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887.【ハル視点】スーラの果物店
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果物屋台の男性は、なかなかの交渉上手だった。
交渉事には自信のあった俺が本気で交渉しても、おまけを減らす事ができたぐらいで全く無しにする事はできなかった。それならとこちらも買うものを追加した結果、何とか引き分けに持ち込む事ができただけだ。
本気でこの屋台をやっていると見ていて分かるから勧誘はしないが、なんなら領主城で働いて欲しいぐらいの人材だな。
「金髪の兄ちゃんは交渉上手だな」
悔しそうに顔を歪めながらそう言った男性に、俺は心の中でこちらの台詞だと言い返した。アキトはそんな俺達の隣で楽しそうに笑いだした。
「アキト?」
「黒髪の兄ちゃん?」
「ごめん…だってお店の人がおまけを増やそうとして、こっちはお金を払う額を増やそうとするから」
商人と客らしくないやりとりが面白くてついと、楽し気に言い訳を始める。
「あー、まあ黒髪の兄ちゃんが笑ってくれたから良いか。また来てくれよー」
「はい、また」
「また来るよ」
笑顔で手を振ってくれる男性にアキトと俺も小さく手を振り返して、市場の人混みの中へと足を踏み出した。
たくさんの人で溢れている活気ある市場の中を、アキトを誘導しながらスルスルと進んでいく。
ウェルマ市場は大通りから入った辺りには野菜や果物、肉や魚などの食材を取り扱うお店が多い。そこから更に奥へと進んでいくと、少しずつ種類の異なる屋台が混ざり出す。
果物の屋台の隣に冒険者向けの消耗品を置いている屋台があったり、かと思えば野菜だらけの一画に無造作に魔物の爪や角などの素材が積み上げられた屋台があったりもする。
外から来た人には分かり難いと文句を言われる事もある雑多さなんだが、どうやらこういう規則性の無い店の並び方はアキトにとっては好ましいもののようだ。
市場の屋台を見ながら歩くアキトは、今も目をキラキラと輝かせている。楽しそうなアキトを見ていると、見慣れた市場も新鮮に見えてくるな。
そんな事を考えながらアキトと一緒になって周りを見回していると、スーラの果物店と書かれた大きな看板を掲げた店が不意に目に止まった。
あ、あの店は――。
「アキトそこの店なんだけど…」
そう声をかけながら立ち止まったのは、店のなかにたくさんの果物が並んでいる店だった。まだ開店してそれほど経っていないのか、真新しい綺麗な店だ。
「へー屋台じゃなくてお店もあるんだね」
「ああ、この辺りからはたまに店も混ざってくるかな」
「そうなんだ」
会話をしながら窓ごしに店の中を見ていると、不意に顔をあげた女性店員がハッと大きく目を見開いた。
呆然としたままのその女性の口が、ハル様と動いた。
名前でもしかしたらと思っていたが、どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
固まったままのスーラの反応に苦笑しながらも俺はアキトの手をそっと引くと、そのまま迷いなく店のドアを開いた。途端にふわりと香ったのは甘い果物の香りだ。
「やあ、久しぶりだな、スーラ」
中に入るなり笑ってそう声をかければ、スーラは深々と礼をしてから口を開いた。
「…お久しぶりです、ハル様。いらっしゃいませ」
そう呼びかけてきたスーラは俺の後ろに立っているアキトに気づくと、慌てた様子でお連れ様もと言葉を続けた。そんなに慌てなくても、俺もアキトも気にしないぞ。
「動揺してしまい申し訳ありませんでした」
アキトに向かって丁寧に謝るスーラに、アキトはぶんぶんと首を振って答えた。
「いえ、気にしないでください」
安心させるようにふわりと笑いかけたアキトのおかげで、スーラはやっと肩の力を抜いた。
「あなたが父が言っていた、伴侶候補のアキト様ですね」
「えっと、お父さん…?」
「アキト、ここは昨日メンクがお勧めしてたお店だよ」
「え、って事は、メンクさんの娘さんなんですか?」
驚いた様子のアキトに、スーラは困り顔で頷いた。
「ええ、ハル様とアキト様にしっかり宣伝しておいたぞなんて言うから、お忙しいお二人に迷惑だからそんな事しないでと叱っておいたんですが…」
それなのにまさか昨日の今日で俺達が来るとは想像もしていなくて、あんな反応をしてしまったらしい。
あー、うん。まあもしアキトが果実水を好きじゃなければ、わざわざ俺がここに顔を出したかは微妙な所だな。
「無理に立ち寄って頂いたのでは…?」
「いや、ここはメンクに聞いてすぐに来る予定に入れていたからな」
「…本当にご迷惑では無いんでしょうか?」
今度の質問は俺ではなくアキトに向かってのものだった。アキトの目をじっと見ながらもう一度念を押す用に尋ねるスーラに、アキトは問題ないよとすぐに頷いた。
「俺が果実水が好きなので、ぜひ来たいって言ってたんです。ハルはだからここに案内してくれたんだと思います」
