上 下
989 / 1,103

988.お菓子屋さん

しおりを挟む
 キースくんが行きたい場所としてあげていたお菓子屋さんは、市場の表側にあるわけじゃないらしい。なんでも市場の中にある細い小道を、更にすこし入った場所にあるんだって。

 そう説明してくれながら案内されたのが屋台じゃなくてきちんとした建物が並んでる辺りだから、もしかしたらスーラさんの果実水屋さんのご近所なのかもしれない。

 まあキースくんの案内に甘えさせてもらってここまでたどり着いたから、正直に言うと全く自信はないんだけどね。そうなのかなーぐらいの曖昧な感想しかない。

「こっちだよ」
「こっち?」
「うん、あ、見えた!」

 ちょこちょこと早歩きになったキースくんから離れないように、俺も慌てて後を追う。

「アキトくん、ここ!ここだよ!」

 キースくんはそう言うなり、ぴたりとそこで立ち止まった。すぐに隣に並んだ俺は、一緒になって目の前の建物を眺めてみる。

 この建物も当然のようにヴァコクの黒い木を使って建てられてるんだけど、なんだかヴァコクの部分にかなりの艶がある気がする。きっと昔からここにあったんだろうなと思わせる、そんな歴史ある雰囲気の建物だ。

「ここが…えっと…」
「うん、ヴェリス婆のお店だよ」

 あまり店名っぽくはないけどそれが店名なのかな?とぼんやり考えつつ、俺はまじまじと建物を見つめた。

 建物自体は伝統的な黒基調だから格好良い系なんだけど、窓や花壇、そこかしこに真っ白な花と黄色の花が飾られていてかなり華やかなんだよね。

 これだけの花の世話をするのは絶対に難しいと思うんだけど、細かいところまでしっかりと手入れが行き届いているみたいだ。

 店構えだけでもワクワクするお店だな。

「ね、行こ?」

 控えめに差し出された小さな手を、痛くないように気を付けつつ軽い力で握り返す。途端に嬉しそうにくしゃりと笑うのが、たまらなく可愛い。

「うん、行こっか」

 繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら店へと近づけば、キースくんは慣れた様子でさっとドアをあけてくれた。

「どうぞ」
「ありがとう」

 一歩足を踏み込めば、途端にふわりと広がった甘い香りに、自然と頬が緩んでしまう。すでに香りだけで美味しいやつだ。

「いらっしゃいませぇ!あら、キース様?」

 キースくんの名前を呼ぶその声は、声だけでも喜んでるんだなってのが分かるぐらい、嬉しそうに弾んでいた。この人が店名になってるヴェリスさんなのかな。婆なんて言葉をつけて呼ぶのは失礼じゃないかなと思ってしまうぐらい、笑顔の可愛らしい女性だ。

「ヴェリス婆、久しぶり!」

 どうやら俺の予想は正解だったみたいだ。それにしてもキースくんが、全く人見知りを発動してないのがちょっとだけ気になる。俺にはかなり時間がかかったんだけどな…もしかしてそれだけ常連ってことかな?

「ええ、お久しぶりですねぇ、キース様。お連れ様は…ここは初めてでしょうか?」

 笑顔を浮かべたヴェリスさんに温かい口調で優しく声をかけられて、俺は慌てて口を開いた。

「は、はい。初めて来ました」
「まあまあ、いらっしゃいませ~うちは少し分かり難い場所にあるでしょう?ここに来るまで、迷わなかったですかぁ?」
「あ、いえ、キースくんがちゃんと案内してくれたので、少しも迷いませんでしたよ」

 キースくんはすごいんですとすぐに答えれば、当の本人は静かにうつむいてしまった。あれ、もしかして嫌だった?と心配になったけど、ヴェリスさんはそんなキースくんの頭にそっと手を乗せた。ゆるゆると撫でるように動く手に、キースくんはへへと笑い声をこぼした。

「キース様、ここまで案内して来てくれたんですねぇ。ありがとうございます」
「どういたしまして」

 へへと照れくさそうに笑ってるみたいだから、嫌だったんじゃなくてただ恥ずかしかったのか。

「あの、俺はアキトといいます」

 二人のまるで祖母と孫のようなやりとりを微笑ましく見守っていた俺は、まだ名前を名乗っていなかった事に気づいてそう声をかけた。

「ご丁寧にありがとうございます。私はヴェリス、こう見えてかつては領主城で働ていたんですよ」

 ああ、なるほど。それなら祖母と孫のようなやりとりになるのも分かるし、ヴェリスさんがキースくんを様付けで呼ぶ理由も理解できる。

「あ、ヴェリス婆!あのね、アキトくんはね、ハル兄様の伴侶候補なんだよ!」
「まあまあ、ハロルド様の伴侶候補様でしたか!」

 お会いできてうれしいわぁと、ヴェリスさんはキラキラと目を輝かせた。

「こちらこそお会いできて嬉しいです」
「それでね…まだ候補だから、今は僕の友達なんだ」

 あー可愛い。友達って言う前に、一瞬だけ俺の方をチラッと見るのも可愛い。

「それはそれは、良いお友達ができて良かったですねぇ」
「うんっ!」
「今日は私の焼き菓子を見に来てくれたんですか?」
「うん、ヴェリス婆の作ったお菓子はみんな好きだし…アキトくんにも食べてもらいたくて」
「まあまあ、それは嬉しい言葉だわぁ」

 本当に幸せそうに笑ったヴェリスさんは、こちらへどうぞと俺達を店内に招き入れてくれた。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...