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983.ボルトさん

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「みなさま、私はこれにて失礼致しますね」

 俺達の会話が途切れた所で、壁際で控えてくれていた執事長のボルトさんはそっと声をかけてくれた。

 あーやってしまった。これってたぶん俺達の会話がひと段落するのを、ずっとそこで待ってくれてたんだよね。

 ハルに感想を言いたい気持ちが先走っちゃって、ここまで案内してくれたボルトさんにきちんとお礼も言ってなかった。

「ボルトさん、すみません。案内ありがとうございました」
「今日は案内ありがとうございました。とても助かりました」

 俺とジルさんがほぼ同時にそう口にすれば、ボルトさんはふわりと優しい笑みで笑ってくれた。ボルトさんの笑い方は、何だか胸がほっこりするんだよね。

「いえ、お二人のお役に立てたなら、何よりです」
「ボルト、ジルの案内ありがとねー」
「アキトの案内をありがとう」

 何故か横からウィリアムさんとハルまでお礼を言ったのには少しだけ驚いちゃったんだけど、ボルトさんは慣れた様子で頷いて受け入れていた。

 こうして伴侶や伴侶候補のしてもらった事にもお礼を言うのは、この家族にとっては普通の事なのかな。ボルトさんの慣れ方からして、そうなのかもしれない。

 そんな事を考えていると、ボルトさんが笑顔で俺達に声をかけてくれた。

「ジル様、アキト様、また早朝訓練を見学したい時は、いつでもこのボルトに声をおかけ下さい」
「ぜひ、お願いします!」
「はい、お言葉に甘えますね」

 ニコニコと三人で笑い合っていると、不意にウィリアムさんが口を開いた。

「あ、そうか。つまりボルトは二人がどこから見学してたのかを知ってるのか!」

 悔しそうにいいなーと続けたウィリアムさんの後ろでは、ハルが教えてくれないのかと言いたげに無言でじーっとボルトさんを見つめていた。

 そんなにどこから見てたか気になるんだ。

 二人の様子を順番に見てから、ボルトさんはにっこりと笑みを浮かべて口を開いた。

「ウィリアム様、ハロルド様?お二人とも、職務上で知り得た秘密を、私が、誰かに洩らす事があると、ほんの少しでも思われるんですか?」

 しっかり区切りながらそう言ったボルトさんは、よくよく見れば目だけは笑っていなかった。驚くほどの迫力に、俺とジルさんは思わず息をのんだ。

 ああ、でもそうだよねとも思ってしまった。だってボルトさんって、ファーガスさんの威圧が漏れた時も全然平気な顔してたもんね。

「…いいやっ!全く思わないよー!そういう意味じゃないんだ、悪かった!」

 ウィリアムさんが慌てた様子でそう即答したのに続いて、ハルも眉間にしわを寄せながら真剣な表情で答えた。

「俺もそんな風には思っていない。無理に聞き出そうとしてすまなかった。うちの執事長はそんなに愚かじゃないよな」
「そうですか、私の受け取り間違いのようですね。失礼致しました。私の忠誠を疑われていないようで良かったです」

 そう言いきってふわりと微笑んだボルトさんはそれではまたと、すぐにその場を去っていった。

「ボルトさんがあんな風に怒るのは、初めて見ました…」

 ジルさんがボルトさんの去っていった方を見つめながらポツリとそう呟くと、声に反応したウィリアムさんとハルがようやく動きだした。

「あー焦った…」

 ふうと息を吐いたウィリアムさんは、肩の力を抜いて脱力している。

「一番怒らせると怖いのは、ボルトだよ…」
「え、そうなの?」

 ハルの言葉に思わず聞き返せば、ウィリアムさんとハルが揃って頷いた。

「ジルとアキトくんがいて良かったよーそうじゃなかったら、もう説教が始まってたと思う」
「ああ、間違いなく始まってたな」
「そもそもボルトさんから見学場所を聞き出そうとした、ウィルが悪いんですからね?」

 あれ、もしかしてジルさんもちょっと怒ってた?いや、怒ってるというよりも拗ねてる――かな?秘密にするって言ったのに、勝手に聞き出そうとしたから。

「ごめん、ジルー!もう聞かないから!」
「はい、そうしてください」

 あ、これは違うな。これたぶん、言質を取るためにわざと拗ねた振りをしてたんだ。ジルさんってすごいと、ついつい感心してしまった。
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