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932.【ハル視点】最適な解決策

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 最初に我に帰ったのは、やはり父さんだった。予想通りというか、さすがに母に振り回されるのに慣れているな。

「グレースの気持ちは分かる。分かるが…さすがにその理由が王家に通用しないのも分かるだろう?」

 困り顔の父さんに、ファーガス兄さんがよく似た困り顔で同意を返す。

「そうですよ、母上」
「息子の伴侶候補を、王家よりも優先しますと言うのはさすがにまずいよ」

 ウィル兄さんも必死になってそう説得を続けている。

「む…じゃあ他の理由を考えるか…」

 母は真剣な表情でぽつりとそう呟いた。

「いや、そこは通用する理由を考えるんじゃなくて、王都にさっと行ってすぐに帰ってきたら良いんじゃないか?」

 呆れながらの俺の提案に、母さん以外の全員がハッと顔をあげた。

「それだ!」
「一度行って戻ってくれば良いんだ!」
「うんうん、ハルは天才だな!」

 素晴らしい提案だと嬉しそうに笑ったファーガス兄さんは、ぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でてきた。乱暴に見えて温かい手で撫でられるのは嫌いじゃないんだが、さすがにアキトの前だと恥ずかしさが勝ってしまう。

「やめてください」
「照れてるのか?」

 微笑ましそうに笑うファーガス兄さんをジロリと睨んで、俺はそっと視線を母の方ねと戻した。

「グレース、王都までさっと行って帰ってくる――でどうだ?アキトくんはまだしばらくは滞在してくれる予定なんだし、ここは王家の顔を立ててくれないか?」

 父さんは申し訳なさそうにしながらそう尋ねたが、母さんは少し考えてからやっぱり嫌だと首を振った。

「何故だい?」
「だって、まだアキトの魔法披露を見てない!せめてそれを見るまでは絶対に行かないから!」

 ああ、なるほど。母さんが一番気になっているのはそれか。母さんが俺を狙った時に咄嗟に魔力を練った時から、アキトの魔法にかなり興味があるみたいだからな。

「私だってアキトの魔法を皆と一緒に見たいんだ!」
「そうか…つまりアキトくんの魔法披露さえみんなと一緒に見ることが出来れば行くのか?」
「うん、それからなら…まぁ…」

 本当はアキトと色々したい事があるから行きたくはないんだが――とぶつぶつ言いながら、母さんは小さく頷いた。

「いや、しかし魔法披露を皆で見るような時間は無いだろう?」

 冷静にそう口を挟んだのはファーガス兄さんだ。隣で静かに成り行きを見守っていたマティさんも、確かに難しいだろうなと頷いている。

「うん、時間が無いよねぇ」

 ウィル兄さんがそう呟けば、ジルさんも難しい顔で黙ってひとつ頷いた。

「携帯式転移魔法陣まで持ってきているんだから…さすがに無理だよな」

 もし移動手段がウマや馬車なら、用意の時間をもらいたいと言えばすこしは時間も稼げたかもしれないんだが。今回ばかりはその手は使えない。

「皆と一緒に見たいのに…?」

 しょんぼりと肩を落とした母さんを、どう説得すれば良いのか。その場にいる全員が必死で考えを巡らせている間に、アキトは慌てた様子でハイッと手をあげてから口を開いた。

「あの!グレースさん!」
「ん?どうした、アキト?」
「俺、グレースさんが帰ってくるまで、誰に頼まれても魔法の披露は絶対にしません!」

 その場にいた母以外の全員が、驚きの表情を浮かべている。まさかここでアキトが何よりも最適な解決策を出してくれるとは。驚きの表情がじわじわと安堵の表情へと変わっていく。

 母さんもキラキラと分かりやすく目を輝かせながらアキトを見つめているから、きっとこの提案で全ては解決だな。

「本当だな!?」
「はい、きちんとお約束します!」
「もしハルから頼まれても…断ってくれるんだな?」

 そんなどう考えてもアキトを困らせるような事を、俺が言うわけがないだろう。そう思ったけれど、言葉にはしなかった。どうせ聞こえなかったふりで流されるのが分かっているからな。

「はい!――えっと、ハルは頼まないと思いますけど…」

 俺の気持ちが通じたのか、アキトはさらりとそう言い切ってくれた。うん、アキトはやっぱり優しいな。さすがアキトだ。

「よし、そうと決まれば、私は今すぐに王都に行ってくる!」

 ニコニコ笑顔の母さんは、さっと立ち上がると部屋の隅に控えていた執事に視線を向けた。

「結論が出たから、あのアロという騎士を呼んでくれるか?」
「かしこまりました」

 すぐに案内されて戻ってきた騎士アロさんに、母さんはにっこりと艶やかに笑いかけた。

「家族と相談をする時間を頂き、ありがとう。すぐにでも王都に向かいたいと思います」
「ハッ、快諾して頂きありがとうございます」

 ピシッと敬礼をしたアロさんは、いそいそと床に転移魔法陣を設置した。巨大な布の真ん中に魔法陣が刺繍されている魔道具だ。

「それでは、行ってまいります!」
「いってらっしゃい、気をつけて」
「ええ、こちらの事は頼みましたよ」

 人目があるからと似合わない丁寧な口調で挨拶をした母さんは、父さんに小さくハグをしてから魔法陣に足を踏み入れた。

 途端に母さんの姿は一瞬でかき消え、次の瞬間には魔法陣が刺繍された布がボッと青い炎に包まれた。

「え…燃えちゃった…?」

 心配そうにぽつりと呟いたアキトに、その場にいた全員がうっすらと笑みを浮かべた。特に父は、グレースの心配をしてくれるなんてなんて良い子だと感極まっているようだ。

「いや、これは悪用防止の対策なんだ。燃えるのが正しいんだよ」
「グレースさんは無事に着いたって事?」
「ああ、もちろん」

 俺が断言すれば、アキトはホッと嬉しそうに笑みを浮かべた。
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