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993.お店ができるまで

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 当時のヴェリスさんは、正直に言ってもうどうすれば良いか分からなくなったらしい。

 わざわざ鑑定魔法の使える人を連れてきてまで、我が子に食べさせたいと言ってもらえるのはもちろん光栄だ。でもだからといって、鑑定するなら良いですよと気軽に答えるわけにもいかない。

「でも最終的には食べて貰ったんですよね?」

 だってお店を始めたきっかけを聞いた結果、この話しになったんだから。そう思って尋ねれば、キースくんもハッと驚いた様子で顔をあげた。

「ええ、そうですよ」
「あの…もしかして…断りきれなくて…?」

 僕の両親がごめんなさいと言いたげにもう既に涙で潤んだ目でじっと見つめるキースくんに、ヴェリスさんはいいえ、違いますと大慌てで答えた。

「誤解させてすみません、キース様。断り切れなかったわけでも、無理に命令されたわけでも無いですよ」

 ホッと肩の力を抜いたキースくんの頭をそっと伸ばした手で撫でれば、へへと照れくさそうな笑みが返ってきた。

「ケイリー様とグレース様は、二人揃ってただの新人メイドに頭を下げてくださったんですよ」

 あーその様子なら、なんとなく想像できるかもしれない。あのお二人なら身分がどうとかは一切気にせずに、頼み事をするならそれぐらいの事はするとあっさり言いそうな気がする。

「頼み事をしている相手は、自分たちが雇っている何の変哲もないただのメイドですからね。それでも、決して命令はされませんでした。――ただ誠実にお願いされてしまったら、もう断れなかったんですよ」

 なるほど、それはまず間違いなく俺でも断れないだろうな。このお二人のために自分ができる事なら、何でもしてあげたい。そう思ってしまうだろう。

「それで鑑定魔法が使える人が来てくれて、ファーガスさんは無事にお菓子が食べられたんですか?」

 ええと頷いたヴェリスさんは、あの時の鑑定魔法の使い手さんは、まさか領主城に急遽呼ばれた理由が手作りの焼き菓子とはとかなり驚いていましたけどねと続けた。

 それはまず間違いなく驚くよね。領主城への急な呼び出しなんて、いったいどんな緊急事態だろうって思うだろうし、絶対色々想像してたと思うんだよね。

 そうしてドキドキしながら辿り着いたら、真剣な顔をした人たちから差し出される焼き菓子――もしかしてふざけてるんですか?とか馬鹿にしてるんですか?って聞きたくなるかもしれない事態だと思う。

「幸いにも、鑑定自体はすぐにして下さったんですけどねぇ」

 その人すごいな。プロ意識がある人だったんだろうな。

 すぐさま毒も無ければ品質にも問題が無いと、わざわざ鑑定書まで作ってくれたらしい。

「鑑定が終わってすぐにファーガス様に食べて頂きましたが、美味しいと喜んでくださって」
「食べさせてもらえて良かったー」

 こんなに美味しいんだから、食べれないのは可愛そうだからねと続けるキースくんに、俺とヴェリスさんはニコニコと笑ってしまった。

「ですが、話はそこで終わらなかったんです…」
「え…?」
「その…美味しいと目を輝かせたファーガス様を見て、今度はケイリー様とグレース様のお二人も食べたいと…」

 あーヴェリスさんが遠い目をしている。

「あ、既に鑑定後でしたから、もちろんお二人にもすぐに食べて頂きましたよ」

 もうここまで来れば誰に食べさせても良いかと、ヴェリスさんは半ばやけになっていたらしい。

 結果として二人にも美味しい美味しいと喜ばれ、最終的には何故かラスさんまでやって来て味見していったって言うんだからちょっと笑ってしまった。

「ラスさんは何て?」
「俺にはこんな繊細な焼き菓子は作れないから、これからは焼き菓子は貴女が焼いてくれと言われましたねぇ」
「えーそれはすごいですねぇ!」
「ヴェリス婆、すごい」

 それからは身元調査をもっときちんと受けたり、自分用の厨房が用意されている事に驚いたりしつつ、領主城でのお菓子作りをすこしずつ引き受けていくようになったらしい。

「年を取って城での仕事がつらくなってきて、仕事を辞めさせて頂く事になったんですが、その時に、領主様からこのお店を頂いたんですよ。城と違って移動距離はほとんと無いし、休憩もし放題だと楽しそうに笑いながら…」

 以前メイド仲間にいつかお店をやってみたいと言っていたのを、覚えていてくれたんですねとヴェリスさんは本当に幸せそうに笑みを浮かべた。

「魔道具も最高級の物を用意してくださったので、本当に気楽にのんびりと楽しんでいるんですよ」
「楽しいのが何よりですね」
「僕もヴェリス婆のお菓子食べられて嬉しい!」
「まあ、ありがとうございます」
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