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854.【ハル視点】アキト好みの

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「ヌキプルのスープです」

 そんな言葉と共に運ばれてきたのは、模様の入った美しい器に入った真っ白なスープだった。

 ヌキプルのスープは、こういう形式ではあまり出てこない料理だ。見た目が地味で華やかさがないため、どちらかというと普段の料理に分類されるからな。

 ただ今回はあえてこれを選んだんだろう。

 アキトは色をたくさん使った派手なものよりも、すこし落ち着いた色合いの料理が好きだと伝えたから。どうやら華やかさは器で演出したようだ。

「あ!アキトさん、これ僕の一番好きなスープなんです!」

 まさかここで出てくるとは思っていなかったんだろうな。ヌキプルのスープが大好きなキースは、分かりやすくキラキラと目を輝かせてパッとアキトを見た。

「キースくんの好きなスープなんだ?」
「はいっ!アキトさんにも食べてもらえて嬉しい!」

 そう言ってニコニコと笑みを見せるキースに、アキトも嬉しそうに優しい微笑みを返している。

 あー可愛い弟と、最愛の伴侶候補のやりとりは癒されるなぁ。緩んでしまいそうな頬に力を入れて、俺はそっとアキトに向けて声をかけた。

「アキトはきっと好きだと思うよ」

 俺の言葉を聞くなりワクワクした表情になったアキトは、そっとスプーンに手を伸ばした。

 ぱくりと口に含むなり、アキトはふにゃりと笑みを浮かべた。あ、気に入ってくれるかなとドキドキしてたらしいキースも、嬉しそうな笑みに変わったな。

 ヌキプルは少し甘みのあるホクホクとした食感が特徴の野菜だが、アキトの好みにはあってると思ったんだよな。どうやら俺の予想は当たったみたいだ。

「うん、キースくん、これ美味しいね!」
「良かったーこの甘さが好きなんです」
「しつこくないのにほんのり甘いね」
「そうなんです!」

 元気に答えるキースを微笑ましく見つめているアキトが、たまらなく可愛い。頭を撫でたいけれど、さすがに食事中に手を伸ばすわけにもいかないか。

 ぐっと我慢していると、不意にジルさんが口を開いた。

「もしかして、アキトくんはヌキプルを知らなかったんじゃないですか?」

 ジルさんの質問に、アキトはすぐにひとつ頷いた。

「はい、今初めて名前を知りました…よく分かりましたね?」

 感想ぐらいしか言ってないのにと不思議そうにじっと見つめるアキトに、ジルさんはふふと優しい笑みを浮かべて答える。

「ヌキプルはこの辺りではわりとよく使われる野菜なんですが、トライプール周辺では滅多にみないものですから」

 ああ、ウィル兄と一緒にあちこちへ移動しているジルさんだから気づけたのか。

「そうなんですか」
「ええ、なかなか面白い見た目の野菜なので、機会があればハルさんと一緒に市場で探してみてください」

 すこし悪戯っぽくそう続けたジルさんに、周りのみんなも笑いながら口々にそうしたら良いと声を揃える。

 ああ、確かにヌキプルの見た目は中々に変わっているからな。

 あの見た目にはきっとアキトも驚くだろうが、落ち着いたらレーブンとローガンへの土産に買いたいと言い出すと思う。

 今ここで口で説明するのは簡単だけど、せっかくならアキトが驚く反応もみたいんだよな。

 ちらりと視線を向けてきたアキトに、俺は悪戯っぽく笑いかける。

「ヌキプル、探してみる?」

 折角なら自分の目で見る?と尋ねれば、アキトは元気に頷いてくれた。

「うん、探してみよう!」

 この好奇心旺盛な所も、冒険者らしくて可愛い。

「辺境領でしたい事がまた増えたな」
「良い事だよね?」
「ああ、間違いなく良い事だよ。俺はアキトにもっとここを知って欲しいし、できれば好きになって欲しいからね」

 穏やかにそう続けた俺の言葉に、周りの皆もコクコクと頷いた。



 順序良く運ばれてくる料理は、どれも本当に美味しかった。

 魚料理に使われていたのは、近くのダンジョン内にある池で釣った魔魚だった。かなり捕獲難易度は高い筈なんだが、依頼でも出したんだろうか――いや、魚料理の感想を口にしたアキトを母さんがニッコニコで見つめているから、採ってきたのは母か。

 淡泊な白身の魚と香草の効いた力強いソースがとてもよく合っていて絶品だったが。

 今日のコースの肉料理は、俺の大好きなステーキだった。ラスの焼くステーキはやっぱり美味しくて、感動しながら食べ進めていけばあっという間に無くなってしまった。

 もう無くなってしまったと思った瞬間におかわりが運ばれてきたのには、ちょっと笑ってしまった。俺が喜んで食べると予想していたラスの采配だろう。

 もちろん二皿目も美味しく完食した。後でラスにお礼を言わないとな。

 色々な料理が少しずつ振る舞われた後、一番最後に登場したデザートは、まるで花を閉じ込めたような見た目の繊細なゼリーだ。

 色とりどりの花のように見えているのは、全て辺境領の特産である果物だ。たくさんの種類の果物を使えば使うほど、味を調和させるのは難しくなる筈なんだがな。

 そこを調和させるのが、料理人の腕らしい。

「これは料理長の一番得意なデザートなんだよ」

 俺も久しぶりに食べるなとすこしワクワクしながら説明すれば、アキトは見惚れるようにしてじっくりと目で楽しんだ後で、そっとスプーンを手に取った。

 躊躇しながらもそっとすくいあげたゼリーを、アキトはぱくりと口に運んだ。

「っ…んー!」

 感想も言わずに目を閉じてふるふると震えているアキトに、周りのみんなからの視線が集まってくる。いや、この反応は多分美味しかったんだと思うんだが。

 そう思いながらも周りからの声をかけろと言いたげな視線に耐えかねて、俺はアキトに声をかけた。

「アキト、どう?」
「すごい」

 本当に美味しかったんだなと微笑ましく思えたのはどうやら俺だけだったらしい。

「すごい…?」

 美味しいとかじゃなくてすごい?と不思議そうに繰り返した父さんに、俺は苦笑しながら答えた。

「ああ、アキトは本当に美味しいと言葉が出なくなるんだよ」

 うんうんと何度も頷くアキトの姿に、俺の言葉が本当だと分かったらしい。みんなもホッとした様子でそれぞれがデザートを食べ始めた。

「…すごい」

 まだすごいとしか言えないままか。

 どうやらこのゼリーは、かなりアキトの好みに合ったみたいだな。さすがラスだと感心しながら、俺も自分のデザートに手を伸ばした。
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