上 下
937 / 1,112

936.【ハル視点】アキトの初ダンジョン

しおりを挟む
 俺にとっては見慣れたやり取りでも、アキトにとっては物珍しい光景だったようだ。

「このあたりの人って、すっごくたくましいんだね」

 小さな声でそう呟いたアキトの言葉は、どうやら冒険者と商人の耳にも届いたらしい。言葉にして何かを言うわけではないが、彼らは揃って誇らし気にうっすらと笑みを浮かべている。

 他の地域の人からは『辺境の住民は品が無い』とか『辺境の住民はやけに攻撃的だ』とか、そういう風に表現されるのはよく聞く。残念だがそれが現実だ。

 そういう人たちからすれば、魔物を倒して即座に捌き出す冒険者も、そこに通りかかって肉を売ってくれと交渉をもちかける商人もあり得ないと眉をひそめる存在だろう。

 それなのに、アキトの感想はたくましいなんだよな。本当に俺の伴侶候補様は、最高だ。



 アキトに改めて惚れ直しているうちに、オ・アレシュのダンジョン入口へと辿り着いた。ここのダンジョンの入口は、まるで普通の洞窟のような見た目をしている。

 他のダンジョンはいざという時のために要塞のような建物で覆ってあるんだが、ここだけは例外だ。

 一応門番のように武器を持って警戒している衛兵達はいるが、警戒は最小限だ。

「ここがダンジョンの入口…?」
「ああ、そうだよ」

 アキトはキョロキョロと周りを見渡した。

 俺も一緒になって周りを見てみれば、これからダンジョンに入るのだろう荷物を整えている冒険者の集団や、今まさに洞窟から外へと出てきた冒険者達の姿が目に入った。

 衛兵達は出てきた人達にダンジョンの中の様子を尋ねたり、入って行く人達に気をつけろよと声をかけたりとなかなかに忙しそうだ。

 弱い魔物しかいないからと手を抜くような衛兵はうちの領にはいないと知ってはいたが、実際にその姿を見ると感心してしまう。

 衛兵の素晴らしい仕事ぶりは、後でしっかりと父に報告しておこう。

「アキト、それじゃあ行こうか」
「うん!行こう!」

 ワクワクした様子を隠せていないアキトだが、その表情に油断の色は無かった。きちんと周りを警戒しながら、ゆっくりとダンジョンの階段を下っていく。

 その心構えはすごく良い事なんだが、もしかしたらがっかりするかもしれないな。

 そうなったらどう説明しようかと考えながら歩いていくと、不意に魔物の気配を感じた。アキトも気配探知を少し出来るようになったのか、ハッとした様子で視線をあげている。

 だが俺達が何かをする前に、一瞬にして魔物の気配が消えた。

「やった私にも倒せた!ねぇ、倒せたよ!」
「すごいな!よし、次は俺だ!」

 まだ駆け出しだろう冒険者達がはしゃいでいる声が、魔物の気配を感じた近くから聞こえてくる。

 ここのダンジョンは、湧いてくる魔物がそれほど強くない。それこそこの地域のダンジョンの外に出てくる魔物と比べれば、各段に弱い魔物ばかりだ。

 だから駆け出しの冒険者や、衛兵や騎士を目指す者たちの修行の場として活用されている。特に浅い階層は、湧いてくる魔物よりもむしろ人の方が多いほどの人気の場所だ。

「なんか、想像と違う…」

 困り顔で訴えてくるアキトに、俺は苦笑を返した。やっぱりがっかりさせてしまったか。

「ここは魔物がそれほど強くないから、むしろダンジョンの外よりも安全かもしれないんだ」

 いや、かもじゃないか。ここは確実に外よりも安全だ。

「そうなんだ」

 アキトは周りの人達をじっと見つめて、なるほどと言いたげに一つ頷いた。稀に混ざっているこのダンジョンには相応しくない強さの奴達にも、アキトはきちんと視線を向けていた。

 いつの間にか、きちんと人の強さを測れるようになったんだな。

 彼らは衛兵や騎士、または冒険者ギルドから初心者支援の依頼を受けた冒険者だろう

「うーん…」

 複雑な表情で唸り声をあげたアキトに、俺は首を傾げて尋ねた。

「どうしたの?」
「これってさ、ハルの家族のみんなと来てたら、本当に過剰戦力だったんだね…」

 ぼそりとそう呟いたアキトに、俺はブハッと思いっきり噴き出してしまった。

 たしかに。もしこのダンジョンに英雄である父と騎士団長である兄二人を連れてやってきていたら大混乱になっていただろうな。

 過剰戦力なのももちろんそうなんだが、まず威圧感を放つ父とファーガス兄さんに圧倒された冒険者達が動けなくなるだろう。騎士達はウィル兄さんを見れば不意打ちの査察かと警戒するだろうし、衛兵たちは憧れの父に見惚れて動けなくなる。

 アキトがあそこで母のためにも駄目だと言ってくれて、良かったのかもしれないな。

 おかげで周りに迷惑をかけずに済んだ。

「10階層まではこういう状態だから、どんどん進もうか」

 そう声をかけてから、発見したばかりの階段へと足を進める。



「ね、ハル。ここ以外のダンジョンってどんな場所なの?」

 アキトは周りを警戒して視線を動かしながらも、俺に向かってそう尋ねてきた。

「うーん…そうだな。ここは20階層までなんだが、もう一つは120階層まであるんだ」 
「え、一気に6倍の深さになるの?」

 驚いた様子で目を大きく見開いたアキトに、しかも魔物もぐんっと強くなるよと告げる。

「ちなみに、もっと深いダンジョンもあるよ」

 悪戯っぽく笑ってそう口にすれば、アキトはドキドキした様子でそこはいったい何階層まであるのと尋ねてくれた。よく聞いてくれた。

「現時点で212階層までは踏破されているんだが、底はどこまであるかまだ分かっていないんだ」
「212階層!?」

 ひっくり変え合ったアキトの声に、俺はまた声をあげて笑った。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

処理中です...