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909.【ハル視点】レイさんの警戒心

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 俺達がウェルマ市場の散策や買い食いを楽しんでいる間に、大通りはたくさんの人たちで溢れていた。

 早朝から出発して少し早めに依頼を終えたのだろう冒険者達の集団がいたり、良いものが手に入ったと嬉しそうに話している買い物客達がいたりとなかなかに賑やかだ。

 そんなたくさんの人で溢れている大通りを、前を進むケンさんとレイさんの背中を追って進んでいく。

 ケンさんは楽し気にきょろきょろと市場を眺めながら歩いているが、レイさんはかなり緊張しているのが背中から伝わってくる。

 さっきからずっと俺達に対して気配探知をかけているし、かなり警戒しているんだろうな。時折俺の様子を伺っているのは、気配探知に気づいたと分かったからだろうか。

「すごい人だね」

 アキトにかけられた言葉に、俺はパッと笑みを浮かべた。

「ああ、早朝と今ぐらいが一番混むからね」

 そんな事をのんびりと話しながら歩いていると、不意に前を行く二人の足が止まった。

 そこには大通りに面しているにしては、すこし小ぶりな店があった。だが両隣の店は有名店だし、ここに店を持てるのはそれだけですごい事だ。

 建物自体はこの街では定番のヴァコクの黒い木を使った建物だが、大きな窓にかけられている布は濃いめの赤色だ。

 黒と赤が映えていて、不思議と洗練された格好良さがある。

「アキト、ハルさん、こっち」

 そう言って案内されたのは、店の横にある狭い狭い路地だ。店の関係者以外通ろうとはしないだろうなと思うほどの狭い道を、横向きになって歩いて通る。

「ごめんな、定休日は表を開けると面倒だから」

 ケンさんは裏口にあたるドアの鍵を開けながら、そう口にした。確かに表のドアから入ると、開店しているのかと誤解されるかもな。

「ううん、格好良いお店だね」
「お、あの格好良さが伝わったかー」

 謙遜するでも無く自慢げに笑ったケンさんに、レイさんは呆れた顔をして俺達に視線を向けた。

「先に入ってくれ」

 レイさんの言葉は、おそらく何かがあったとしてもケンさんを守るためだろう。本当にできる人だなと考えながら、俺はすぐにこくりと頷いた。

「ああ、失礼」
「お邪魔しまーす」

 促されるまま、俺、アキトの順番で建物の中へと入る。入ってもすぐに店内というわけでは無いらしい。通されたのは、まるで普通の民家の厨房のような場所だった。

「はいはい、みんな座ってーお茶ぐらいは入れるから」
「その前に防音結界を張っても良いだろうか?」

 アキトとケンさんがうっかり同郷の話をする前にと、俺は率直にそう尋ねてみた。

「ああ、もち…」
「ケン、ちょっと黙って」

 俺の提案にケンさんが答えようとした瞬間、レイさんがさっと言葉の続きを遮った。

「すまないが、防音結界を張る前に、失礼を承知で尋ねたい」
「ああ、なんだ?」
「君たちの正式な名前を聞きたいんだ」

 失礼なのは分かっているが、俺はケンの安全を何よりも優先したいと続けたレイさんは、もし答えられないならこのまま追い出すと宣言した。

 まあ、そうだよな。もし逆の立場なら、防音結界を張る人の素性を知らないと俺も不安だと思う。

「なんだ、そんな事か」

 そう答えた俺は、もちろん答えようとあっさりと頷いた。文句の一つでも覚悟していたらしいレイさんは、あまりにあっさりと同意した俺に驚いた様子だった。

「俺も気持ちは分かるからな」

 伴侶候補を守るために気を張っているんだと分かっているから、疑われた事に対しての怒りは全く無い。

 むしろ簡単に俺達を信じた方が、裏があるんじゃないかと俺も疑ったかもしれない。

「俺の名前はハロルド・ウェルマールだ」
「ハロルド…だから愛称がハルなのかー」

 納得したと楽しげに笑っているケンさんは、どうやら名前だけでは領主一家の一人だとは分からなかったようだ。気づかないなら気づかないままで良いんだが。

 逆にレイさんは、大きく目を見開いたまま固まってしまった。

「あれ?レイはどうした?」

 不思議そうに尋ねたケンさんは、大丈夫かとレイさんの顔を覗き込んでいる。

「ケン!お前…名前を聞いても…何も気づかないのか…?」

 嘘だろうと今にも叫びそうな表情を浮かべながらも器用にも小声で囁いたレイさんに、ケンさんはえーハロルドさんでしょ?と答えている。

「そっちじゃなくて!家族の名前の方だよ!」
「えっと…ウェルマール…て、あれ…領主様の名前って…ウェルマール?」

 急に俺の名前の意味に気づいたらしいケンさんは、あわあわと口を開いたり閉じたりを繰り返している。

「え、でも本名?偽名って事はないか?」

 慌て過ぎたのか俺本人の目の前でそんな事を口にしたケンさんに、レイさんは絶望の表情で続けた。

「いや、俺遠目になら顔見た事あるんだよ…この色合いは、三男のハロルド様で間違いない…」
「えええ、そんな人を、こんな小さな店に連れ込んで大丈夫だったのかよ?」

 ハッと気づいた様子の二人が、揃ってアキトと俺に視線を向けた。

「「失礼しました!」」

 息がぴったりなのは分かったが、そんなに焦らなくて大丈夫だ。

「いや、まずは落ち着いてくれ。頼むから」
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