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866.【ハル視点】食事会の後

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 アキトが異世界出身だと知っても、誰一人として態度を変える事は無かった。それはアキトにとっても俺にとっても、本当に嬉しい事だった。

 温かく受け入れられた事が心から嬉しいと言いたげなアキトと笑い合っていると、不意にラスが口を開いた。

「ケイリー様とグレース様ぁ…」

 あ、この声の低さはまずいやつだ。ピリッと室内の空気が変わったのが分かる。指名されたのは両親だからと、俺を含めて全員がそっと距離を取る。

「ちょっと良いかい?」

 両親はコクコクと頷くと、姿勢を正して座りなおした。

「さっきの反応からして、アキトくんが訳アリだってのは、あんたら二人はある程度想像できていたんだよな?」
「ああ」
「はい」

 答えた両親を、ラスはじっと順番に見つめた。

「なら何故出身地の話題になった時点で、俺を退出させなかったんだ?」
「ラスはアキトくんの爺様だと言っていたから…」
「それだけじゃあ理由としては弱いと分かってて言ってるだろ?」

 ずばりと切って捨てるように否定されて、父さんはうっと言葉につまった。

「あんたら家族が、伴侶のみならず家族の事も大切にするのは分かってる。だが、俺はあくまでさっき知り会ったばかりの部外者だろうが…」

 もっと情報管理を徹底しろと叱るラスに、両親は神妙な顔で頷いている。

 最強夫婦と呼ばれる辺境領領主夫妻を捕まえてこんな風に説教ができるのは、今となってはラスと執事長ぐらいだろうな。

 ラスになら知られても大丈夫だと確信があったから、俺も止めなかったんだがな。ここで両親を叱ろうとした事が、どれだけアキトを気にかけているかの証明にもなっている。

 説教を終えたラスはくるりと振り返ると、今度はアキトに向かって口を開いた。

「アキトくん、俺は自分の孫の秘密を誰かに話したりはしないと。愛用の包丁に誓う」

 さらりと孫のようなものから孫に格上げされているな。まあラスなら良いか。わざわざ料理人の命と言われる事もある、包丁に誓ってくれたんだ。

 また息子たちの話を聞かせてくれとアキトに笑いかけると、ラスはすぐに広間から出て行った。

 後に残されたのはびっくり顔のアキトと、神妙な顔の両親、そして笑いを堪えている俺達兄弟と静かにその様子を見守っているその伴侶だけだった。

「今日は疲れただろうし、そろそろ解散としようか」

 ファーガス兄さんの声に頷いて、俺達はすみやかに解散する事に決めた。

 このままここにいても、両親から何故助けてくれなかったとか、逃げただろうとか言われるだけだろうしな。



 広間を出て、アキトと二人で部屋へ向かって歩き出す。メイドの案内は今回は断らせてもらった。というのも、アキトがかなり眠そうなんだよな。

 もしどこかで力尽きた時にメイドがいたとなると、抱き上げて運んだ事をきっとアキトは気にするだろう。

 そんな配慮だったが、アキトは予想に反して何とか自分の足で歩いて部屋までは辿り着いた。

 まあ部屋に入るなり寝ぼけたまま自分と俺に浄化魔法をかけて、そのままベッドに飛び込もうとしたんだが。

 さすがにこの礼服のまま寝かせるわけにはいかないからと、俺は慌ててアキトの服を脱がせて部屋着へと着替えさせることになった。



 翌朝、目が覚めると、幸せそうに眠るアキトの顔が視界に飛び込んできた。ぐっすりと眠ったままのアキトの様子に、これはまだ起きだしそうにないなと俺はそっと起き上がる。

 両親に伝言を伝えてもらうためにメイドでも捕まえようかと部屋から出れば、一人の侍従がドアの近くに佇んでいた。

「おはようございます、ハロルド様」
「ああ、おはようプーカ」

 目の前に立っているプーカは細身の体つきだが、侍従の中では一番腕の立つ男だ。おそらく騎士を立たせておくよりも威圧感が無いからと選ばれた、アキトの護衛だろう。

「アキト様は…?」
「まだ眠っているんだ、ここは頼んで良いか?」

 信頼できるプーカがここにいてくれるなら、メイドに伝言を頼むよりも直接両親に会いに行った方が良いだろう。そう考えて尋ねれば、プーカは誇らし気に敬礼をしてくれた。

「もちろん、光栄です」

 ハロルド様が戻るまで誰一人中には入らせませんと続けたプーカに頷いて、俺は廊下を歩き出した。

 この時間なら、両親はおそらく執務室にいるだろう。早朝のうちに書類仕事を終わらせて昼間はあちこちを飛び回っているからな。

 そう目星をつけてまっすぐ部屋へと向かえば、執務室の外には執事長のボルトが立っていた。

「おはようございます、ハロルド様」
「おはよう、ボルト」
「もしハロルド様がいらっしゃったら、通すようにと言われております」

 ボルトはそう言うなりさっとドアを開くと、ハロルド様がいらっしゃいましたと声をかけてくれた。

「ああ、来たか。おはようハル」
「ハルー、おはよう!」

 軽い言葉に、俺も笑顔で答える。

「おはよう、父さん、母さん」
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