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855.【ハル視点】ラスの正体
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食事会の最後には、素晴らしい料理を作った料理長が紹介される事になった。
本来なら料理人を直接広間にまで呼ぶ事は滅多に無いんだが、あまりにアキトが感動しているからと気をきかせた父からの提案だった。
ラスの事はアキトにも紹介しないとなと思っていたし、良い機会かもしれない。
そう思ってアキトに視線を向ければ、真剣な表情で何かを考えている所だった。ファーガス兄さんの心配そうな視線を感じるが、多分これは感想を考えてるだけだぞ。わざわざ言わないけど。
そんな事を考えながらアキトの様子を見守っていると、不意に部屋のドアが控え目にノックされた。
「どうぞ」
広間へと入ってきたのは、ほっそりとした体型をした目つきの鋭い老齢の男性――料理長のラスだ。上下共に真っ白な服は、この領主城の料理人の制服だ。いつからか、清潔感が大事だとこんな服になったんだよな。
何故こんな場所に呼ばれたんだと言いたげに眉を下げているラスを、アキトは興味深そうにじっと見つめている。
「あー…領主様がお呼びだと言われて来たんだが…こんなにめでたい場に、ほんとうに俺が顔を出して良かったのか?」
きょろきょろと周りを見回したラスは、誰にともなくそう尋ねた。
「ああ、何も問題はないよ」
父さんはあっさりとそう答えたが、ラスはまだ居心地が悪そうだ。
「俺の顔は、怖がられると言ってるだろう?」
そう言いながら、ラスはちらりとアキトに視線を向けた。まさかまっすぐ見つめられているとは思わなかったようで、びくりと身体を揺らしている。
ラスはあのレーブンとローガンと同じく、心根の優しい人だからな。
「アキトは全く気にしないよ?」
だから大丈夫だと安心させるように声をかければ、ラスはじっと俺を見つめて口を開いた。
「ハル坊ちゃん…」
「坊ちゃんはやめてくれ」
ラスは俺達が幼い頃からここで働いていた。だから昔はそう呼ばれていた事もあったんだが、さすがにこの年になっての坊ちゃん呼びは遠慮したい。
嫌そうに首を振った俺に、ラスは苦笑を洩らしてすまないと謝った。
「アキト、こちらはここ辺境領の料理長を務めてくれているラスだ」
「はじめまして、アキトといいます」
俺の紹介を受けたアキトがぺこりと頭を下げながら名乗ると、ラスも慌てた様子でおじぎを返している。
「あー…俺の事が怖くないんで?」
まっすぐ視線が合う上に目を反らしたり怯えたりしないアキトに、ラスはすこし不思議そうにそう尋ねた。
「はい、怖い所なんて別に無いですから…?怖がらせないかなって俺の事を気づかってくれたし、穏やかな声で話しかけてくれる、それにあんなに美味しい料理が作れるなんてすごいですよね」
必死になって怖くないですと説明をするアキトに、ラスはようやくホッとした様子で笑みを浮かべた。
アキトはあのレーブンとローガン、それにうちの父やファーガス兄さんにすら怯えないからな。おそらくアキトは見た目じゃなくて人の内側を見ている気がする。
「あの、どの料理もすごく美味しかったです!スープはヌキプル以外の野菜の甘みもあるのにまとまってて、魚料理の焼き加減も素晴らしかったし、あ、あとデザートもすごかったです!」
指折り感想を告げるアキトを、ラスは笑顔で見守っている。いや、俺を含めて周りのみんなも微笑ましい顔で見つめていたな。
「アキトくんはあれだな、味覚が鋭いんだな」
「そうですか?」
「ああ、スープに使った他の野菜の風味まで言われたのは初めてだ」
