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929.【ハル視点】読書会

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 ウェルマール領主城への滞在五日目には、俺とアキト、それにジルさんとキースをくわえて四人で読書会を開催する事になった。

 読書会なんて初めてだといっていたアキトは、読書会って何をするんだろう?と少しだけ不安そうだった。

 場所によっては本の内容について盛んに議論を交わすような読書会も存在しているらしいが、我が家の読書会はそういう堅苦しいものではない。

 ただそれぞれの好きな本を何冊か持ち寄って、気に入ったものがあれば貸し借りするんだよと教えればホッとした様子だった。

「お待ちしておりました。本をお預かりいたします」

 出迎えのメイドに持参した本を渡せば、後はメイド達が棚へと並べてくれる。そうする事で、わざと誰の本なのかを分からないようにしているんだ。

 最初は自分で持参して並べていたんだが、自分の伴侶の本ばかり借りようとする父やファーガス兄さんのせいでこの方法になったとは、できれば言いたくはないな。

 俺が持ってきたのは入手困難な素材について書かれた書物と、トライプールで入手したあの魔物図鑑、それに数冊の物語の本だ。

「ではまずは本を選びましょうか?」

 ジルさんの声かけで、俺達は揃って棚の前へと移動した。それぞれが思い思いに本を手に取って読み始める。しんと静まりかえった部屋の中に、それぞれの紙をめくる音だけが響いている。

 ある程度目を通したら次の本へと移りながら、気になる本を選んでいく。

 俺は特にこの寒い地域の魔物図鑑が気に入った。俺の持っている魔物図鑑にも書かれていないような、細かい情報がさらりと載せられている。

 おそらくこれはアキトの本では無いだろうから、ジルさんかキースどちらかの本なのだろう。どちらの本の可能性もありそうだな。

 そんな事を考えている間に、アキトは満足そうに本を棚に戻していた。

「アキトさん、気になる本はありましたか?」

 ジルさんの問いかけに、アキトは嬉しそうに一冊の本を取り出した。

「あ、俺はこれがちゃんと読みたいなと思いました」
「ああ、シオーヌの薬草探索ですね。私の本です」

 知らない本だなと思わずキースと二人でじっと本を見つめていると、ジルさんはクスリと笑ってから口を開いた。

「薬草採取を趣味としているすこし変わった商人の話なんですよ」
「あの…薬草の説明がすっごく細かいんですけど…これってもしかして全部実在の薬草なんですか?」
「ええ、実在している薬草しか登場しないように、こだわって書かれている作品なんですよ」

 それはすごいな。読むだけでも薬草の知識を得られるという事か。

「この本って、薬草の勉強にもなりそうですね」
「なると思いますよ。実際私も勉強になりましたから」

 ふふと笑ったジルさんは、ぜひ読んでみてくださいねとアキトに本を差し出した。

「お借りします!」
「ええ、どうぞ」
「ハルさんはどれが気になりましたか?」
「俺はこれだな。氷雪地域の魔物図鑑」
「あ、それは僕の本だよ!」

 嬉しそうに笑って元気に手をあげたのは、キースだった。

「僕の秘蔵の魔物図鑑なんだ。ハル兄ならきっと好きだと思ったんだ」
「ああ、正解だな」
「これは特に寒い地域の魔物について書かれてるんだ。この辺りでは滅多に出てこない魔物も多いんだけど、知っておくのは良い事でしょう?」

 そう言って笑ったキースの頭を、俺は手を伸ばしてそっと撫でた。照れくさそうにしているキースに、俺はそっと尋ねる。

「借りて良いのか?」
「うんっ!読んでみて!もし見た事のある魔物がいたら僕に教えてね」
「ああ、もちろんだ」


 キースが選んだのは、アキトが持ってきたセスミアの旅行手記の続編だった。前作からこの作品が大好きなキースは、珍しく大興奮して貸してくださいと大きな声をあげていた。

 ちなみにジルさんは、俺が持ってきた入手困難な素材が載った書物を嬉々として借りてくれた。うん、絶対これに食いつくと思っていたよ。

「自分の隊で手に入れた素材を、上手く売りさばけそうです」

 そう言ってジルさんは嬉しそうに笑ってくれた。



 本の貸し借りが終わると、今度はジルさんが用意してくれていた読みやすい短編を全員で読んで、感想を言い合ったりもした。

 感想と言っても難しいものでは無い。

 ここが良かった。ここが好き。そんな軽い感想を、ラスが腕を振るった飲み物や菓子、軽食を楽しみながら交わした。

 驚いたのは、以前に会った時よりもキースの知識量がぐんと増えていた事だ。しばらく会っていない間に、こんなにも成長したんだな。キースの努力が透けて見えて、俺は何度もキースの頭を撫でてしまった。

 そうそう、もう会も終わりかけの頃には、ウィル兄さんも読書会の部屋へとやって来た。

「ジル、俺間に合った?」
「…もうそろそろ終わりにする時間ですよ」

 困り顔で答えたジルさんに、ウィル兄はパッと笑顔になった。

「もうそろそろって事はつまり…ぎりぎりで間に合ったんだな!」

 ああ、もうそういう事で良いんじゃないかな。

 俺達は五人でわいわいと楽しい時間を過ごした。
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