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973.【ハル視点】早朝訓練

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 ダンジョン帰りにルダリオンに襲われるという予想外の事件があった後も、アキトと俺はのんびりと辺境領生活を楽しんでいる。

 家族や使用人達があまりにも俺達の事を心配してくれているから、あれから一度もダンジョンには行っていない。さすがに心配してくれている人たちを、大丈夫だからと振り切って行くわけにはいかないからな。

 だがダンジョン以外の場所には、色々とでかけてはいる。

 ジルさんの案内でトライプールには無い本を探しに本屋にも行ってみたし、ウィル兄さん一押しだという肉串の屋台に行ってみたりもした。

 アキトはどちらも楽しそうにしていて、気づかってくれたジルさんとウィル兄には感謝しかない。



 俺とアキトの日常生活の中で、最近になって変化した事が一つだけある。

 毎朝行われているウェルマール騎士団恒例の早朝訓練に、俺が参加するようになった事だ。

 別に誰かに勧められたわけでも、誘われたわけでも無い。訓練に参加したいと言い出したのは、俺自身だ。

 ルダリオンの一件からずっと、もっと強くなりたいと考えていた。

 攻撃力をもっと上げるか、防御力をもっと上げるか。一応課題は二つまで絞り込んだが、実際に訓練するとなるとそう簡単に習得することはできないだろう。

 一人で練習するのにも限度があるし、アキトに隠れて特訓するなんて絶対に無理だ。そもそも俺がアキトに隠し事をしたくないしな。

 それならと考えてみれば、一番都合が良いのが早朝訓練だったんだ。

 早朝訓練はウェルマール騎士団が主体になって行ってはいるが、騎士団員では無い人の参加も随時受け入れている。

 何が強くなるきっかけになるか分からないからという、昔からの伝統だ。つまり衛兵や冒険者、それに一般の領民の中からも、訓練に参加する人はいる。

 そこなら攻撃のコツを盗んだり、教わったり、あわよくば大盾の使い方を観察できたりしないかとそう考えた。

 問題は俺の顔を知っている奴が、おそらく何十人もいるって事なんだよな。

 冒険者装備で参加していると何故だと騒がれそうだし、とりあえずアキトに許可を取る前にと先に父と兄達には相談してみた。

 そうするとあっさりと騎士団の訓練服を渡されてしまった。この服を着ていれば、久しぶりに帰ってきて参加してるんだなで終わると。

 まあ確かにそうだと制服を受け取ってから、俺はアキトに尋ねたんだ。

「ウェルマール騎士団の早朝訓練に参加したいんだけど…良いかな?」

 あまりにも唐突にそう切り出した俺に、アキトは驚いた様子で目を大きくした。まあ今まで参加していなかった訓練に、急に参加したいなんて言いだせばそれは驚くよな。

 アキトはパチパチと何度か瞬きをしてから、ゆるりと首を傾げた。

「えっと…ハルがしたいならもちろん良いんだけど…なんで急に?」
「…この前魔鳥ルダリオンを相手にした時、もしアキトと俺二人だけだったらあれほど簡単には倒せなかったと思ったんだ」

 アキトは問題なくルダリオンを落とせるのに、俺にはルダリオンにとどめを刺しきれない。きっと長引いて消耗戦になっていたと思う。

 そう続けた俺に、アキトは不思議そうに首を傾げた。

「そんな事無いと思うけど…?ハルならもしあそこにいたのが俺達二人だけだったら、知恵を搾って何とか倒してくれたと思う」

 そんな優しい言葉を、アキトは俺にかけてくれた。俺への信頼が込められたその言葉はもちろん嬉しいんだが、それに同意するわけにはいかなかった。

 俺はゆるりと首を振る。

「力不足なのは、自分が一番分かってるから…剣の攻撃力をもっとあげるか、もしくは大盾を使えるようになりたいんだ」

 アキトが出来る事を増やすという話に興味を持った時、サイクさんは止めようとしていた。ここにもしサイクさんがいれば、俺の事も止めようとするんだろうか。

 そんな事が一瞬だけ頭を過ったが、もうやると自分で決めた事だ。絶対にやりぬいてみせる。そう決意しながら、俺はもう一度アキトに尋ねた。

「良いかな?」
「うん、頑張ってね。ハルなら出来るって信じてる」

 ああ、ありがとう。アキトにそんな風に激励されたら、どんな事でもできる気がするよ。



 今朝も早朝から一人起きだした俺は、ウェルマール騎士団の訓練用の黒の上下を手早く身に着けていく。

 汚れが目立たない色なのは良いんだが、騎士団用だからと首元までかなりかっちりと作られている制服だ。この制服は立て襟な事もあり、昔から堅苦しくて少し前まではあまり好きじゃなかったんだよな。

――そう、少し前までは…だ。

 もし今、この制服をどう思うと尋ねられれば、俺は即答でかなり気に入っていると答えるだろう。理由は簡単、俺の背後から今も熱い視線を向けてくれているアキトだ。

 俺のこの地味で装飾もない俺の制服姿を、アキトはかなり気に入ってくれているらしい。こうして着替えている時も視線を感じるんだよな。

 全ての用意を終えて振り返れば、まだ少し眠たそうな目をしながらも、じっとこちらを見ているアキトと目が合った。

「それじゃあ、いってくるね。アキト」

 にっこり笑顔でそう告げれば、アキトはキラキラと目を輝かせて俺の姿に見惚れてくれる。

 あー可愛い。すっごく可愛い。

 可愛すぎてこのまま抱きしめたくなってしまうのだけは問題だが、さすがに早朝訓練に参加すると言っておいて遅刻するわけにはいかない。下手をしたら父と兄達が部屋まで迎えに来るかもしれない。

「いってらっしゃい」

 笑顔で告げられたアキトの言葉に、俺も同じく笑顔で答える。

「また後で」
「うん、気をつけてね」

 ひたと見つめてくるアキトにそれじゃあと手を振ってから、俺は名残惜しい気持ちを振り切って、部屋を後にした。
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