確かにそうだな。俺もヌキプルのスープに使われている他の野菜の風味なんて、一度も気づかなかった。さすがアキトだ。
お互いに苦手意識は無さそうで良かった。そろそろラスの事をきちんと紹介しようかなと、俺は口を開いた。
「ラス、ちなみにアキトは、レーブンとローガンのお気に入りだよ?」
俺は笑いながら、ぽつりとそう呟いた。
何故急に二人の名前が出てきたんだろうと、アキトは不思議そうに首を傾げた。アキトが動くのとほぼ同時に、ラスも口を開いた。
「レーブンとローガンとは…久しぶりに名前を聞いたな!」
懐かしむように笑いながら、ラスはぽつりと呟いた。
「顔も見せにこない、バカ息子共だがな」
「え…レーブンさんとローガンさんの…?」
驚いた様子のアキトに、ラスは優しく笑って答えた。
「ああ、俺はあの二人の父だよ」
アキトは大きく目を見開いたまま、まじまじとラスを見つめている。体型が違うと言いたいが、それを口にするのは失礼だと我慢しているんだろうか。
「あーそうだな、あの二人が俺に似た所というと、目つきと料理の腕ぐらいかな?」
そんな事は言われ慣れているラスは、アキトの視線だけで言いたい事を察したらしい。
「ちなみにあの体格なんかは俺の伴侶にそっくりなんだが」
ふふと楽し気に笑ったラスは、ちらりと俺に視線を向けると尋ねた。
「お気に入りってのはどういう意味か聞いて良いかい?ハル様」
「様付けもやめてくれ…」
ラスは笑いながら、すまんすまんと軽く返した。
「まずレーブンは、アキトの事を実のこども扱いしてるな」
「ほ…それはまた予想外じゃな」
あのレーブンがなぁと、ラスはかなり楽しそうだ。
「それにローガンは、レーブンの子どもなら俺の甥っ子だなと一緒になって可愛がってる」
「あの二人が…?」
レーブンはともかくあのローガンが!?と言いたそうな反応に噴き出しそうになったが、俺は真剣な表情でこくりと頷いた。
「いつもの食事会にもアキトと俺を招待して、感想を聞き出してるよ」
「アキトくんの舌なら、確かにそうしたくなる気持ちも分かるな」
本来なら料理人を直接広間にまで呼ぶ事は滅多に無いんだが、あまりにアキトが感動しているからと気をきかせた父からの提案だった。
ラスの事はアキトにも紹介しないとなと思っていたし、良い機会かもしれない。
そう思ってアキトに視線を向ければ、真剣な表情で何かを考えている所だった。ファーガス兄さんの心配そうな視線を感じるが、多分これは感想を考えてるだけだぞ。わざわざ言わないけど。
そんな事を考えながらアキトの様子を見守っていると、不意に部屋のドアが控え目にノックされた。
「どうぞ」
広間へと入ってきたのは、ほっそりとした体型をした目つきの鋭い老齢の男性――料理長のラスだ。上下共に真っ白な服は、この領主城の料理人の制服だ。いつからか、清潔感が大事だとこんな服になったんだよな。
何故こんな場所に呼ばれたんだと言いたげに眉を下げているラスを、アキトは興味深そうにじっと見つめている。
「あー…領主様がお呼びだと言われて来たんだが…こんなにめでたい場に、ほんとうに俺が顔を出して良かったのか?」
きょろきょろと周りを見回したラスは、誰にともなくそう尋ねた。
「ああ、何も問題はないよ」
父さんはあっさりとそう答えたが、ラスはまだ居心地が悪そうだ。
「俺の顔は、怖がられると言ってるだろう?」
そう言いながら、ラスはちらりとアキトに視線を向けた。まさかまっすぐ見つめられているとは思わなかったようで、びくりと身体を揺らしている。
ラスはあのレーブンとローガンと同じく、心根の優しい人だからな。
「アキトは全く気にしないよ?」
だから大丈夫だと安心させるように声をかければ、ラスはじっと俺を見つめて口を開いた。
「ハル坊ちゃん…」
「坊ちゃんはやめてくれ」
