生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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885.【ハル視点】街歩き

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 俺にとって辺境領の領主城前の森は、幼い頃からの遊び場であり修行の場でもあった。

 もちろん幼い頃には何度か迷った事もあったが、いくら久しぶりとはいえさすがに迷う心配は無い。

――それでも今日はアキトがいるからな、油断はしない。

 気合を入れなおした俺は魔物対策の気配探知だけは切らさないように気を配りつつ、アキトと一緒に森の中を通り抜けた。

 無事に市街地の入口に辿り着いた俺たちは、そのまま大通りを歩き始めた。特に用事があって急いでいるというわけではないから、自然と足取りもゆっくりになる。

「もし気になる場所やものがあれば、いつでも言ってね」
「うん、ありがとう。ハルもね」

 アキトは真剣な表情で、ちゃんと教えてねとさらに付け加えた。

 これは俺が気を使って自分の好みを口にしないんじゃないかと気にしたアキトが、最近よく口にするようになった言葉だ。

 俺はアキトが行きたい場所に行って笑顔を見せてくれたら、それだけで幸せになれるんだが――きっとそういう事じゃないんだろうな。もしこれをアキトに告げたら、怒られるだろう事は俺にも分かる。

 だから俺は苦笑しながらも、こくりと一つ頷いて同意を返した。

「良かった」

 嬉しそうに俺に向かって笑いかけてくれるアキトに癒されながら、まだそれほど人の多く無い大通りを進んでいく。

 地域によっても違うんだが、何故か辺境領のあたりの魔物は早朝にはあまり活動しない傾向がある。朝型と夜型の魔物の縄張り争いだという研究家もいれば、夜型の魔物が寝床に戻り朝方の魔物が現れるまでの間の時間だという研究家もいる。

 何故そうなっているかについては今はまだ何も分かっていないのが現状だが、早朝に魔物がいないのは間違いのない事実だ。

 そうと分かれば十分だと、辺境領の民には早朝から活動する習慣ができた。

 早朝ならと壁の外へと足を伸ばすものもいれば、今のうちにと採取場や狩猟場所への移動時間の安全確保をしようとするものもいる。

 早朝だけ外に出た人達はもう家で一休みしている頃だし、早朝から出ていった者たちはまだ領都まで戻ってくる時間ではない。

 そんな理由で今はまだ街にいる人も少ない時間帯だ。そのおかげでのんびりと移動できるんだから問題は無いか。

「あれって…」

 不意に立ち止まって呟いたアキトの視線の先を追ってみれば、商業ギルド前にある人だかりが目に入った。

 優しいアキトは、すこし不安そうに俺を見上げたきた。

「ハル、もしかして何かあったのかな?」

 言葉で答える前に安心させるようにと笑いかければ、ただそれだけの事でアキトは肩の力を抜いた。信頼されているなと、嬉しい気持ちがこみあげてくる。

「ああ、安心して良いよ。あれは毎朝恒例の抽選販売だから」
「え、抽選販売…?」
「そう、毎朝数点だけお買い得商品を用意して、抽選をしてるんだ」

 売ってる商品はだいたい100グルから1000グルぐらいで、市場価格から考えればとんでもなく安価な値段設定になっている。ただし、あの人混みに入って待ってる人だけが参加できるという手法だ。

 元々はこの時間帯の人が少なすぎるからと、商業ギルドが始めた取り組みの一つだ。今ではあまりに人気が出たからと、やめるわけにも行かなくなっているようだが。

「まだ今なら抽選が始まる前だから、参加してみる?」

 アキトは運が良いから当たるかもよとなかば本気で俺は提案してみたが、アキトは慌てた様子でぶんぶんと首を振った。

「あの人混みに入っていく気合は、俺には無いよ」
「そっか、興味が無いなら行こうか」
「うん」

 人だかりに元気に突入していく人たちとすれ違いながら、アキトと俺は更に足を進めていく。

「あ、冒険者ギルドはどうする?」

 そう尋ねながら、俺はちらりと冒険者ギルドの建物に視線を向けた。アキトが行きたいなら行っても良いかなと思ったが、アキトもどうやらそれほど興味は無いようだ。

「今度依頼を受ける時で良いかな」
「それもそうだね」

 今日こそはB級の魔物を倒すぞと騒いでいる冒険者らしき一団を見送って、俺たちはまた歩き出した。

「あ、見えてきたね!」
「ああ、今日は随分と早く着いたな」

 最速記録更新かもしれないと明るく笑って声をかければ、アキトもふわりと笑って答えてくれた。

「道が空いてたからね…ってあれ…?」

 不思議そうに視線をうろうろと動かすアキトの行動で、俺もようやく気が付いた。

 そういえばあんなにいた幽霊が、今日は全然いなかったな。

 時間はあまりかからなかったとはいえ、領主城から市場までは結構な距離がある。でもここまで来る間に、みかけた幽霊はたったの二人だけだ。

 きびきびと動く雑貨屋の若い店主をニコニコ笑顔で見守っていた老齢の男性と、あの人だかりの商業ギルド前で楽し気に抽選を見守っていた青年の幽霊だけだ。

「ハル…すごい事に気づいたんだけど」

 きちんと周りの事を考えて言葉を選ぶアキトは、やっぱり幽霊関係の事への対応に慣れているらしい。

「うん、俺も同じ事に今気づいたよ」
「うーん、なんでだろう…?探し物が見つかったとか?」
「それか場所を移動したか…かな?他の場所に探しに行ってるのかもしれないよ」
「まあ考えてても仕方ないかな」
「うん、気にせずに市場を見て回ろうか」
「うんっ!」

 嬉しそうに笑ったアキトを見つめながら、俺はそっと市場の中を指を指した。

「まずはあっちかな」
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