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879.果実水

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「お二人のご希望が果実水なのでしたら、こちらへどうぞ」

 スーラさんはそう言うと、俺とハルを店の奥にあるL字型のカウンター前へと案内してくれた。

 店に入った時にはスーラさんの様子が気になって全く見てなかったけど、このカウンターはすごいな。

 壁に沿うような形で配置されているL字のカウンターの上には、注ぎ口のついた巨大な瓶がずらりと並んでいる。それぞれの瓶の中には、色とりどりの果実水がたっぷりと満たされていて見た目も華やかだ。

「うわぁ…」
「すごいな」

 思わず俺とハルもそう呟いてしまうぐらい、圧倒的な存在感のあるカウンターだ。

「ここにあるのが、私のお店で取り扱っている全ての果実水です」

 どこか誇らし気にスーラさんがそう教えてくれた。

「こんなに色々な種類があるのか」
「すごい種類ですね…」

 うーん、こうやって並べられると、まず見た目の迫力がすごいな。そもそも果実水ってこんなに色々な種類があるんだ。

 今まで立ち寄ったお店は多くても4~5種類、少ないお店なら1種類だけなんて所もあったんだけど、ここはざっと数えただけでも30種類以上あるよね。

「喜んでいただければ嬉しいです」

 スーラさんはそう言ってニコリと笑ってくれたけど、俺とハルは思わず顔を見合わせた。種類がたくさんあるのはもちろん嬉しい。嬉しいけどこれだけの種類があると、選ぶのもかなり大変だ。

 ワクワクしながらもどれにしようかと真剣に悩みだした俺とハルに、スーラさんは笑顔で話しかけてくれた。

「ハル様、アキト様、当店はかなり果実水の種類が多いので、色々な種類の果実水の飲み比べも行っていますよ」
「飲み比べ…?」

 さすがにこれだけの種類の果実水をたくさん飲むのは無理じゃないかな、主にすぐにトイレに行きたくなりそうでって意味で、なんだけど。

 不思議に思って首を傾げた俺に、スーラさんはどこから取り出したのか小さなグラスを見せてくれた。透き通る美しいそのグラスは、俺の世界で言うところのショットグラスよりもまだすこし小さめだ。

「こちらのグラス10個に色々な種類の果実水を注いでずらりと並べ、一番好きなものを注文するという方式です」

 この場合の注文と言うのは、この場ですぐに飲むためにコップ一杯分を頼むのでも良いし、持ち帰るために瓶で頼むのでも良いらしい。

「それは面白いな」
「そんなにたくさん試して良いんですか?」
「ええ、もちろんです」

 驚いたのはこれが俺とハルへの特別待遇ってわけじゃなくて、希望のお客さんには誰でも行っているサービスなんだって。

「うちの果実水は美味しいですから、だいたい皆様、数種類はお買い上げくださいますから」

 損は無いですと言いきったスーラさんは、優しそうなお姉さんだと思っていたけどこう見えてかなり商売上手な人みたいだ。

「それなら頼もうか」
「うん、この量なら試してみたい」
「お二人が気になるものだけで選ばれても良いですし、好みを言って頂ければお勧めもしていますよ」
「それはぜひお願いしたいです」
「俺も頼みたい」
「それでは、お二人のお好きな味を、それぞれ教えていただけますか」

 そうして好みの味を相談してスーラさんに選んでもらった物と、俺とハルが選んだ気になった物を合わせての試し飲みはとってもとっても楽しい時間だった。



「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」

 丁寧にドアの前まで見送りに来てくれたスーラさんにお礼を言って、俺とハルはまた市場の人混みの中へと足を踏み入れた。

「アキト、本当に買うのは四種類だけで良かったの?」
「うん、どれも美味しかったけど、俺はあの四種類が良いと思ったから」

 もっと買って良かったのにと言ってくれてるのは分かってるけど、きちんと選んで納得して選んだやつだよ。

「ハルこそ、二種類しか選んでなかったよね?」
「ああ、でもあれが美味しかったからな―――あれ、そういえば、両方スーラが選んでくれた味だったな…」
「あー、俺の買ったのも三つはスーラさんが選んでくれた奴だ…」

 二人して顔を見合わせた俺達は、スーラさんの商売上手っぷりに感心してしまった。
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