どうやら俺の考えはアキトにはお見通しのようだ。
交渉事には自信のあった俺が本気で交渉しても、おまけを減らす事ができたぐらいで全く無しにする事はできなかった。それならとこちらも買うものを追加した結果、何とか引き分けに持ち込む事ができただけだ。
本気でこの屋台をやっていると見ていて分かるから勧誘はしないが、なんなら領主城で働いて欲しいぐらいの人材だな。
「金髪の兄ちゃんは交渉上手だな」
悔しそうに顔を歪めながらそう言った男性に、俺は心の中でこちらの台詞だと言い返した。アキトはそんな俺達の隣で楽しそうに笑いだした。
「アキト?」
「黒髪の兄ちゃん?」
「ごめん…だってお店の人がおまけを増やそうとして、こっちはお金を払う額を増やそうとするから」
商人と客らしくないやりとりが面白くてついと、楽し気に言い訳を始める。
「あー、まあ黒髪の兄ちゃんが笑ってくれたから良いか。また来てくれよー」
「はい、また」
「また来るよ」
笑顔で手を振ってくれる男性にアキトと俺も小さく手を振り返して、市場の人混みの中へと足を踏み出した。
たくさんの人で溢れている活気ある市場の中を、アキトを誘導しながらスルスルと進んでいく。
ウェルマ市場は大通りから入った辺りには野菜や果物、肉や魚などの食材を取り扱うお店が多い。そこから更に奥へと進んでいくと、少しずつ種類の異なる屋台が混ざり出す。
果物の屋台の隣に冒険者向けの消耗品を置いている屋台があったり、かと思えば野菜だらけの一画に無造作に魔物の爪や角などの素材が積み上げられた屋台があったりもする。
外から来た人には分かり難いと文句を言われる事もある雑多さなんだが、どうやらこういう規則性の無い店の並び方はアキトにとっては好ましいもののようだ。
市場の屋台を見ながら歩くアキトは、今も目をキラキラと輝かせている。楽しそうなアキトを見ていると、見慣れた市場も新鮮に見えてくるな。
そんな事を考えながらアキトと一緒になって周りを見回していると、スーラの果物店と書かれた大きな看板を掲げた店が不意に目に止まった。
あ、あの店は――。
「アキトそこの店なんだけど…」
そう声をかけながら立ち止まったのは、店のなかにたくさんの果物が並んでいる店だった。まだ開店してそれほど経っていないのか、真新しい綺麗な店だ。
「へー屋台じゃなくてお店もあるんだね」
「ああ、この辺りからはたまに店も混ざってくるかな」
「そうなんだ」
会話をしながら窓ごしに店の中を見ていると、不意に顔をあげた女性店員がハッと大きく目を見開いた。
呆然としたままのその女性の口が、ハル様と動いた。
名前でもしかしたらと思っていたが、どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
固まったままのスーラの反応に苦笑しながらも俺はアキトの手をそっと引くと、そのまま迷いなく店のドアを開いた。途端にふわりと香ったのは甘い果物の香りだ。
「やあ、久しぶりだな、スーラ」
中に入るなり笑ってそう声をかければ、スーラは深々と礼をしてから口を開いた。
「…お久しぶりです、ハル様。いらっしゃいませ」
そう呼びかけてきたスーラは俺の後ろに立っているアキトに気づくと、慌てた様子でお連れ様もと言葉を続けた。そんなに慌てなくても、俺もアキトも気にしないぞ。
「動揺してしまい申し訳ありませんでした」
アキトに向かって丁寧に謝るスーラに、アキトはぶんぶんと首を振って答えた。
「いえ、気にしないでください」
安心させるようにふわりと笑いかけたアキトのおかげで、スーラはやっと肩の力を抜いた。
「あなたが父が言っていた、伴侶候補のアキト様ですね」
「えっと、お父さん…?」
「アキト、ここは昨日メンクがお勧めしてたお店だよ」
「え、って事は、メンクさんの娘さんなんですか?」
驚いた様子のアキトに、スーラは困り顔で頷いた。
「ええ、ハル様とアキト様にしっかり宣伝しておいたぞなんて言うから、お忙しいお二人に迷惑だからそんな事しないでと叱っておいたんですが…」
それなのにまさか昨日の今日で俺達が来るとは想像もしていなくて、あんな反応をしてしまったらしい。
あー、うん。まあもしアキトが果実水を好きじゃなければ、わざわざ俺がここに顔を出したかは微妙な所だな。
「無理に立ち寄って頂いたのでは…?」
「いや、ここはメンクに聞いてすぐに来る予定に入れていたからな」
「…本当にご迷惑では無いんでしょうか?」
今度の質問は俺ではなくアキトに向かってのものだった。アキトの目をじっと見ながらもう一度念を押す用に尋ねるスーラに、アキトは問題ないよとすぐに頷いた。
「俺が果実水が好きなので、ぜひ来たいって言ってたんです。ハルはだからここに案内してくれたんだと思います」
どうやら俺の考えはアキトにはお見通しのようだ。
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