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940.美味しいものは
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「あの、ムレングのダンジョンの話とか、もしサイクさんさえ良ければ…話してもらえませんか?」
そんな最難関のダンジョンを今も現役で攻略中の冒険者さんの話とか、可能ならぜひ話を聞きたい。もし無理だって言われたらもちろんスパッと諦めよう。
そう思って断られる覚悟の上で尋ねたんだけど、サイクさんは面白そうに笑って良いぞと答えてくれた。
「まあでもその前に、まずは鮮度が良いうちにこいつを捌いとくのが一番大事だな」
そう宣言すと、サイクさんはいそいそと自分の腰の魔導収納鞄から木製のまな板やナイフを取り出した。魚を捌くためのものなのか、まるで刺身包丁のような見た目のナイフだった。
思わずじっと見つめてしまっていたけれど、俺達の視線に気づいたサイクさんはふっと笑うと真剣な表情で魚を捌き始めた。
これがもうびっくりするぐらいの素早さでさ、俺もハルも思わず目を大きくして見惚れちゃったよ。
もしかして本職は冒険者じゃなくて板前さんだったりしますか?と聞きたくなってしまうぐらいの素晴らしい熟練の手つきだった。
あ、この世界には料理人はいても板前さんはいないんだろうか。いやいるのかな。
「すごいな、想像以上の腕前だ」
「うん、見惚れちゃうぐらいの手つきだね」
ぽつりとこぼれたハルの感想に即答でそう返せば、サイクさんはハハハと声をあげて笑った。
「二人とも褒めてくれてありがとな。釣りが趣味だとな、必要に迫られて自然と出来るようになるんだよ」
照れくさそうにしながら、サイクさんは今度は巨大な串を魔導収納鞄から取り出した。
「これはな、暇な時に自分で削り出して作ってる、魚を串焼きにするための串なんだ」
「そうなのか、すごいな」
「使わせてもらって良いんですか?」
ああもちろんと答えてくれたサイクさんは、その大きな串を片手に器用に切り身へと刺していった。
「ほら、できたぞ」
大きな葉っぱをお皿代わりにして差し出された魚の串は、全部で六本もあった。
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
「おう、あとは塩を振ってこのくらいの距離でじっくり焼けば、それだけで美味いからな。それで、ムレングのダンジョンの話だったよな?」
話は食いながらで良いかと尋ねられた俺とハルは、もちろんとすぐに頷いた。むしろその方が有難いくらいだ。せっかく捌いてくれた魚の串を、お預けされたくは無い。
「今日の飯は良いものが手に入ってな」
そう前置きをしたサイクさんは、鞄の中から取り出したパンを見せてくれた。
周りには薄く焼き目のついた層があって、それ以外の場所はふかふかしていそうな真っ白な生地だ。
「あまり見ない形だな」
ハルがそう呟いたのも無理は無い。こちらの世界に来てからは、今まで一度も見た事がないぐらい珍しい形のパンだった。
そう、こちらの世界に来てからは――だ。
四角形のそのパンは、どこからどう見ても食パンに見えた。
「ウェルマ市場の裏路地にあるパースパン屋のしょくパンってもんなんだ」
「へぇ、しょくパンか」
うん、やっぱり食パンだよね。
もしかしてそのパン屋さんにも、俺と同じ異世界人がいるのかな?ケンに言わせれば同郷ってやつの可能性があるかもしれない。
そんな事を考えながらハルとサイクさんのやりとりを聞いていたんだけど、サイクさんいわく辺境領にはいくつかこれと同じような食パンを出しているお店があるんだって。
「この作り方を思いついたやつがな、広く名前と製法を広めたいって作り方を全部公開したんだよ」
「…そうなのか?」
黙っていれば利益になっただろうにと首を傾げるハルに、サイクさんはパン屋の横の繋がりで最近は他の領にも広がってるぞと教えてくれた。
うん、その人の考えた事、俺にはちょっとだけ分かるかもしれない。
食パンに反応したら異世界人って思われないように、いっそ作り方ごと広めてやれって思ったんじゃないかな?
