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877.屋台のおじさん

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 大通りから見たら人が少ないように見えたけど、中に入ってしまえば市場の中はたくさんの人で賑わっていた。

 ハルによると、この市場の名前はウェルマ市場というらしい。

 由来はもちろん辺境領主一家の名前なんだけど、街の名前がウェルマールなのに市場の名前も同じだと混乱するかもしれない。そんな理由で市場を立ち上げた商人さんが、短縮した名前をつけたんだって。

 ちょっと面白い由来だ。

「黒髪の兄ちゃん、そう説明されてるって事はもしかして初めて来たのかい!?」

 ハルに説明を真剣に聞いていると、不意に隣の屋台の筋肉質なおじさんがそう声をかけてきた。俺は急に声をかけられてちょっとびっくりしたけど、ハルは柔らかく笑いながら普通に答えた。

「ああ、俺の伴侶候補は初めて辺境に来たんだ」

 こういうやりとりもこの市場では普通なのかもしれないな。

「金髪の兄さんの方は、ここの出身なのかい?」

 おじさんは日焼けした顔に優しい笑みを浮かべて、そう尋ねてきた。まさかハルがここの領主一家の一人だなんて、想像もしていないんだろうな。

 さすがに現領主であるケイリーさんと次期領主であるファーガスさんは広く顔が知られているらしいけど、ハルとウィリアムさん、キースくんはあまり知られてないって言ってたもんな。

「ああ、そうだよ」

 わざわざ自分が領主一家の一員だなんて言うつもりは無いから、ハルもあっさりとそう答えた。

「そうかそうか!黒髪の兄ちゃん、金髪の兄さんも、もしよければこれもらってくれ」

 放物線を描いて俺の手元めがけて投げられたのは、綺麗な赤色をした両手にあまるサイズの果物だった。いやもしかしたら野菜なのかな?

「え、もらっちゃって良いんですか?」

 慌てて尋ねれば、おじさんは朗らかに笑って頷いた。

「店主、これはルプティじゃないか。本当に良いのか?」
「ああ、売り物にする程の数がねぇから、常連さんにおまけしてたんだが――初めて辺境に来た人に出逢うなんて滅多にねぇ事だしな」

 気にせず貰ってくれと言ってくれたおじさんは、甘くてうまいぞーと自慢げにそう続けた。やっぱり果物――かな。

「ありがとうございます!」
「ありがとう」

 ハルと二人でお礼を言えば、おじさんは照れくさそうにぶんぶんと手を振った。

「店主の屋台は、果物と野菜を取り扱ってるのか?」
「ああ、色々と取り扱ってるよ。鮮度にも自信があるぜ」

 屋台に並んでいるのは自分で育てたものと壁の向こうで採取してきたものが、ちょうど半々ぐらいらしい。辺境の壁の向こうで採取してこれるって、実はこのおじさんすごく強い人なのかもしれない。

「そうか…あ、アキト、あれ」

 ハルがそっと指差したのは、昨日市場を通りかかった時に見かけたあのとげとげした黄色の果物だった。俺があれは知らないって言ったら、ハルが詳しく説明してくれたんだよね。中身はトロッとした緑色の果肉だって言ってたやつだ。

「あ、昨日ハルに教えてもらった…えっと、リグールの実だっけ?」
「そうそう、折角だしいくつか買っていこうか」
「あー気を使ってるなら無理しなくて良いんだぜ?」

 おじさんは困り顔で、あれはただ辺境領にようこそって気持ちだから押し売りするつもりは無かったんだと続けた。

「押し売りされるなんて思ってないさ」
「気を使ってるわけじゃないです」
「そうかい?」
「昨日から気になってたんですよ。トライプールでは見かけない果物なので」

 そう言えば、おじさんはトライプールから来たのかと驚いていた。

「トライプールでは、うちの領主様の息子さんが働いているんだぜ」

 ハルと俺は思わず顔を見合わせてしまった。はい、目の前にいるのがまさにその人ですとは言わないけど、まさかの言葉すぎてすこし笑ってしまった。

「ああ、知ってるよ」
「有名ですからね」

 正体を明かさないならもうそう言うしかないなと二人して答えれば、おじさんは満足そうに頷いた。

「それじゃあリグールの実を、5つ頼む」
「はいよっ!」

 俺達が本当に欲しいものだと理解してくれたのか、おじさんは元気に返事をしてくれた。

 まあこの後、たくさんのおまけをつけようとしてくれるおじさんと、何とかおまけを回避しようとする俺とハルの攻防戦が繰り広げられたりしたんだけどね。

 両者ひきわけで終わりました。
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