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988.お菓子屋さん
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キースくんが行きたい場所としてあげていたお菓子屋さんは、市場の表側にあるわけじゃないらしい。なんでも市場の中にある細い小道を、更にすこし入った場所にあるんだって。
そう説明してくれながら案内されたのが屋台じゃなくてきちんとした建物が並んでる辺りだから、もしかしたらスーラさんの果実水屋さんのご近所なのかもしれない。
まあキースくんの案内に甘えさせてもらってここまでたどり着いたから、正直に言うと全く自信はないんだけどね。そうなのかなーぐらいの曖昧な感想しかない。
「こっちだよ」
「こっち?」
「うん、あ、見えた!」
ちょこちょこと早歩きになったキースくんから離れないように、俺も慌てて後を追う。
「アキトくん、ここ!ここだよ!」
キースくんはそう言うなり、ぴたりとそこで立ち止まった。すぐに隣に並んだ俺は、一緒になって目の前の建物を眺めてみる。
この建物も当然のようにヴァコクの黒い木を使って建てられてるんだけど、なんだかヴァコクの部分にかなりの艶がある気がする。きっと昔からここにあったんだろうなと思わせる、そんな歴史ある雰囲気の建物だ。
「ここが…えっと…」
「うん、ヴェリス婆のお店だよ」
あまり店名っぽくはないけどそれが店名なのかな?とぼんやり考えつつ、俺はまじまじと建物を見つめた。
建物自体は伝統的な黒基調だから格好良い系なんだけど、窓や花壇、そこかしこに真っ白な花と黄色の花が飾られていてかなり華やかなんだよね。
これだけの花の世話をするのは絶対に難しいと思うんだけど、細かいところまでしっかりと手入れが行き届いているみたいだ。
店構えだけでもワクワクするお店だな。
「ね、行こ?」
控えめに差し出された小さな手を、痛くないように気を付けつつ軽い力で握り返す。途端に嬉しそうにくしゃりと笑うのが、たまらなく可愛い。
「うん、行こっか」
繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら店へと近づけば、キースくんは慣れた様子でさっとドアをあけてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
一歩足を踏み込めば、途端にふわりと広がった甘い香りに、自然と頬が緩んでしまう。すでに香りだけで美味しいやつだ。
「いらっしゃいませぇ!あら、キース様?」
キースくんの名前を呼ぶその声は、声だけでも喜んでるんだなってのが分かるぐらい、嬉しそうに弾んでいた。この人が店名になってるヴェリスさんなのかな。婆なんて言葉をつけて呼ぶのは失礼じゃないかなと思ってしまうぐらい、笑顔の可愛らしい女性だ。
「ヴェリス婆、久しぶり!」
どうやら俺の予想は正解だったみたいだ。それにしてもキースくんが、全く人見知りを発動してないのがちょっとだけ気になる。俺にはかなり時間がかかったんだけどな…もしかしてそれだけ常連ってことかな?
「ええ、お久しぶりですねぇ、キース様。お連れ様は…ここは初めてでしょうか?」
笑顔を浮かべたヴェリスさんに温かい口調で優しく声をかけられて、俺は慌てて口を開いた。
「は、はい。初めて来ました」
「まあまあ、いらっしゃいませ~うちは少し分かり難い場所にあるでしょう?ここに来るまで、迷わなかったですかぁ?」
「あ、いえ、キースくんがちゃんと案内してくれたので、少しも迷いませんでしたよ」
キースくんはすごいんですとすぐに答えれば、当の本人は静かにうつむいてしまった。あれ、もしかして嫌だった?と心配になったけど、ヴェリスさんはそんなキースくんの頭にそっと手を乗せた。ゆるゆると撫でるように動く手に、キースくんはへへと笑い声をこぼした。
「キース様、ここまで案内して来てくれたんですねぇ。ありがとうございます」
「どういたしまして」
へへと照れくさそうに笑ってるみたいだから、嫌だったんじゃなくてただ恥ずかしかったのか。
「あの、俺はアキトといいます」
二人のまるで祖母と孫のようなやりとりを微笑ましく見守っていた俺は、まだ名前を名乗っていなかった事に気づいてそう声をかけた。
「ご丁寧にありがとうございます。私はヴェリス、こう見えてかつては領主城で働ていたんですよ」
ああ、なるほど。それなら祖母と孫のようなやりとりになるのも分かるし、ヴェリスさんがキースくんを様付けで呼ぶ理由も理解できる。
「あ、ヴェリス婆!あのね、アキトくんはね、ハル兄様の伴侶候補なんだよ!」
「まあまあ、ハロルド様の伴侶候補様でしたか!」
お会いできてうれしいわぁと、ヴェリスさんはキラキラと目を輝かせた。
「こちらこそお会いできて嬉しいです」
「それでね…まだ候補だから、今は僕の友達なんだ」
あー可愛い。友達って言う前に、一瞬だけ俺の方をチラッと見るのも可愛い。
「それはそれは、良いお友達ができて良かったですねぇ」
「うんっ!」
「今日は私の焼き菓子を見に来てくれたんですか?」
「うん、ヴェリス婆の作ったお菓子はみんな好きだし…アキトくんにも食べてもらいたくて」
