上 下
852 / 1,112

851.多い理由

しおりを挟む
 しばらく抱きしめて落ち着いたのか、不意にハルは俺を解放すると、何事も無かったかのようにケイリーさんに視線を向けた。

 ここで照れたりとか言い訳したりしないのは、伴侶に甘いウェルマール一家だから…なのかな。もしかしたら、こういういきなり目の前で抱き合うとかに…慣れてるの?

 俺は人前で抱き合ってしまった事が、ちょっと恥ずかしい。だから多分まだ頬が赤いと思う。

 でも周りの皆は普通に真剣な顔に戻っているんだよね。うーん、切り替えが早い。すごいなと感心している間に、ハルが尋ねた。

「…それで、ここに異世界人がたくさんいるっていうのはどういう事なんだ?」
「あー…最近はだいぶ落ち着いたんだが…その…隣国が、異世界人の召喚を頻繁にしてたんだよ」
「隣国って…どっちだ?」

 ハルは険しい顔をしたまま、低い声でぼそりとそう尋ねた。

「ドノレット王国の方だ」
「ドノレット王国…ねぇ」
「あ、待ってくれ、ハル。最近は代替わりして王家がまともになったから、召喚はちゃんと禁じられているぞ?…なあ、グレース」

 慌てた様子のケイリーさんに急に話を振られたグレースさんは、まあなと頷きながら続けた。

「あの頃のドノレット王国は、異世界人の事を召喚してはその知識をただ一方的に利用するだけだった。この世界の事を知って自国から出ていくのが怖かったらしくてな…」

 ろくにこの世界の事も教えず、ただ一カ所に閉じ込めていたんだと、グレースさんは心配そうにチラチラと俺を見ながら続けた。

 自分と同じ異世界人が、そんな目にあった話なんて聞きたくないだろう。そう思って心配してくれているんだろうな。

 もし俺もその国に召喚されていたら、ただ閉じ込められてたって事だもんな。確かに面白い話では無い。

「へぇ……それで?」
「先代の頃もまともな貴族が数人はいてな、時期を見て死んだと報告してからここに逃がしていたんだ」

 そっか、助けてくれる人もいたんだ。それだけでもすこしは良かったと思える。あくまですこしだけね。

「そうか…それは良かったが…何故わざわざ隣国に逃がしたんだ?」

 少しだけ怒りが和らいだらしいハルは、今度は不思議そうに首を傾げつつ尋ねた。

「ああ、たとえ死んだ事にしても、自国では守り切れないからってな」
「…それもそうか」
「しかもなー義父さん…あーハルにとっての爺さんにな、わざわざ国境まで頭を下げにきたんだってよ」

 グレースさんはそう言って、なかなかに根性があるよなと楽しそうに笑った。

「そうだったな。父上はあの通りの人だったから、全員引き受けるってあっさりと受け入れたんだ」

 ケイリーさんも懐かしそうに目を細めて笑っている。

 即座にそんな判断ができるあたり、すごく格好良い人だったみたいだな。さすがハルのお爺さんだと勝手に納得してしまった。

 ケイリーさんとグレースさんの説明によると、そのまま異世界人たちを受け入れ暮らす場所と知識を与えているうちに、ここが気に入ったと落ち着く人たちもでてきたらしい。

 もちろんもっと安全な場所が良いとか憧れの地を探すとか言って他の領へと流れていく人や、自分から貴族に囲われたいと出ていった人なんてのもいるらしいけどね。

 そういう人たちは、個人の自由だからと邪魔はせずに送り出してきたそうだ。

「まあそういうわけで、うちの領には結構異世界人はいるんだよ」

 だからアキトくんも歓迎だよと、ケイリーさんとグレースさんはそう話を締めくくった。

 うーん、歓迎してくれるのはすごく嬉しいけど、軽い。

「なあ…ファーガス兄さんも、ウィル兄さんも…キースも知ってたのか?」

 順番に三人を見つめながら、ハルは不意にそう尋ねた。

「ああ、知っていた。うちの騎士団にも何人かいるからな」
「あ、うちの隊にもいるねー」
「僕の友達にもいるよ」
「俺は…全く知らなかったんだが…」

 戸惑った様子でうなだれたハルの髪を、近づいてきたファーガスさんが乱暴にかき混ぜた。力が強いせいかハルの頭はがくがくと揺れている。

「以前のお前は、あまり人に興味が無かったからなぁ」
「ああ、確かに」

 昔の俺はそうだったと反省しているハルに、ウィリアムさんが笑って声をかける。

「まあでも、特別扱いしないハルに救われたって行ってた人もいたからさー悪い事ばかりじゃないよ」
「そう…なのか?」
「僕もね、教えてもらったけどふつうの友達扱いしてるよ?」

 ハル兄みたいにねとにっこりと笑うキースくんは、やっぱり天使だと思う。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...