まあただの想像だけど。
「お前らも食ってみるか?」
いつもは売り切れてる事が多いが今日は運良く10枚も手に入ったからなと、サイクさんは笑顔で勧めてくれる。
「…正直興味はあるが…良いのか?」
「ああ、うまいもんは皆で食おうぜ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
あ、そんな事を言い合ってる間に、魚の串も香ばしい香りを漂わせ始めてる。
「そろそろ良さそうだな」
取り分けるんだなとささっと三枚のお皿を取り出せば、ハルはお礼を言ってから受け取ってくれた。
「はい、サイクさんの分」
そう声をかけたハルが差し出したのは、俺とハルのお揃いのお皿じゃなくて無地のシンプルなお皿だ。こういう時のために買ってあったんだよね。
「は?俺の分って…?」
「え、捌いてくれたから一緒に食べると思ってたんですけど…」
「い、いいのか?それこそ滅多に釣れない魚だぞ?内臓を取ればめちゃくちゃ美味いし!」
慌てるサイクさんに、ハルはにっこりと笑って答えた。
「うまいもんは皆で食うんだろう?」
そんな最難関のダンジョンを今も現役で攻略中の冒険者さんの話とか、可能ならぜひ話を聞きたい。もし無理だって言われたらもちろんスパッと諦めよう。
そう思って断られる覚悟の上で尋ねたんだけど、サイクさんは面白そうに笑って良いぞと答えてくれた。
「まあでもその前に、まずは鮮度が良いうちにこいつを捌いとくのが一番大事だな」
そう宣言すと、サイクさんはいそいそと自分の腰の魔導収納鞄から木製のまな板やナイフを取り出した。魚を捌くためのものなのか、まるで刺身包丁のような見た目のナイフだった。
思わずじっと見つめてしまっていたけれど、俺達の視線に気づいたサイクさんはふっと笑うと真剣な表情で魚を捌き始めた。
これがもうびっくりするぐらいの素早さでさ、俺もハルも思わず目を大きくして見惚れちゃったよ。
もしかして本職は冒険者じゃなくて板前さんだったりしますか?と聞きたくなってしまうぐらいの素晴らしい熟練の手つきだった。
あ、この世界には料理人はいても板前さんはいないんだろうか。いやいるのかな。
「すごいな、想像以上の腕前だ」
「うん、見惚れちゃうぐらいの手つきだね」
ぽつりとこぼれたハルの感想に即答でそう返せば、サイクさんはハハハと声をあげて笑った。
「二人とも褒めてくれてありがとな。釣りが趣味だとな、必要に迫られて自然と出来るようになるんだよ」
照れくさそうにしながら、サイクさんは今度は巨大な串を魔導収納鞄から取り出した。
「これはな、暇な時に自分で削り出して作ってる、魚を串焼きにするための串なんだ」
「そうなのか、すごいな」
「使わせてもらって良いんですか?」
ああもちろんと答えてくれたサイクさんは、その大きな串を片手に器用に切り身へと刺していった。
「ほら、できたぞ」
大きな葉っぱをお皿代わりにして差し出された魚の串は、全部で六本もあった。
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
「おう、あとは塩を振ってこのくらいの距離でじっくり焼けば、それだけで美味いからな。それで、ムレングのダンジョンの話だったよな?」
話は食いながらで良いかと尋ねられた俺とハルは、もちろんとすぐに頷いた。むしろその方が有難いくらいだ。せっかく捌いてくれた魚の串を、お預けされたくは無い。
「今日の飯は良いものが手に入ってな」
そう前置きをしたサイクさんは、鞄の中から取り出したパンを見せてくれた。
周りには薄く焼き目のついた層があって、それ以外の場所はふかふかしていそうな真っ白な生地だ。
「あまり見ない形だな」
ハルがそう呟いたのも無理は無い。こちらの世界に来てからは、今まで一度も見た事がないぐらい珍しい形のパンだった。
そう、こちらの世界に来てからは――だ。
四角形のそのパンは、どこからどう見ても食パンに見えた。
「ウェルマ市場の裏路地にあるパースパン屋のしょくパンってもんなんだ」
「へぇ、しょくパンか」
うん、やっぱり食パンだよね。
もしかしてそのパン屋さんにも、俺と同じ異世界人がいるのかな?ケンに言わせれば同郷ってやつの可能性があるかもしれない。
そんな事を考えながらハルとサイクさんのやりとりを聞いていたんだけど、サイクさんいわく辺境領にはいくつかこれと同じような食パンを出しているお店があるんだって。
「この作り方を思いついたやつがな、広く名前と製法を広めたいって作り方を全部公開したんだよ」
「…そうなのか?」
黙っていれば利益になっただろうにと首を傾げるハルに、サイクさんはパン屋の横の繋がりで最近は他の領にも広がってるぞと教えてくれた。
うん、その人の考えた事、俺にはちょっとだけ分かるかもしれない。
食パンに反応したら異世界人って思われないように、いっそ作り方ごと広めてやれって思ったんじゃないかな?
まあただの想像だけど。
「お前らも食ってみるか?」
いつもは売り切れてる事が多いが今日は運良く10枚も手に入ったからなと、サイクさんは笑顔で勧めてくれる。
「…正直興味はあるが…良いのか?」
「ああ、うまいもんは皆で食おうぜ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
あ、そんな事を言い合ってる間に、魚の串も香ばしい香りを漂わせ始めてる。
「そろそろ良さそうだな」
取り分けるんだなとささっと三枚のお皿を取り出せば、ハルはお礼を言ってから受け取ってくれた。
「はい、サイクさんの分」
そう声をかけたハルが差し出したのは、俺とハルのお揃いのお皿じゃなくて無地のシンプルなお皿だ。こういう時のために買ってあったんだよね。
「は?俺の分って…?」
「え、捌いてくれたから一緒に食べると思ってたんですけど…」
「い、いいのか?それこそ滅多に釣れない魚だぞ?内臓を取ればめちゃくちゃ美味いし!」
慌てるサイクさんに、ハルはにっこりと笑って答えた。
「うまいもんは皆で食うんだろう?」
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