「まあまあ、それは嬉しい言葉だわぁ」
本当に幸せそうに笑ったヴェリスさんは、こちらへどうぞと俺達を店内に招き入れてくれた。
そう説明してくれながら案内されたのが屋台じゃなくてきちんとした建物が並んでる辺りだから、もしかしたらスーラさんの果実水屋さんのご近所なのかもしれない。
まあキースくんの案内に甘えさせてもらってここまでたどり着いたから、正直に言うと全く自信はないんだけどね。そうなのかなーぐらいの曖昧な感想しかない。
「こっちだよ」
「こっち?」
「うん、あ、見えた!」
ちょこちょこと早歩きになったキースくんから離れないように、俺も慌てて後を追う。
「アキトくん、ここ!ここだよ!」
キースくんはそう言うなり、ぴたりとそこで立ち止まった。すぐに隣に並んだ俺は、一緒になって目の前の建物を眺めてみる。
この建物も当然のようにヴァコクの黒い木を使って建てられてるんだけど、なんだかヴァコクの部分にかなりの艶がある気がする。きっと昔からここにあったんだろうなと思わせる、そんな歴史ある雰囲気の建物だ。
「ここが…えっと…」
「うん、ヴェリス婆のお店だよ」
あまり店名っぽくはないけどそれが店名なのかな?とぼんやり考えつつ、俺はまじまじと建物を見つめた。
建物自体は伝統的な黒基調だから格好良い系なんだけど、窓や花壇、そこかしこに真っ白な花と黄色の花が飾られていてかなり華やかなんだよね。
これだけの花の世話をするのは絶対に難しいと思うんだけど、細かいところまでしっかりと手入れが行き届いているみたいだ。
店構えだけでもワクワクするお店だな。
「ね、行こ?」
控えめに差し出された小さな手を、痛くないように気を付けつつ軽い力で握り返す。途端に嬉しそうにくしゃりと笑うのが、たまらなく可愛い。
「うん、行こっか」
繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら店へと近づけば、キースくんは慣れた様子でさっとドアをあけてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
一歩足を踏み込めば、途端にふわりと広がった甘い香りに、自然と頬が緩んでしまう。すでに香りだけで美味しいやつだ。
「いらっしゃいませぇ!あら、キース様?」
キースくんの名前を呼ぶその声は、声だけでも喜んでるんだなってのが分かるぐらい、嬉しそうに弾んでいた。この人が店名になってるヴェリスさんなのかな。婆なんて言葉をつけて呼ぶのは失礼じゃないかなと思ってしまうぐらい、笑顔の可愛らしい女性だ。
「ヴェリス婆、久しぶり!」
どうやら俺の予想は正解だったみたいだ。それにしてもキースくんが、全く人見知りを発動してないのがちょっとだけ気になる。俺にはかなり時間がかかったんだけどな…もしかしてそれだけ常連ってことかな?
「ええ、お久しぶりですねぇ、キース様。お連れ様は…ここは初めてでしょうか?」
笑顔を浮かべたヴェリスさんに温かい口調で優しく声をかけられて、俺は慌てて口を開いた。
「は、はい。初めて来ました」
「まあまあ、いらっしゃいませ~うちは少し分かり難い場所にあるでしょう?ここに来るまで、迷わなかったですかぁ?」
「あ、いえ、キースくんがちゃんと案内してくれたので、少しも迷いませんでしたよ」
キースくんはすごいんですとすぐに答えれば、当の本人は静かにうつむいてしまった。あれ、もしかして嫌だった?と心配になったけど、ヴェリスさんはそんなキースくんの頭にそっと手を乗せた。ゆるゆると撫でるように動く手に、キースくんはへへと笑い声をこぼした。
「キース様、ここまで案内して来てくれたんですねぇ。ありがとうございます」
「どういたしまして」
へへと照れくさそうに笑ってるみたいだから、嫌だったんじゃなくてただ恥ずかしかったのか。
「あの、俺はアキトといいます」
二人のまるで祖母と孫のようなやりとりを微笑ましく見守っていた俺は、まだ名前を名乗っていなかった事に気づいてそう声をかけた。
「ご丁寧にありがとうございます。私はヴェリス、こう見えてかつては領主城で働ていたんですよ」
ああ、なるほど。それなら祖母と孫のようなやりとりになるのも分かるし、ヴェリスさんがキースくんを様付けで呼ぶ理由も理解できる。
「あ、ヴェリス婆!あのね、アキトくんはね、ハル兄様の伴侶候補なんだよ!」
「まあまあ、ハロルド様の伴侶候補様でしたか!」
お会いできてうれしいわぁと、ヴェリスさんはキラキラと目を輝かせた。
「こちらこそお会いできて嬉しいです」
「それでね…まだ候補だから、今は僕の友達なんだ」
あー可愛い。友達って言う前に、一瞬だけ俺の方をチラッと見るのも可愛い。
「それはそれは、良いお友達ができて良かったですねぇ」
「うんっ!」
「今日は私の焼き菓子を見に来てくれたんですか?」
「うん、ヴェリス婆の作ったお菓子はみんな好きだし…アキトくんにも食べてもらいたくて」
「まあまあ、それは嬉しい言葉だわぁ」
本当に幸せそうに笑ったヴェリスさんは、こちらへどうぞと俺達を店内に招き入れてくれた。
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