生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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870.【ハル視点】座る場所

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 その場にいる全員から順番に抱擁されているアキトは、慣れない様子ながらも嬉しそうに抱きしめ返している。

 ううん、嫌そうじゃないから邪魔をするわけにもいかないな。

 おはようとか元気かとか、よく眠れたかとか。それぞれがそんな風に声をかけるんだが、声をかけられる度にアキトは律儀にも一人ずつきちんと答えを返している。

 そろそろ一巡するなと思いながら静かに見守っていると、ウィル兄がちらりと横目で俺を見た。ニヤリと笑みを浮かべたウィル兄の表情に一体何だと身構えていると、止める間もなくウィル兄がまたアキトに抱き着いた。

 その様子を後ろで見ていたジルさんが、慌てた様子で俺の方を見た。

 そんなに心配そうにしなくても、いきなり怒ったりはしないよ。これは多分俺に止めさせるために、わざとやってるやつだと分かってるからね。

「もうそろそろ終わりにしないか?」
「なんだなんだ、目の前でアキトが抱きしめられてるの見て、妬いてるのかぁ?」

 面白そうに笑った母さんの揶揄い混じりの言葉に、俺はあっさりと頷いた。別に隠すような事じゃないからな。

「こんなに嬉しそうな顔されたら、当然妬くよ」
「ごまかしたりしないんだな、ハルは」

 潔いと感心したように呟いたファーガス兄さんに、俺はごまかしてどうするのと普段通りの声で返す。

 むしろ嫉妬した事を隠さずに伝えた方が、意外にも鈍感な所のあるアキトに俺の気持ちが伝わりやすいとすら思う。

「まぁでも、みんなにアキトを抱きしめるなとは言わないよ?」

 俺が嫉妬するからなんて理由で、アキトの家族の触れ合いの邪魔をするつもりはない。

「すぐに止めに入ると思っていたから、正直すこし驚いたよ。私は伴侶になってすぐは、グレースに近づくなと両親すら威嚇したものだが…」

 ああ、父さんは両親にすら威嚇したのか。まあ特に意外でも無いんだが。

 そういえばファーガス兄さんも、最初は俺達を威嚇してたよな。マティさんに叱られてしなくなったのを覚えている。

 俺的にすこし意外だったのは、ウィル兄が嫌がらなかった事の方だ。ジルさんもあまり家族に恵まれていないようだから、その辺りが関係しているんだろうな。

「ハルの様子次第では、止めに入るつもりだったんだが…当の本人が微笑ましそうに見守ってたから、自分も参加したんだよ」

 そう言って笑う父さんに、俺は苦笑しながら答えた。

「照れくさそうにしながらも嬉しそうに笑っていたからね」

 もしすこしでもアキトが嫌がっていたら、絶対止めに入っていたよと俺はにっこり笑顔で続けた。

「それに、アキトが一番良い顔をするのは俺の腕の中だから」

 だから我慢すると続けた俺がそっと伸ばした腕の中に、アキトは満面の笑みを浮かべて飛び込んできてくれた。



 しばらくして入室してきた執事長のボルトは、まだ入り口近くで集まっていた俺たちに気づくと困り顔で声をかけてきた。

「さきほど料理長に全員揃ったとお伝えしましたから、そろそろお座りください」
「ああ、すまない。ほらみんなも適当に座ってくれ」

 父さんの言葉に、全員が席へ向かって歩き出す。

「ハル、適当って…?」
「ああ、朝食の席は好きに決めて良いんだよ」

 どこに座りたい?視線だけでそう尋ねれば、アキトは困った様子でうろうろと視線を動かした。

 ううん、戸惑ってるみたいだな。それならお勧めの席の提案でもしようか。そう考えて口を開こうとしたが、それよりも前に既に腰を下ろしていた母さんが笑顔で動いた。

「ほら、アキト、こっちおいで」

 手招きをされたアキトは、ホッとした様子で笑みを浮かべた。

「呼ばれてるね」
「うん」

 ひとつ頷いてからぐるりと周りの座り方を観察したアキトは、ハルはどこに座るの?と尋ねてきた。ファーガス兄さんとマティさん、ウィル兄さんとジルさんもバラバラに座っているからな。

 これは別に絶対に守るべき決まりというわけじゃない。ただ朝食の場ぐらいは伴侶の隣以外にも座れる選択肢が欲しいと、マティさんが主張したんだよな。あの時のファーガス兄さんの落ち込みようといったら無かった。

 マティさんいわく、ジルさんやキースとも仲良くしたいからという理由だったんだがな。

「そうだな…俺はアキトの向かい側にしようかな?」

 まだ慣れていないだろうアキトのために、今朝は俺が隣に座る。そう主張しても誰も文句は言わないだろう。ただ、さっきからチラチラと俺とアキトのやりとりを見つめている、可愛い弟がいるんだよな。

「え、ハル兄、アキトさんの隣じゃないの!?」

 びっくり顔で確認するキースに、俺は今日は向かいで良いよと優しく答えた。まあきっちり向かいの席は確保するんだけどな。

「じゃあ…えっと…アキトさん、僕が隣でも良いですか?」

 もじもじしながら尋ねるキースに、アキトは満面の笑顔で答えた。

「もちろん、大歓迎だよ!」
「わーい、良かったー!」

 こどもらしい笑顔を浮かべたキースは、軽やかにアキトの隣の席へと腰を下ろした。



 ほどなく運ばれてきたのは、大きなお皿に山のように盛り付けられた料理の数々だった。

 サラダやスープ、種類豊富なパンはもちろん、ふわっふわのオムレツや、艶やかな骨付き鳥肉、滅多に出さない麺料理、さらには巨大な肉の塊まである。

 きょとんと料理を見つめているアキトに、父は苦笑しながら口を開いた。

「あー、初めて見ると驚かれるんだが、うちの領は朝食からしっかり食べるんだよ」
「そうそう、これは朝からしっかり食べておかないと、いざと言う時に動けない。そんな数代前の領主様の教えなんだよ」

 父と母に説明されたアキトは、興味深そうに頷いている。

「その教えがじわじわと浸透して、今では領民も朝はしっかり食べるようになってきているくらいなんだ」

 まあだから街中で朝食を食べようとしても、他の地域と比べれば量も種類も多いんだよな。

「なるほど」
「あ、さすがに全種類食べろとは言わないぞ!」

 母さんは私でも全種類はさすがにきついと、からりと笑った。

「そうそう好きなものを選んでくれ」

 キラキラとした目で楽しそうと呟いたアキトは、真剣な表情で料理を見つめ始めた。

――どれを食べようかと悩んでいる様子も、やっぱり可愛いな。俺の予想では、あの透明のスープと真っ白なパンは絶対に選ぶだろう。

 じっと料理を見比べながら悩むアキトを、周りのみんなも楽し気に見守っている。うちはみんな食べる事にこだわりがあるからな。食に興味が無い人よりも、むしろ仲間意識を持つだろう。

 ある程度は決まったようだが、不意にアキトが固まった。きっとどちらの肉を選ぶかで悩んでいるんだろう。

 悩みに悩むアキトに、俺はそっと声をかけた。

「アキト、肉は薄切りとかすこしだけにもしてもらえるよ?」
「えっ…じゃあそれでお願いします!」

 勢いこんで頼むアキトに、担当をもぎ取ったらしいメイド長のリモはかしこまりましたと笑顔を見せた。
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