生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
937 / 1,179

936.【ハル視点】アキトの初ダンジョン

しおりを挟む
 俺にとっては見慣れたやり取りでも、アキトにとっては物珍しい光景だったようだ。

「このあたりの人って、すっごくたくましいんだね」

 小さな声でそう呟いたアキトの言葉は、どうやら冒険者と商人の耳にも届いたらしい。言葉にして何かを言うわけではないが、彼らは揃って誇らし気にうっすらと笑みを浮かべている。

 他の地域の人からは『辺境の住民は品が無い』とか『辺境の住民はやけに攻撃的だ』とか、そういう風に表現されるのはよく聞く。残念だがそれが現実だ。

 そういう人たちからすれば、魔物を倒して即座に捌き出す冒険者も、そこに通りかかって肉を売ってくれと交渉をもちかける商人もあり得ないと眉をひそめる存在だろう。

 それなのに、アキトの感想はたくましいなんだよな。本当に俺の伴侶候補様は、最高だ。



 アキトに改めて惚れ直しているうちに、オ・アレシュのダンジョン入口へと辿り着いた。ここのダンジョンの入口は、まるで普通の洞窟のような見た目をしている。

 他のダンジョンはいざという時のために要塞のような建物で覆ってあるんだが、ここだけは例外だ。

 一応門番のように武器を持って警戒している衛兵達はいるが、警戒は最小限だ。

「ここがダンジョンの入口…?」
「ああ、そうだよ」

 アキトはキョロキョロと周りを見渡した。

 俺も一緒になって周りを見てみれば、これからダンジョンに入るのだろう荷物を整えている冒険者の集団や、今まさに洞窟から外へと出てきた冒険者達の姿が目に入った。

 衛兵達は出てきた人達にダンジョンの中の様子を尋ねたり、入って行く人達に気をつけろよと声をかけたりとなかなかに忙しそうだ。

 弱い魔物しかいないからと手を抜くような衛兵はうちの領にはいないと知ってはいたが、実際にその姿を見ると感心してしまう。

 衛兵の素晴らしい仕事ぶりは、後でしっかりと父に報告しておこう。

「アキト、それじゃあ行こうか」
「うん!行こう!」

 ワクワクした様子を隠せていないアキトだが、その表情に油断の色は無かった。きちんと周りを警戒しながら、ゆっくりとダンジョンの階段を下っていく。

 その心構えはすごく良い事なんだが、もしかしたらがっかりするかもしれないな。

 そうなったらどう説明しようかと考えながら歩いていくと、不意に魔物の気配を感じた。アキトも気配探知を少し出来るようになったのか、ハッとした様子で視線をあげている。

 だが俺達が何かをする前に、一瞬にして魔物の気配が消えた。

「やった私にも倒せた!ねぇ、倒せたよ!」
「すごいな!よし、次は俺だ!」

 まだ駆け出しだろう冒険者達がはしゃいでいる声が、魔物の気配を感じた近くから聞こえてくる。

 ここのダンジョンは、湧いてくる魔物がそれほど強くない。それこそこの地域のダンジョンの外に出てくる魔物と比べれば、各段に弱い魔物ばかりだ。

 だから駆け出しの冒険者や、衛兵や騎士を目指す者たちの修行の場として活用されている。特に浅い階層は、湧いてくる魔物よりもむしろ人の方が多いほどの人気の場所だ。

「なんか、想像と違う…」

 困り顔で訴えてくるアキトに、俺は苦笑を返した。やっぱりがっかりさせてしまったか。

「ここは魔物がそれほど強くないから、むしろダンジョンの外よりも安全かもしれないんだ」

 いや、かもじゃないか。ここは確実に外よりも安全だ。

「そうなんだ」

 アキトは周りの人達をじっと見つめて、なるほどと言いたげに一つ頷いた。稀に混ざっているこのダンジョンには相応しくない強さの奴達にも、アキトはきちんと視線を向けていた。

 いつの間にか、きちんと人の強さを測れるようになったんだな。

 彼らは衛兵や騎士、または冒険者ギルドから初心者支援の依頼を受けた冒険者だろう

「うーん…」

 複雑な表情で唸り声をあげたアキトに、俺は首を傾げて尋ねた。

「どうしたの?」
「これってさ、ハルの家族のみんなと来てたら、本当に過剰戦力だったんだね…」

 ぼそりとそう呟いたアキトに、俺はブハッと思いっきり噴き出してしまった。

 たしかに。もしこのダンジョンに英雄である父と騎士団長である兄二人を連れてやってきていたら大混乱になっていただろうな。

 過剰戦力なのももちろんそうなんだが、まず威圧感を放つ父とファーガス兄さんに圧倒された冒険者達が動けなくなるだろう。騎士達はウィル兄さんを見れば不意打ちの査察かと警戒するだろうし、衛兵たちは憧れの父に見惚れて動けなくなる。

 アキトがあそこで母のためにも駄目だと言ってくれて、良かったのかもしれないな。

 おかげで周りに迷惑をかけずに済んだ。

「10階層まではこういう状態だから、どんどん進もうか」

 そう声をかけてから、発見したばかりの階段へと足を進める。



「ね、ハル。ここ以外のダンジョンってどんな場所なの?」

 アキトは周りを警戒して視線を動かしながらも、俺に向かってそう尋ねてきた。

「うーん…そうだな。ここは20階層までなんだが、もう一つは120階層まであるんだ」 
「え、一気に6倍の深さになるの?」

 驚いた様子で目を大きく見開いたアキトに、しかも魔物もぐんっと強くなるよと告げる。

「ちなみに、もっと深いダンジョンもあるよ」

 悪戯っぽく笑ってそう口にすれば、アキトはドキドキした様子でそこはいったい何階層まであるのと尋ねてくれた。よく聞いてくれた。

「現時点で212階層までは踏破されているんだが、底はどこまであるかまだ分かっていないんだ」
「212階層!?」

 ひっくり変え合ったアキトの声に、俺はまた声をあげて笑った。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...