ラスは俺達が幼い頃からここで働いていた。だから昔はそう呼ばれていた事もあったんだが、さすがにこの年になっての坊ちゃん呼びは遠慮したい。
嫌そうに首を振った俺に、ラスは苦笑を洩らしてすまないと謝った。
「アキト、こちらはここ辺境領の料理長を務めてくれているラスだ」
「はじめまして、アキトといいます」
俺の紹介を受けたアキトがぺこりと頭を下げながら名乗ると、ラスも慌てた様子でおじぎを返している。
「あー…俺の事が怖くないんで?」
まっすぐ視線が合う上に目を反らしたり怯えたりしないアキトに、ラスはすこし不思議そうにそう尋ねた。
「はい、怖い所なんて別に無いですから…?怖がらせないかなって俺の事を気づかってくれたし、穏やかな声で話しかけてくれる、それにあんなに美味しい料理が作れるなんてすごいですよね」
必死になって怖くないですと説明をするアキトに、ラスはようやくホッとした様子で笑みを浮かべた。
アキトはあのレーブンとローガン、それにうちの父やファーガス兄さんにすら怯えないからな。おそらくアキトは見た目じゃなくて人の内側を見ている気がする。
「あの、どの料理もすごく美味しかったです!スープはヌキプル以外の野菜の甘みもあるのにまとまってて、魚料理の焼き加減も素晴らしかったし、あ、あとデザートもすごかったです!」
指折り感想を告げるアキトを、ラスは笑顔で見守っている。いや、俺を含めて周りのみんなも微笑ましい顔で見つめていたな。
「アキトくんはあれだな、味覚が鋭いんだな」
「そうですか?」
「ああ、スープに使った他の野菜の風味まで言われたのは初めてだ」
確かにそうだな。俺もヌキプルのスープに使われている他の野菜の風味なんて、一度も気づかなかった。さすがアキトだ。
お互いに苦手意識は無さそうで良かった。そろそろラスの事をきちんと紹介しようかなと、俺は口を開いた。
「ラス、ちなみにアキトは、レーブンとローガンのお気に入りだよ?」
俺は笑いながら、ぽつりとそう呟いた。
何故急に二人の名前が出てきたんだろうと、アキトは不思議そうに首を傾げた。アキトが動くのとほぼ同時に、ラスも口を開いた。
「レーブンとローガンとは…久しぶりに名前を聞いたな!」
懐かしむように笑いながら、ラスはぽつりと呟いた。
「顔も見せにこない、バカ息子共だがな」
「え…レーブンさんとローガンさんの…?」
驚いた様子のアキトに、ラスは優しく笑って答えた。
「ああ、俺はあの二人の父だよ」
アキトは大きく目を見開いたまま、まじまじとラスを見つめている。体型が違うと言いたいが、それを口にするのは失礼だと我慢しているんだろうか。
「あーそうだな、あの二人が俺に似た所というと、目つきと料理の腕ぐらいかな?」
そんな事は言われ慣れているラスは、アキトの視線だけで言いたい事を察したらしい。
「ちなみにあの体格なんかは俺の伴侶にそっくりなんだが」
ふふと楽し気に笑ったラスは、ちらりと俺に視線を向けると尋ねた。
「お気に入りってのはどういう意味か聞いて良いかい?ハル様」
「様付けもやめてくれ…」
ラスは笑いながら、すまんすまんと軽く返した。
「まずレーブンは、アキトの事を実のこども扱いしてるな」
「ほ…それはまた予想外じゃな」
あのレーブンがなぁと、ラスはかなり楽しそうだ。
「それにローガンは、レーブンの子どもなら俺の甥っ子だなと一緒になって可愛がってる」
「あの二人が…?」
レーブンはともかくあのローガンが!?と言いたそうな反応に噴き出しそうになったが、俺は真剣な表情でこくりと頷いた。
「いつもの食事会にもアキトと俺を招待して、感想を聞き出してるよ」
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