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910.【ハル視点】二人の会話

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 まさか俺が名前を名乗っただけで、ここまでの大騒ぎになるとは想像もしていなかったな。

 名前を知ればレイさんも警戒を解いてくれるかもしれない。そんな気持ちだったんだが、逆に萎縮させてしまったようだ。

「し、失礼な質問をした事をお許しください!」
「いや、失礼な質問はされていないよ。あれは伴侶候補の身を案じての、当然の質問だから気にしなくて良い」
「ケンが偽物と言った事については…」
「それも気にしなくて良い。問題にするつもりはかけらも無い」

 そんな風に優しい声を意識して必死で宥め続ければ、二人はなんとか落ち着きを取り戻してくれた。

「あー、とりあえず俺の正体は分かっただろうし、防音結界を作動して良いかな?」

 まずはこれを設置したいと魔道具を取り出した俺が尋ねれば、レイさんはハイッと即答を返してくれた。

「これ以上ないぐらい信頼できるお方だとはっきりと分かりましたので、どうぞご自由にお使い下さい!」

 さっきまでの態度がガラッと変わってしまったな。ピンっと背筋を伸ばしたレイさんの言葉に、俺は苦笑しながら答える。

「えっと…別に堅苦しい話し方は、しなくて良いからな?」
「…今はまだ…普通に話すのは無理、です…」

 気持ち的には無理だが言われたからには何とかしないととでも考えたのか、レイさんの顔色が一気に悪くなった。

「あ、いや別に無理して普通に話さなくても良いんだが…」
「あ、ありがとうございます!」

 お礼を口にしたレイさんは、明らかにぎこちない動きでぺこりと頭を下げた。

 ま、まあ先に防音結界の魔導具だけは作動させて貰おうかな。そう思って作業をしていたが、ふと気づけばアキトがじっとケンさんを見つめているのに気づいた。

 視線の先を追ってみれば、動揺しているレイさんを見つめてうっすらと笑っているケンさんの姿が目に入った。

 ああ、なるほど。レイさんと一緒になって騒いではいたけれど、ケンさんは別に本気で焦っていたわけじゃないのか。慌てるレイさんを可愛いとか思っていそうな目だ。

 貴族だとか領主一家だとか、そういう事に馴染みが無いのだろうその反応は、アキトにも似ているかもしれない。

「よし、二人とももう話して良いよ」

 無事に魔道具の設置を終えた俺は、アキトとケンさんに向けてそう声をかけた。これで店の外に声が漏れる心配は無いからな。

「ね、ケンってどこの国出身なの?」
「ん?俺はねー」

 普通に答えそうだったケンさんに、アキトは慌てた様子でハイッと手をあげた。あの動き、アキトはたまにするが何故なんだろうな。

「折角だし、同時に言わない?」
「ああ、それは良いな!よーしいくぞー」

 せーのと声を合わせてから、アキトとケンさんは揃って口を開いた。

「「日本!」」
「おおーやっぱり同郷か!」
「ゲーミングが分かる時点でそうかなーと思ってたけど、嬉しい!」
「あの七色っぷりはゲーミング野菜だよな?」
「うんうん、あれはすごいゲーミングっぷりだった!」

 げーみんぐとは何なんだろうとかなり気にはなるが、さすがに同郷の二人の会話に割り込んだりはしない。

「あ、俺、フルネームはヒイラギ アキトです」
「お、俺はトキ ケンタだ」

 二人はどんな漢字?と言い合ったかと思うと、ケンさんが取り出した紙に名前を書き始めた。

「これはね、俺達の世界の漢字っていう文字で書いた、俺達の名前だよ」

 一体何をしているんだろうと俺とレイさんはじっと見守っていたんだが、不意に振り替えったアキトがそう教えてくれた。

 そうかこれがアキトの名前なのか。まじまじと見つめてその複雑な形を覚えようとしている俺の隣で、レイさんもきっと同じ事をしていた。

「あ、そういえばレイ、レイだけちゃんと名乗ってなくない?」

 ケンさんは唐突にそう言うと、レイさんをじっと見つめた。

「…名乗ってなかったな…なんという失態…」

 がくりと肩を落としたレイさんに、ケンさんは笑って答える。

「はいはい、落ち込むのは後にして、自己紹介!」
「えー、アキト様、ハロルド様、俺の名前はレイース・テルカーといいます。以前は衛兵団にいたんですが、今はケンと一緒にこの店をやっています」

 なるほど、元衛兵なのか。だからあんなに自然に警戒する事が出来ていたんだな。

「へぇ…衛兵団にいたのか!どこの隊だ?」

 衛兵と言っても、所属する隊によって得意な事は変わる。たとえ辞めた後だとしても普段なら尋ねないんだが、今は防音結界があるからと試しに聞いてみた。

「所属はプレール隊でした!」

 プレールが率いているその隊は、スタンピードが起きた時に先陣を切って駆け出すようなそんな攻撃的な部隊だ。

「ああ、プレールの所か。それじゃあ実力派の場所だな」
「隊へのお誉めの言葉ありがとうございます!」

 即座にそう返ってきた事に、俺は思わず苦笑を洩らした。元、の筈なのに現役の衛兵のような答えた方だな。
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