生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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852.【ハル視点】心のこもった食事

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 飽きもせずに飾り付けられた部屋の中をアキトと二人で見回していると、父さんが優しく微笑みながら口を開いた。

「それじゃあそろそろ食事にしようか?」
「ああ、そうだな。きっと料理長がそわそわしてるだろうからな」

 楽し気に笑った母さんは、アキトと俺を手招きしている。

「アキトはここで、ハルはこっちの席だよ」
「ありがとうございます」
「ああ、ありがとう」

 いつもなら俺はジルさんとキースの間に座るんだが、今日はアキトと一緒に客のための席へと案内された。



 最初に全員に配られたのは、飲み物で満たされた小さなグラスだった。お酒が一切飲めないジルさんとキースの分はうっすら水色の果実水が入っていて、その他の人の分は赤い酒が入っている。

 アキトは興味深そうに配られていく飲み物を眺めていたが、自分の前に両方のグラスが差し出された時には目を大きく見開いた。

「お酒も好きだとハルから聞いてはいるんだが…アキトくんは今日はどちらが良いかな?好きな方を選んで欲しいんだ」

 微笑ましげにアキトの反応を見ていた父さんは、優しくそう話しかけた。

「どっちを選ぶのが正解とかないからなー好きなの選んだら良いぞ?」

 アキトの好きにしていいんだと、母は軽い調子で教えている。アキトは嬉しそうに笑顔で頷いた。

 じっと見比べてから、アキトはメイドがトレイごと差し出している中から果実水を選んだ。

 アキトはかなりお酒も強いからそちらを選ぶかと思っていたんだが、予想が外れたな。ああ、でもこの場所で酔ってしまったらとか考えたのかもしれないか。

「さて、それでは…」

 父がおもむろに口を開くと、広間の空気は一気にぴんと張り詰めた。こういうところの切り替えが、やけにうまいんだよな。領主だからなのか、それとも英雄だからだろうか。

 しんと静まり返った部屋に、威厳のある声が響く。

「三男のハロルドが、良き伴侶候補アキトを連れて帰って来た事を祝して」

 父さんの言葉に続いて、アキトと俺以外の全員が、祝してと短く唱和する声が広間に響いた。

 言葉こそ形式通りではあるが、みんな優しい笑みを浮かべている。心から祝ってくれているのが伝わってきて、なんだかたまらなく嬉しい。

 小さなグラスを空中に掲げて待ってくれている皆の視線に、アキトと俺も慌ててグラスを掲げる。

 全員のグラスが揃ったのを見た父さんの合図で、グラスの中身を一気に飲み干した。

 本当に小さなグラスだから量はそんなに多くないんだが、口の中いっぱいに果実の爽やかな風味と深みのある蜜のような甘みが広がった。

 これはもしやロッソの酒か…?良い酒を開けてくれたんだな。

 ちらりとアキトを見れば、幸せそうな笑みを浮かべていた。どうやらあの果実水がかなり気に入ったらしい。あとでどこのものか尋ねようと決意しながら、俺はアキトに向かって笑いかけた。



 今日の料理は、どうやら正式な貴族の食事の方式で運ばれてくるようだ。

 アキトに事前にこの形式の可能性もあるよと話しておいて良かったな。

 アキトによると異世界にも料理が順番に運ばれてくるコース料理というものが存在しているらしく、説明だけであっさりと納得してくれたのも助かった。流石に練習をするほどの時間は無かったからな。

「どうぞ」

 音も立てずにすっとアキトと俺の前に置かれたのは、美しく繊細に盛り付けられたグリルの野菜だった。かかっているソースも派手ではないし、アキト好みの見た目だな。

 どうやら数回前の手紙に同封されていた、伴侶候補のことを教えて欲しいという質問一覧表が役に立っているようだ。

 あれが届いた時は、正直にいえば戸惑った。

 アキトを値踏みする気かと疑ったりもしたが、中にあった質問はどれもアキトの素性についてではなくただ嗜好に関するものだった。

 アキトの好きな食べ物に嫌いな食べ物、好きな味付けなど様々な項目があったが、最後にはジルさんとラスの手書きの署名までついていた。

 二人の連名ならとアキトの許可を得て解答して送り返したんだが、どうやらその判断は正しかったらしい。

「ほら、アキトくんも食べてみて」

 父さんに優しく促されて、アキトはそっとフォークで野菜を口に運んだ。どうせなら、俺もアキトと同じものから食べようかな。

 いただきますと自然に頭のなかで呟いた自分に、笑ってしまった。すっかりアキトの挨拶が身についたみたいだ。

「わ、美味しい!」

 アキトはパッと笑みを浮かべた。なるほど、チーラも好きなのか。覚えておこう。

「ああ、それはチーラだね」

 そう横から説明すれば、アキトはまたキラキラと目を輝かせて俺を見つめた。階段で一緒だった衛兵の一人が、ぜひ食べて欲しいと言っていた野菜のうちの一つだと気づいたらしい。

 さっそく食べれたと言いたげなアキトの幸せそうな顔に、俺も自然と笑い返していた。
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