994 / 1,112
993.お店ができるまで
しおりを挟む
当時のヴェリスさんは、正直に言ってもうどうすれば良いか分からなくなったらしい。
わざわざ鑑定魔法の使える人を連れてきてまで、我が子に食べさせたいと言ってもらえるのはもちろん光栄だ。でもだからといって、鑑定するなら良いですよと気軽に答えるわけにもいかない。
「でも最終的には食べて貰ったんですよね?」
だってお店を始めたきっかけを聞いた結果、この話しになったんだから。そう思って尋ねれば、キースくんもハッと驚いた様子で顔をあげた。
「ええ、そうですよ」
「あの…もしかして…断りきれなくて…?」
僕の両親がごめんなさいと言いたげにもう既に涙で潤んだ目でじっと見つめるキースくんに、ヴェリスさんはいいえ、違いますと大慌てで答えた。
「誤解させてすみません、キース様。断り切れなかったわけでも、無理に命令されたわけでも無いですよ」
ホッと肩の力を抜いたキースくんの頭をそっと伸ばした手で撫でれば、へへと照れくさそうな笑みが返ってきた。
「ケイリー様とグレース様は、二人揃ってただの新人メイドに頭を下げてくださったんですよ」
あーその様子なら、なんとなく想像できるかもしれない。あのお二人なら身分がどうとかは一切気にせずに、頼み事をするならそれぐらいの事はするとあっさり言いそうな気がする。
「頼み事をしている相手は、自分たちが雇っている何の変哲もないただのメイドですからね。それでも、決して命令はされませんでした。――ただ誠実にお願いされてしまったら、もう断れなかったんですよ」
なるほど、それはまず間違いなく俺でも断れないだろうな。このお二人のために自分ができる事なら、何でもしてあげたい。そう思ってしまうだろう。
「それで鑑定魔法が使える人が来てくれて、ファーガスさんは無事にお菓子が食べられたんですか?」
ええと頷いたヴェリスさんは、あの時の鑑定魔法の使い手さんは、まさか領主城に急遽呼ばれた理由が手作りの焼き菓子とはとかなり驚いていましたけどねと続けた。
それはまず間違いなく驚くよね。領主城への急な呼び出しなんて、いったいどんな緊急事態だろうって思うだろうし、絶対色々想像してたと思うんだよね。
そうしてドキドキしながら辿り着いたら、真剣な顔をした人たちから差し出される焼き菓子――もしかしてふざけてるんですか?とか馬鹿にしてるんですか?って聞きたくなるかもしれない事態だと思う。
「幸いにも、鑑定自体はすぐにして下さったんですけどねぇ」
その人すごいな。プロ意識がある人だったんだろうな。
すぐさま毒も無ければ品質にも問題が無いと、わざわざ鑑定書まで作ってくれたらしい。
「鑑定が終わってすぐにファーガス様に食べて頂きましたが、美味しいと喜んでくださって」
「食べさせてもらえて良かったー」
こんなに美味しいんだから、食べれないのは可愛そうだからねと続けるキースくんに、俺とヴェリスさんはニコニコと笑ってしまった。
「ですが、話はそこで終わらなかったんです…」
「え…?」
「その…美味しいと目を輝かせたファーガス様を見て、今度はケイリー様とグレース様のお二人も食べたいと…」
あーヴェリスさんが遠い目をしている。
「あ、既に鑑定後でしたから、もちろんお二人にもすぐに食べて頂きましたよ」
もうここまで来れば誰に食べさせても良いかと、ヴェリスさんは半ばやけになっていたらしい。
結果として二人にも美味しい美味しいと喜ばれ、最終的には何故かラスさんまでやって来て味見していったって言うんだからちょっと笑ってしまった。
「ラスさんは何て?」
「俺にはこんな繊細な焼き菓子は作れないから、これからは焼き菓子は貴女が焼いてくれと言われましたねぇ」
「えーそれはすごいですねぇ!」
「ヴェリス婆、すごい」
それからは身元調査をもっときちんと受けたり、自分用の厨房が用意されている事に驚いたりしつつ、領主城でのお菓子作りをすこしずつ引き受けていくようになったらしい。
「年を取って城での仕事がつらくなってきて、仕事を辞めさせて頂く事になったんですが、その時に、領主様からこのお店を頂いたんですよ。城と違って移動距離はほとんと無いし、休憩もし放題だと楽しそうに笑いながら…」
以前メイド仲間にいつかお店をやってみたいと言っていたのを、覚えていてくれたんですねとヴェリスさんは本当に幸せそうに笑みを浮かべた。
「魔道具も最高級の物を用意してくださったので、本当に気楽にのんびりと楽しんでいるんですよ」
「楽しいのが何よりですね」
「僕もヴェリス婆のお菓子食べられて嬉しい!」
「まあ、ありがとうございます」
わざわざ鑑定魔法の使える人を連れてきてまで、我が子に食べさせたいと言ってもらえるのはもちろん光栄だ。でもだからといって、鑑定するなら良いですよと気軽に答えるわけにもいかない。
「でも最終的には食べて貰ったんですよね?」
