上 下
946 / 1,112

945.あっという間

しおりを挟む
「あ、もうこんな時間か」

 サイクさんがそう声をあげるまで、俺とハルは夢中になって話に聞き入っていた。

 話す内容が面白いのももちろんだけど、サイクさんって話し方がとにかく上手なんだよね。感動的なまでの話術に、すっかり引き込まれちゃってたよ。

「こんな時間…だって?」

 不思議そうに魔道具を取り出して覗き込んだハルは、途端に両目を大きく見開いた。

「もう夕方近いのか。全く気づかなかった…」
「え、まだこんなに明るいのに?」

 見上げた視線の先に見えるのは、まるで本物の青空のような不思議なダンジョンの天井だ。

「ああ。ダンジョンの中は、基本的には階層ごとに天候や時間帯が固定されてるからな」

 まあ天気や時間帯があっという間に変わる階層――なんて例外もあるんだがなと、サイクさんは眉間にぎゅっとしわを寄せた嫌そうな顔で教えてくれた。

 きっとサイクさんのパーティーは、その階層でたくさん苦労したんだろうな。そう想像が出来てしまったので、深くは聞かない事に決めた。

 それにしてもダンジョンって、本当に不思議な事ばかりだな。

 天候も時間帯も変わらないってことは、この階層はいつ来てもこの明るさの晴天って事か。逆にずっと夜で雨の階層とかもあるのかもしれない。

「俺も知識として知ってはいたんだが、一つの階層にここまで留まった事は無かったからな…」

 気づけなかったのが悔しいと、ハルはしょんぼりと肩を落とした。

「慣れてないと仕方ないさ」

 サイクさんによると、慣れてさえしまえば体内時計でだいたいの時間が分かるようになるらしい。自信が無いならハルの持ってるような魔道具を使うのも良い案だぞと教えてくれた。

「ハルなら、次からは小まめに時間を確認するだろう?」
「ああ、そうするよ」

 だったら落ち込むなとハルを慰める姿は、まるでハルの本当のお兄さんみたいだ。なんでかな。見た目は全然似てないのに、ちょっとファーガスさんに似てるななんて思ってしまった。

「サイクさんは、これからどうするんだ?」

 気持ちを切り替えて尋ねたハルに、サイクさんはんーと考えてから答えた。

「そうだな、今日はもう街へ帰るよ」
「それじゃあ、もし良ければ一緒に行かないか?」
「ああ、ぜひ」

 予定が決まれば急いだほうが良いと、俺達はすぐにその場にあった荷物を片づけに取り掛かった。とは言っても、後はすこしの食器とマントぐらいだ。今日はテントとか張ってないからね。

「よし、忘れ物も無し!」

 ささっと見て回って振り返れば、ハルもそうだねと笑顔で頷いてくれた。

「サイクさん、お待たせしました!」
「待たせてすまない
「いや、俺は荷物が少ないからな。気にすんな」

 俺達よりも先に片付けを終えていたサイクさんは、あの巨大な斧を軽々と肩に担いで近づいてくる。

「行くか」



 オ・アレシュのダンジョン内で転移ができる場所は、最終階層つまり一番地下だけらしい。しかも行先はあの衛兵さん達がいた出口の辺りに固定されていて、一方通行なんだって。

 一番下にいるボスを倒せば一瞬で帰れるって事だけど、ハルもサイクさんも少しも迷わずに上へと戻る道を選んだ。

 理由はここのダンジョンのボスと呼ばれる魔物たちが、なかなか面倒な相手だからだそうだ。

 俺も驚いたんだけどね。そもそもダンジョンのボスって、一種類の魔物をさすわけじゃないんだって。ダンジョン内のボス部屋と呼ばれる部屋に湧いてくる、強い魔物を総称としてボスと呼んでるだけらしい。

 うーん、これももしかして異世界人が広めたーってやつなのかな。

 ここオ・アレシュのダンジョンでも数種類の魔物が確認されているらしいんだけど、そのどれもがとにかく防御力が高いのが特徴らしい。強さはそれほどでもないけど、攻撃が入り難くて戦闘時間が長引く。

 その上、それほど良い素材が取れるわけでも無いという事で、あまり人気は無いらしい。

 全てのダンジョンを踏破してやると豪語してる冒険者ぐらいしか挑もうとはしないボスなんだと、階段を上りながら教えてもらった。

 俺達が話し込んでいる間に、ダンジョンの中にいる冒険者の数はかなり減っていた。夜は危険だからその前にと、初心者ほど早めに街に帰るんだって。

 冒険者が減った分、魔物もたまにひょこっと現れるんだけど、ハルとサイクさんが競うようにして倒してしまう。

 俺の出番は全く無いまま、あっという間にダンジョンの入口の所まで戻ってこれてしまった。

「サイク、どうだ。何か異変はあったか?」

 不意にそう声をかけてきた衛兵さんに、サイクさんは慣れた様子で答えた。

「いや、何も無かったぞ」
「釣果は?」
「今日は9匹と友人が二人増えた」

 ニヤリと笑って答えたサイクさんに、衛兵さん達もそれは良かったなと笑って答えている。

「そちらの二人も、ダンジョンはどうだった?」
「想像してたよりも、綺麗な場所でしたね」
「そうだろ?またおいで」

 ニコニコ笑顔でそう言ってくれる衛兵さん達に見送られて、俺達は街へと続く街道へと足を向けた。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...