔道具を介したドアを叩く音が響いた。

「どうぞ」

 一番ドアの近くにいたウィル兄がさっとドアを開けると、報告に来たらしい騎士は一瞬だけ視線を彷徨わせた。ドアを開けるのは執事か侍従だと思っていたのに違ったせいで、驚いたのだろう。

 だが一瞬で表情を引き締めると、部屋の中へと足を進めたのはさすがだな。

「失礼いたします。調査の報告に参りました」
「ご苦労」

 この部屋で一番偉い立場である父さんが即座にそう答えれば、ビシッと敬礼が返ってきた。

「市場の中は衛兵、領都内の道は裏路地も含めて騎士が確認しましたが、お二人の姿は未だ見つかっておりません」
「…そうか」
「この後は衛兵と影護衛が街中の主要な建物内を、騎士は手分けをして近くの採取地とダンジョンの調査に向かいます」
「分かった。引き続き頼んだ」
「かしこまりました。失礼いたします」

 この場に長居はしたくないのか、騎士はすぐさま部屋から出ていった。

「めぼしい情報は無しか…」

 再び家族だけになった部屋に、父さんの声が重く響いた。

 レイさんのおかげで二人を攫った方法が判明した時点で、アキトとキースが攫われて行方が分からない事は騎士や衛兵、影護衛、そして使用人たちに広く通達された。

 ここからは情報を集めるためにも、隠すのは悪手だという父の判断だ。

 おかげで色々な人が二人のために動いてくれているが、そうそうめぼしい情報は飛び込んでは来ない。

 ちなみにレイさんは二人が見つかるまでここにいると主張してくれたが、なんとか説得して帰ってもらった。もしこれが異世界人を狙ったものであったなら、ケンさんにも危険が及ぶかもしれないからな。

 アキトの友人まで攫われたなんて事になったら、申し訳が無い。

 最終的にレイさんは、アキトが帰ってきたら一緒に店に来て下さいよと言って帰ってぃった。

 絶対に帰ってくると信じてくれているのは、有難いな。

 それにしても、ここまで情報が無いとは思わなかった。あの魔道具はかなり厄介だな。眉間にしわを寄せてそんな事を考えていると、不意にウィル兄が口を開いた。

「もうすこし落ち着いてーハルー」
「…何も言っていないだろう?」
「口では言ってないけどさー気配が色々と言ってるんだよーだからあの騎士も逃げていったんだしー」

 なるほど。ここに長居したいんじゃなくて、俺の気配から逃げたかったのか。

「ウィル、さすがにそれは仕方ない。ハルを許してやってくれ。もしジルが攫われて行方不明だったらと考えてみろ」

 ファーガス兄さんの口にした言葉に、ウィル兄はうわぁと嫌そうに顔を歪めた。

「ごめん、ハル」
「いや、ウィル兄が悪いわけじゃないから」
「これは調査で挽回するねー」
「ああ、頼む」

 どれだけ些細な事でも良いから、何か情報を持っていそうなやつはいないのか。そんな事を考えながら、俺は手元にある書類をじっと見つめていた。

 過去の誘拐事件の報告をパラパラと捲りながら読んでいると、不意にウィル兄がこれも見た方が良いかもと違う書類の束を投げてきた。

 受け取るためにと視線をあげると、一体いつの間にやってきたのか、部屋の中に一人の男が立っているのが見えた。

 すこし集中して書類を読みすぎただろうか。

「失礼いたします。お聞かせしたい事があり、報告に参りました」

 ビシッと敬礼をした男は、たしかクレットという名前の騎士だ。久しぶりに見かけたなと思いながらじっと視線を向けると、不意にクレットの顔がつらそうに歪んだ。

「あ…そっか。俺は誰にも気づいてもらえないんだったな…つまり情報も伝えられない…か…」

 ついうっかりここに来てしまったけどと寂し気にうつむいたその姿に、過去の自分の姿が重なって見えた。

「ファーガス兄さん」
「どうした?」
「ちょっと聞きたいんだけど…」
「ああ、なんだ」
「クレットって…亡くなったの?」

 今俺の手元にある書類には、騎士や衛兵の名前の一覧もある。それを見たのかと言いたげに、ファーガス兄さんはひとつ頷いた。

「え、俺の名前…?」

 不思議そうなクレットには申し訳ないが、今はまずファーガス兄さんの返事待ちだ。

「ああ、残念ながら去年病気でな…」
「なるほど」

 何がなるほどなんだと心配そうな家族をぐるりと眺めてから、俺は口を開いた。

「実は皆には秘密にしていた事があるんだ」
「え、ハル?」
「いったいどうしたんだ、急に」

 慌てる兄さんたちを一瞥してから、父さんはまっすぐに俺を見つめて口を開いた。

「聞こう」

 腹の座り方がやっぱり違うんだよな。さすが父さんだ。

「待って待って、俺がこの部屋から出るまで待ってくれー勝手にハル様の秘密を盗み聞きなんてしたくないぞ」

 慌てて部屋から出て行こうとするクレットにも聞こえるように、俺は大きな声で続けた。

「死にかけたせいで、俺は幽霊の声が聞こえるようになったんだ」
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