上 下
917 / 1,103

916.【ハル視点】繊細な木彫り

しおりを挟む
「どうぞー遠慮なく好きなように見て回ってね」

 ニコニコ笑顔のケンさんにそう言われたアキトと俺は、服のすそが木彫りに触れないようにと慎重に、まずは真ん中にあるテーブルへと近づいた。

 もしも倒してしまったら壊れてしまいそうな繊細な作りの木彫りが、たくさん並んでいる部屋だ。

 とてもじゃないがスタスタと移動する事はできない。

「うわぁ…」
「これはすごいな…」

 まじまじとテーブルの上の木彫りの像を観察した俺達は、思わずそんな声を洩らした。

「これとか本当に生きてるみたい」

 アキトがそういって指差したのは、今にも動き出しそうな生き物の木彫りだ。

 これはキャルテと呼ばれている大型の猫をモデルにしているようだ。ふさふさの長い尻尾をくるりと巻いたキャルテは、ちょうど優雅に伸びをしているところだ。

 その隣に置かれているのは、バツーグと言う羽の生えた狼の魔獣だ。滅多に出会う事のできない魔獣だが、従魔を連れて戦うテイマー達にはかなり人気の種だ。陸でも空でも素早く動ける上に、頭も良くて人に懐きやすい。

 そんなバツーグの木彫りは上目遣いにこちらを見上げながら、小さく舌を出している。テイマーが見たら誰が買うかと戦闘が起きかねない可愛らしい見た目だ。

「この辺りは、普通の動物と害のない魔獣だよ」
「え、そうなの?」
「危険な魔物の像は駄目って言われたから、作れないんだ」
「そうなんだ?」
「ああ、これはどの領でもそうだと思うよ」

 危険な魔物を身近に感じるようになってはいけないからと、魔物の像を作ったり絵に描く事は禁止されている。唯一の例外が魔物図鑑の絵だ。

「ちなみにこの辺りのは、意外にも冒険者とか騎士団員に人気だね」
「え、冒険者とか騎士団員に?」

 こんなに可愛らしい像が?と思わず首を傾げたアキトに、ケンさんは本当だよと笑っている。

「癒しが欲しいけど、家で生き物を育てる余裕は無いから…らしいよ?」

 ああ、なるほど。冒険者も騎士団員も、依頼や任務で家を開ける事が多いからな。

 連れていけば良いと思うかもしれないが、この世界では危険がいつでも隣にある。

 それこそテイマーのようにきちんと行動を制御できる状態でなければ、連れている冒険者も連れられている生物も命の危険にさらされる。

「これが欲しいとかあれが欲しいとか要望を聞いてたら、増えてきたんだー」

 元々の依頼は一点だけだというのに、気づけば生物ごとに色々な種類を作ったりしてしまうらしい。職人がたまに言う興が乗ったという状況だろうな。

「これとかさーお客さんの要望は寝てるところだったんだけど、俺は猫と言えば伸びだろうと思って」
「ああ、分かる分かる。猫は伸びしてる所も可愛いもんね」

 アキトとケンさんは、俺達気が合うねーと楽し気に笑いあっている。

「俺はこれが特にすごいと思ったな」

 俺がそっと手を向けたのは、まるで本物のように見える葉脈まで彫り込まれた美しい花々だ。

「うわーこれもすごいね!」
「ああ、これはあまり人気は無いんだけど、俺の趣味でねー」

 こだわりが詰まってるんだよーとケンさんは自慢げに続けた。

「ん…?人気は無いのか?」

 不思議に思って尋ねてみれば、ケンさんは生花の方が安く手に入るからねと苦笑を洩らした。まあ値段の面だけなら確かにそうかもしれないが、この花にはそれ以上の利点がたくさんあるだろう。

「俺は贈り物や部屋の飾りに、枯れない花というのも良いと思ったんだが…」

 母さんなんてきっと手入れがいらない植物なんて最高だなと、一瞬で気に入ると思う。

「ハロルド様!」

 ついさっきまで静かだったレイさんが急に何の前触れもなく叫んだので、俺達は三人揃ってビクッと身体を揺らしてしまった。ケンさんまで一緒に驚いているから、本当に予想外だったんだろうな。

「枯れない花という言葉、すごく良いですね!」
「そ、そうか…?」

 思いついた言葉を言っただけで、そんな反応が来るとは思っていなかった。

「その路線で売り込みをさせて頂いても良いでしょうか?」

 律儀にもそう尋ねてくるレイさんに、俺はもちろんとすぐに頷いた。

「ああ、別に構わないよ。ただの思いつきだし」
「お礼を考えておきますね」
「それは必要無いよ」
「いえ、これは確実に売れます!」

 物々と何かを呟きながらあれこれと考え始めた様子のレイさんに、ケンさんは苦笑を洩らした。

「あーごめんね、レイが」
「いや、彼は販売担当なのか?」

 参考になったなら嬉しいと笑って付け加えれば、ケンさんはふるふると首を振ってから答えた。

「販売も担当だね」
「も…という事は他にも何か彼が担当している事がある…と?」
「へへーそれが俺の店の一番の売れ筋に関わってくるんだよー」

 ケンさんは悪戯っぽく笑うと、こっちこっちともう一度俺達を手招いた。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...