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971.魔道具と訓練

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 真剣な表情で訓練に集中しているハルの姿は、やっぱりすごく格好良かった。

 普段から強い魔物と戦ってる時とかは、こういう表情もしてるんだよ。だから初めて見るとかそういうんじゃないんだけど、戦闘中は俺もハルに見惚れてるわけにはいかないわけで。

 だからこうやって周りの事を気にせずに、まじまじと見つめられる機会なんてそうそう無いんだ。

 誘ってくれたジルさんに感謝だなと考えながらハルの姿をまじまじと見つめていた俺は、そこでふと気が付いてしまった。

 俺達がいる場所から訓練場までの距離は、当たり前だけどすごく近いってわけじゃない。それなのにさっきからはっきりと、ハルの表情の変化まで見えてるんだよね。

 悔しそうに眉間にしわが寄ったなとか、納得のいく攻撃が出来たのか少しだけ目が輝いたかなとかね。

 でも、これってちょっと見え過ぎだよね。

「あの…ジルさん?」

 じっくり見学しようって言われたのに、聞いても良いかな?

 少しだけ躊躇いながらも、俺はジルさんに控え目にそう声をかけてみた。

「はい、どうかしましたか?」
「えっと…どう考えてもこの距離のハルの表情が見えるのは、おかしいと思うんですけど…」

 どう説明すれば良いのか分からなくて、なんだかすごく曖昧な言い方になってしまった。

 俺は別に眼鏡が必要なほど視力が悪いってわけじゃないけど、かといってそこまで飛びぬけて視力が良いってタイプでも無い。

 それなのにこの見え方は、明らかにおかしいんだ。

 俺の要領を得ない質問に、ジルさんは納得した様子でそっと窓の端を指差した。

「ああ、それはあそこの魔道具のせいでしょうね」
「魔道具…あ、あれですか?」

 そこに魔道具があると言われていなかったら、きっと気付く事すらできなかった。そう思うぐらいに、窓枠と一体化した細い棒のような何かが、窓の左右両側に設置されていた。

「あれを設置した窓は見たい物を大きく見せてくれるという、何とも不思議な魔道具なんです」
「ええー…それはすごく有難いです…けど、一体どういう原理なんですかね…?」

 思わずそう返せば、ジルさんは困り顔で苦笑しながら答えた。

「魔道具技師が作ったものなら、ある程度は説明ができるんですが――あれはダンジョン産の魔道具なので、理屈や原理は全く分からないですね」

 あ、ダンジョン産の魔道具って、そういう扱いなんだ。

「えっと…不思議だけど、考えても仕方ないって感じですか?」
「ええ、まさにそうです。そもそも見たい物を大きく見せるという魔道具なのに、何故か自分で発見するまでは見れない理由も謎のままですしね」

 ちなみにこの魔道具は、領主一家の持つ私物の一つらしい。

 もっとこう有事の際の偵察とかに使ってるのを、ジルさんと俺のために無理をして回してくれたのかなとか思ってたんだけど、別にそういうわけじゃないらしい。

「詳しい説明はできませんが…そういう偵察用の魔道具は、他にもっと性能の良いものがありますから」

 これは主にこういう見学の時や、窓からの景色を楽しみたい時なんかに使うらしい。ケイリーさんがグレースさんに咲き始めた山の花を見せたいとか、小鳥好きなマチルダさんが鳥を観察したいとかね。

 思ったよりも平和な使われ方みたいで何よりだ。

「あ、ジルさん、見学中なのにすみません」
「いえいえ、また疑問があればいつでも聞いて下さい」

 ふふと笑ったジルさんは、ところでハルさんはどの辺りに?と聞いてくれた。

「あっち側の端っこの方です。えっと大きな斧を持った冒険者の人がいると思うんですけど――」

 多分ハルよりもサイクさんの方が、見つけやすいよね。

「ああ、見つかりました。ハルさんは――攻撃の練習中でしょうか」
「そうみたいです」

 それにしてもあの方も強そうですねと呟いたジルさんに、俺はコクリと頷いた。

「ルダリオンにとどめを刺してくれた、サイクさんです」
「ああ、あの方がそうなんですか」

 一撃でルダリオンを仕留められる実力なら、強そうにも見えますねと納得した様子だ。

 ハルはさっきから、何度も何度も同じ攻撃を繰り返している。

 ただサイクさんが横から何かを言う度に、どんどん攻撃の威力が上がっている気がするんだけど俺の気のせいかな。

「ハルさんの攻撃、威力が上がってますね」
「っ!ですよね!」

 思わず大きな声が出てしまった。ジルさんもそう言うなら、俺の気のせいとかじゃないよね。

「元々強いハルさんが、更に強くなるんですか…サイクさんは、指導者としての腕もすごいんですね」

 嬉しそうに笑ったジルさんは、機会があれば私も指導してもらいたいぐらいですと続けた。
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