上 下
979 / 1,103

978.【ハル視点】森の訓練場へ

しおりを挟む
 今俺達は、森の中の訓練場へと向かって、一かたまりの集団になって歩いている。

 この集団の先頭を歩いているのは、早朝訓練を取り仕切る立場のファーガス兄さんだ。そのすぐ後ろにはウィル兄と俺、そしてその後ろに集まってきた騎士達がゾロゾロと続いている。

 今の俺の所属はウェルマール騎士団じゃないんだから、ここにいてはいけないような気もするんだが兄達に引っ張られてここに落ち着いてしまったんだよな。

 ちなみにあの時近くにいたサイクさんとミルゴさんはと言えば、集団が出来る頃に二人揃ってすっと気配を消していなくなった。さすがに一流の冒険者は、逃げ足も一流らしい。

 どうやら今は衛兵たちの所に混ざっているようで、目を輝かせた新人衛兵と何か話しているのが視界の端に見えた。

 もう少しで森を切り拓いて作られた訓練場が見えてくるかという頃、何故か向かい側から早朝訓練の参加者らしき人たちの集団がすごい勢いで駆け寄ってきた。

「ファーガス様!」

 必死の顔をした騎士と衛兵、冒険者の混合隊がこちらに向かってく光景は、かなりの迫力があった。

 普通の人なら逃げ出すぐらいの圧力だったが、ファーガス兄さんの反応はあくまでも落ち着いたものだった。

「どうした?一体なにがあった?」

 一番先頭を走っていた騎士は、さっと立ち止まるとすかさず敬礼をしながら答えた。

「はっ!参加者があまりにも少なすぎたため、魔物の襲撃事件でも起こったのかと考え、訓練場手前で引き返して参りました」
「ああ、なるほど。そういうことか」

 咄嗟にそう判断をして、職業も年齢もバラバラの人たちをまとめあげて動く。それは一刻を争う事態には、とても素晴らしい行動だ。

 だが、だれでも出来ることではない。

 名前も顔も俺は知らない人だから、おそらく隊長格ではない。それなのに動けたんだから、この騎士はすごいな。

 その行動に感心したのは、俺だけではなかったようだ。

「素晴らしい判断だ。共に動いてくれた、皆の行動にも心からの感謝を」

 そう口にしたファーガス兄さんは、うっすらと笑みを浮かべて満足そうに頷いた。

 あー、家族以外の前でこういう笑顔を見せるのは、すこし珍しいな。何人かの新人らしき騎士が固まっているのが目についた。

 長い間騎士をしているとマティさん相手に笑顔の対応をしている姿を知ることになるから、すこし驚くぐらいで済むんだろうな。

「魔物の襲撃事件では無いが――すこしだけ問題があってな。だが、もう解決した」

 引き返してきた一団に向かってそう告げたファーガス兄さんは、さあ行こうかとその場にいた全員に声をかけた。



 引き返してきた人たちは列の先頭をファーガス兄さんに譲ろうとしたが、本人があっさりと断ってしまった。

「この人数でこんな狭い場所で部隊を組み直すのは無理だろう」

 ちらりと周りを見てみれば確かにとか合理的だとか対応に感心している声が多いようだが、これはただ面倒なだけだろうな。

 ちらりと視線を向ければ、ウィル兄も苦笑している。やっぱりウィル兄も同じ意見みたいだ。

 好意的に受け取られているからまぁ良いかとウィル兄と視線で確認し合って、俺たちは何も言わずに前を行く人の背中を追って訓練場へと足を踏み入れた。



 整列とまではいかないがなんとなく一塊になった参加者たちを見て、ファーガス兄さんは一段高くなった台の上に上がった。

 ざわめきが自然と収まり、しんと静まり返る。こんなにたくさんの人がいるのが、まるで嘘のような静けさだ。

「参加者の諸君、おはよう。今朝もたくさんの人が集まってくれた事を嬉しく思う」

 皆はただ静かにファーガス兄さんを見つめている。

「ここにいるのは皆が同士だ。全員が強くなりたいと願い、だからこそここにいる。職業も階級も年齢も、ここでは一切関係はない。ただ強くなるために!同士と力を合わせて訓練に励んでくれ。以上だ」

 相変わらずファーガス兄さんは話が短いな。まぁあまり長々と話されるよりは良いだろうし、周りもやる気になってきたと騒いでいるから良いか。

「ハルは今日も打ち込みかなー?」
「ああ、打ち込みだな。まだコツが掴めなくてちょっと苦戦してる」

 ウィル兄が相手だからとすこしばかりの愚痴をこばした瞬間、真後ろから声が聞こえてきた。

「なんだ、なら俺のやり方教えるか?」
「サイクさん、良いんですか?」
「…その反応、やっぱりバレてたのか…」

 しっかり気配消してたのにと呟くサイクさんに、人相手なら気配は消したら逆効果だと答えれば大きく目を見開かれてしまった。

「そうなのか?」
「あ、はい。俺や母は小動物程度の気配を目指してますね」
「そうか…良い事聞いた!よし、いまのを対価に攻撃力をあげるコツ教えてやるよ!」
「あ、ありがとうございます」

 慌ててお礼を言えば、サイクさんはハルならできるさと軽く断言してくれた。

「そっかーサイクはハルさんと打ち込みかー俺はどうするかなー久しぶりに対複数で盾の練習したいんだけどな」

 どっかに飛び込んでみるかななんて明るく笑ったミルゴさんに、ウィル兄さんが目を輝かせた。

「それなら俺と来ない?」
「ん?あんたは?」
「ハルの兄だよー二人目のね」
「あーえっと…ウィリアム…さん?って失礼か?領主一家だもんな!あ、ハルもハル様って呼ぶべき?あ、でもおれファーガスはファーガスって呼び捨てにしてた…」

 不敬罪でつかまる?とブツブツ呟いているミルゴさんに、俺は笑いながら声をかけた。

「やめてくれ。さんもいらない」
「おれも普通に呼んでほしいなー」
「わかった!じゃあハルはハルで!兄ちゃんはとりあえずウィリアムさん呼びにするわ!」
「改めて、ミルゴさん一緒に訓練しない?うちの隊員総出で攻撃しよっか?」
「わー!それは嬉しい!ぜひ!」

 騎士団の攻撃が受けられるのかとワクワクした様子のミルゴさんは、ウィル兄と一緒に去っていった。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...