だってお店を始めたきっかけを聞いた結果、この話しになったんだから。そう思って尋ねれば、キースくんもハッと驚いた様子で顔をあげた。
「ええ、そうですよ」
「あの…もしかして…断りきれなくて…?」
僕の両親がごめんなさいと言いたげにもう既に涙で潤んだ目でじっと見つめるキースくんに、ヴェリスさんはいいえ、違いますと大慌てで答えた。
「誤解させてすみません、キース様。断り切れなかったわけでも、無理に命令されたわけでも無いですよ」
ホッと肩の力を抜いたキースくんの頭をそっと伸ばした手で撫でれば、へへと照れくさそうな笑みが返ってきた。
「ケイリー様とグレース様は、二人揃ってただの新人メイドに頭を下げてくださったんですよ」
あーその様子なら、なんとなく想像できるかもしれない。あのお二人なら身分がどうとかは一切気にせずに、頼み事をするならそれぐらいの事はするとあっさり言いそうな気がする。
「頼み事をしている相手は、自分たちが雇っている何の変哲もないただのメイドですからね。それでも、決して命令はされませんでした。――ただ誠実にお願いされてしまったら、もう断れなかったんですよ」
なるほど、それはまず間違いなく俺でも断れないだろうな。このお二人のために自分ができる事なら、何でもしてあげたい。そう思ってしまうだろう。
「それで鑑定魔法が使える人が来てくれて、ファーガスさんは無事にお菓子が食べられたんですか?」
ええと頷いたヴェリスさんは、あの時の鑑定魔法の使い手さんは、まさか領主城に急遽呼ばれた理由が手作りの焼き菓子とはとかなり驚いていましたけどねと続けた。
それはまず間違いなく驚くよね。領主城への急な呼び出しなんて、いったいどんな緊急事態だろうって思うだろうし、絶対色々想像してたと思うんだよね。
そうしてドキドキしながら辿り着いたら、真剣な顔をした人たちから差し出される焼き菓子――もしかしてふざけてるんですか?とか馬鹿にしてるんですか?って聞きたくなるかもしれない事態だと思う。
「幸いにも、鑑定自体はすぐにして下さったんですけどねぇ」
その人すごいな。プロ意識がある人だったんだろうな。
すぐさま毒も無ければ品質にも問題が無いと、わざわざ鑑定書まで作ってくれたらしい。
「鑑定が終わってすぐにファーガス様に食べて頂きましたが、美味しいと喜んでくださって」
「食べさせてもらえて良かったー」
こんなに美味しいんだから、食べれないのは可愛そうだからねと続けるキースくんに、俺とヴェリスさんはニコニコと笑ってしまった。
「ですが、話はそこで終わらなかったんです…」
「え…?」
「その…美味しいと目を輝かせたファーガス様を見て、今度はケイリー様とグレース様のお二人も食べたいと…」
あーヴェリスさんが遠い目をしている。
「あ、既に鑑定後でしたから、もちろんお二人にもすぐに食べて頂きましたよ」
もうここまで来れば誰に食べさせても良いかと、ヴェリスさんは半ばやけになっていたらしい。
結果として二人にも美味しい美味しいと喜ばれ、最終的には何故かラスさんまでやって来て味見していったって言うんだからちょっと笑ってしまった。
「ラスさんは何て?」
「俺にはこんな繊細な焼き菓子は作れないから、これからは焼き菓子は貴女が焼いてくれと言われましたねぇ」
「えーそれはすごいですねぇ!」
「ヴェリス婆、すごい」
それからは身元調査をもっときちんと受けたり、自分用の厨房が用意されている事に驚いたりしつつ、領主城でのお菓子作りをすこしずつ引き受けていくようになったらしい。
「年を取って城での仕事がつらくなってきて、仕事を辞めさせて頂く事になったんですが、その時に、領主様からこのお店を頂いたんですよ。城と違って移動距離はほとんと無いし、休憩もし放題だと楽しそうに笑いながら…」
以前メイド仲間にいつかお店をやってみたいと言っていたのを、覚えていてくれたんですねとヴェリスさんは本当に幸せそうに笑みを浮かべた。
「魔道具も最高級の物を用意してくださったので、本当に気楽にのんびりと楽しんでいるんですよ」
「楽しいのが何よりですね」
「僕もヴェリス婆のお菓子食べられて嬉しい!」
「まあ、ありがとうございます」
663
お気に入りに追加
4,145
あなたにおすすめの小説
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?
トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!?
実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。
※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。
こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる