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955.【ハル視点】ムレングのダンジョンの話
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サイクさんとアキトと俺、三人での食事は、ここがダンジョンの中だという事すら忘れてしまいそうになるくらい賑やかに進んで行った。
飲み物が無かったからと何種類かの果実水をアキトが出してくれたんだが、ダンジョンでは酒を一切飲まないというサイクさんは思いのほかこの果実水を喜んだ。
「あ、そうだ、どうせならこれも食べよう」
そんな言葉と共に、サイクさんも負けじと、ダンジョン産の魔物肉や食材を惜しみなく追加し始めた。
バンバン取り出される食材の中には、もしアキトが価値を知っていたら絶対に受け取らないだろうなという高級な物もさらりと混ぜられている。
それを出して良いのか?そう尋ねたくなる食材にそっと息を吞めば、サイクさんは俺に向かって小さく目くばせをしてきた。
黙っていてくれと言いたいのかと理解した俺は、何も言わずに渡されたものを受け取る事に決めた。
兄の友人だという事もあるが、サイクさんの行動を見ていると警戒するのも馬鹿らしくなってくる。見ためは全く似ていないんだが、この距離を詰めてくるのに不快じゃない感じは、すこしアキトに似ているかもしれない。
俺は手渡される食材を、何も言わずにひたすら焼き続けた。そのどれもが驚くほど美味いものばかりな事に、密かに驚きながら。
「あー楽しいな!」
ニコニコ笑顔のサイクさんいわく、サイクさん本人はかなり食に興味があるらしいが、他のパーティーメンバーはあまり食にこだわりが無いらしい。
もちろんサイクさんのこだわりを知ってるから付き合ってはくれるらしいが、アキトと俺みたいに何でも一緒に喜んで食べてくれる相手がいたのが嬉しかったらしい。
「ムレングのダンジョンでもこういう食材は取れるんだな」
「あーまあ、多少はな」
ここと同じく、あちらのダンジョンも階層によって全く取れる素材が違うそうだ。
ただここのダンジョンには緑が多い階層が多かったり、こうして釣りができる湖があったりするのに対して、鉱山みたいな階層や、砂漠みたいな階層、雪原のような階層などが多いらしい。
俺も何度かムレングのダンジョンに潜った事はあるんだが、雪原の階層はまだ見た事がないな。おそらく、それだけ下の方にある階層なんだろう。
「ごく稀に森の階層があったりするとな、木の実とか果物とかを探したりするんだ」
もちろんその探している間も、いつ魔物が襲って来るかは分からない。決して油断はできない状況だから、パーティーメンバーと交代で見張りをしつつ採取するそうだ。
それにしても、危険な階層での採取をここまで楽し気に話せるんだな。
やはりダンジョンの攻略をするパーティーの強さは、相当なものだな。そんな風に感心しながら話に耳を傾けていると、不意にサイクさんが気になる事を口にした。
「特に好きな果物があるんだが、これがまたダンジョンの中でも滅多に出逢えなくてな。市場とかにも滅多に出回らないんだよ…」
「へぇ、どの果物だ?」
いくつかの果物を思い浮かべながらそう尋ねれば、お前らなら名前ぐらいは知ってるかなとサイクさんはすぐに答えてくれた。
「ナドナの果実って言うんだが」
「ん?」
「ナドナの果実って…」
まさかここでその名前が出てくるとは。
ナドナの果実は、アキトが見つけて採取した七色の実が特徴の果物だ。粒の色ごとに味が違っているのが、なかなか面白いんだよな。
しかしあれはそこまで入手し難いものだったか?
トライプールでは冒険者ギルドのランクアップ試験の対象になっていたぐらいだから、もちろん珍しいものではあるんだろう。
だが、逆に言えば試験の対象にできるぐらいには入手できる可能性があるという事になる。
いや、しかし確かに辺境の辺りでは、売っているのを見た事は無いかもしれないな。そんな事を考えていると、不意にアキトがさっと俺の方へ向いた。
「お、知ってるか?」
「知ってるというか…」
アキトはそこで言葉を切ると、そっと自分の魔導収納鞄に手を入れた。
「これ…であってますか?」
「それっ!それだよ!一体どこで手に入れたんだ?」
大きく目を見開いたサイクさんの質問に、アキトはゆるりと首を傾げて答えた。
「えっと森で偶然採取したんですけど…どこの森だったかまでは覚えてないです」
ハル覚えてる?と聞かれてしまったんだが、残念ながら俺もはっきりとは覚えていないな。頼られたのに、即答できない事が少しだけ寂しい。
「たしかキニーアの森だったか、いやルムンの森だったか…?」
サイクさんは明らかにどこだそれと言いたげに、俺達と一緒になって首を傾げている。そうか、この辺りを拠点にしてるなら、トライプールの辺りには詳しくないよな。
「あー、トライプール領の領都近くの森だよ。もちろん珍しくはあるが、トライプールの辺りでは偶に手に入る筈だぞ」
だから冒険者ギルドのランクアップ試験の素材に選ばれるんだしと、俺はそう続けた。
「そうなのか…つまりトライプールから来た商人なら、もしかして?」
サイクさんは目を輝かせてそう呟いているが、目の前にあるナドナの果実を手に入れようとは思ってもみないようだ。
アキトの事だから、見せるためだけに取り出したなんて事は無いだろうな。そう思いながらちらりと視線を向ければ、俺の予想通りアキトは嬉しそうに笑ってから口を開いた。
「サイクさん、どうぞ。貰ってください」
うん、アキトならそう言うよな。
飲み物が無かったからと何種類かの果実水をアキトが出してくれたんだが、ダンジョンでは酒を一切飲まないというサイクさんは思いのほかこの果実水を喜んだ。
「あ、そうだ、どうせならこれも食べよう」
そんな言葉と共に、サイクさんも負けじと、ダンジョン産の魔物肉や食材を惜しみなく追加し始めた。
バンバン取り出される食材の中には、もしアキトが価値を知っていたら絶対に受け取らないだろうなという高級な物もさらりと混ぜられている。
それを出して良いのか?そう尋ねたくなる食材にそっと息を吞めば、サイクさんは俺に向かって小さく目くばせをしてきた。
黙っていてくれと言いたいのかと理解した俺は、何も言わずに渡されたものを受け取る事に決めた。
兄の友人だという事もあるが、サイクさんの行動を見ていると警戒するのも馬鹿らしくなってくる。見ためは全く似ていないんだが、この距離を詰めてくるのに不快じゃない感じは、すこしアキトに似ているかもしれない。
俺は手渡される食材を、何も言わずにひたすら焼き続けた。そのどれもが驚くほど美味いものばかりな事に、密かに驚きながら。
「あー楽しいな!」
ニコニコ笑顔のサイクさんいわく、サイクさん本人はかなり食に興味があるらしいが、他のパーティーメンバーはあまり食にこだわりが無いらしい。
もちろんサイクさんのこだわりを知ってるから付き合ってはくれるらしいが、アキトと俺みたいに何でも一緒に喜んで食べてくれる相手がいたのが嬉しかったらしい。
「ムレングのダンジョンでもこういう食材は取れるんだな」
「あーまあ、多少はな」
ここと同じく、あちらのダンジョンも階層によって全く取れる素材が違うそうだ。
ただここのダンジョンには緑が多い階層が多かったり、こうして釣りができる湖があったりするのに対して、鉱山みたいな階層や、砂漠みたいな階層、雪原のような階層などが多いらしい。
俺も何度かムレングのダンジョンに潜った事はあるんだが、雪原の階層はまだ見た事がないな。おそらく、それだけ下の方にある階層なんだろう。
「ごく稀に森の階層があったりするとな、木の実とか果物とかを探したりするんだ」
もちろんその探している間も、いつ魔物が襲って来るかは分からない。決して油断はできない状況だから、パーティーメンバーと交代で見張りをしつつ採取するそうだ。
それにしても、危険な階層での採取をここまで楽し気に話せるんだな。
やはりダンジョンの攻略をするパーティーの強さは、相当なものだな。そんな風に感心しながら話に耳を傾けていると、不意にサイクさんが気になる事を口にした。
「特に好きな果物があるんだが、これがまたダンジョンの中でも滅多に出逢えなくてな。市場とかにも滅多に出回らないんだよ…」
「へぇ、どの果物だ?」
いくつかの果物を思い浮かべながらそう尋ねれば、お前らなら名前ぐらいは知ってるかなとサイクさんはすぐに答えてくれた。
「ナドナの果実って言うんだが」
「ん?」
「ナドナの果実って…」
まさかここでその名前が出てくるとは。
ナドナの果実は、アキトが見つけて採取した七色の実が特徴の果物だ。粒の色ごとに味が違っているのが、なかなか面白いんだよな。
しかしあれはそこまで入手し難いものだったか?
トライプールでは冒険者ギルドのランクアップ試験の対象になっていたぐらいだから、もちろん珍しいものではあるんだろう。
だが、逆に言えば試験の対象にできるぐらいには入手できる可能性があるという事になる。
いや、しかし確かに辺境の辺りでは、売っているのを見た事は無いかもしれないな。そんな事を考えていると、不意にアキトがさっと俺の方へ向いた。
「お、知ってるか?」
「知ってるというか…」
アキトはそこで言葉を切ると、そっと自分の魔導収納鞄に手を入れた。
「これ…であってますか?」
「それっ!それだよ!一体どこで手に入れたんだ?」
大きく目を見開いたサイクさんの質問に、アキトはゆるりと首を傾げて答えた。
「えっと森で偶然採取したんですけど…どこの森だったかまでは覚えてないです」
ハル覚えてる?と聞かれてしまったんだが、残念ながら俺もはっきりとは覚えていないな。頼られたのに、即答できない事が少しだけ寂しい。
「たしかキニーアの森だったか、いやルムンの森だったか…?」
サイクさんは明らかにどこだそれと言いたげに、俺達と一緒になって首を傾げている。そうか、この辺りを拠点にしてるなら、トライプールの辺りには詳しくないよな。
「あー、トライプール領の領都近くの森だよ。もちろん珍しくはあるが、トライプールの辺りでは偶に手に入る筈だぞ」
だから冒険者ギルドのランクアップ試験の素材に選ばれるんだしと、俺はそう続けた。
「そうなのか…つまりトライプールから来た商人なら、もしかして?」
サイクさんは目を輝かせてそう呟いているが、目の前にあるナドナの果実を手に入れようとは思ってもみないようだ。
アキトの事だから、見せるためだけに取り出したなんて事は無いだろうな。そう思いながらちらりと視線を向ければ、俺の予想通りアキトは嬉しそうに笑ってから口を開いた。
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