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840.【ハル視点】真面目なジルさん

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 しばらくしてから部屋にやってきたジルさんは、ウィル兄さんにエスコートされた状態で現れた。

 アキトと俺がマティさんと話している間に、ウィル兄さんがコソコソと部屋から出ていったのはどうやらこのためだったようだ。まあ予想の範囲内ではあるな。

 ジルさんの方がウィル兄さんよりも長身なため、今日も肩に手をのせるいつものエスコートの仕方だ。

「失礼します」

 ジルさんはぴたりとドアの前で立ち止まると、すっと手を胸の前に出して優雅に一礼をしてみせた。どんなに礼儀作法にうるさい人でも、文句のつけようがないほどの美しい礼だった。

「もージル、礼儀はなしで良くなったって教えたよね?」
「ええ、ちゃんと聞いていましたよ。でも私はこちらの方が性に合ってるので」

 むしろするなと言われる方が困りますと、ジルさんはさらりとそう続けた。

 まだ慣れていない頃はもしかして無理をしてるんじゃないかと心配していた両親も、今はジルさんの個性だからと微笑まし気に見守っている。

「…うん、そっか。でも俺、ジルのそういう真面目な所も好きなんだよね」

 へへーとまるで子どものように照れ笑いを浮かべながらそう告げたウィル兄に、ジルさんも少しだけ頬を赤くした。

「そうですか…あの……恥ずかしいのであまりそういう事は、人前で言わないでください」

 遠くを見つつ恥ずかしそうに早口で答えるジルさんは、普段の落ち着いた仕事のできる姿とは遠くかけ離れ見える。これは家族の前でしか見せない姿だな。

「分かった、じゃあ二人きりの時に言うね」
「…………ええ、そうしてください」

 ウィル兄さんは蕩けるような目でまっすぐジルさんを見つめているが、ジルさんは恥ずかしそうに目を反らしている。そんな所すら可愛いと言いたげな表情に、ついつい苦笑が漏れてしまった。

 俺もアキトを見つめている時はあんな顔をしているんだろうか。

 そんな事を考えている間に、気づけばジルさんとウィル兄は目の前まで近づいてきていた。

「アキトくんも覚えてくれてるかな?俺の愛しの伴侶、ジルだよ」
「もちろん、覚えてますよ」

 まるでじゃじゃーんとでも続きそうな楽し気なウィル兄さんの声に、呆れ顔のジルさんはふうとひとつ息を吐いた。

「なんでそんな紹介の仕方なんですか…」
「え、でも事実でしょ?」

 へへーと笑ったウィル兄さんからそっと視線を反らすと、ジルさんはアキトの目をじっとまっすぐに見つめた。

「アキトさん、お久しぶりです」
「はい、お久しぶりです、ジルさん」

 ニコニコと笑みを浮かべたアキトに、ジルさんもふわりと優しい笑みを浮かべる。

「あの時は時間も無かったので、名前ぐらいしかお伝えできなかったですから――改めて自己紹介の続きをしましょうか」

 そう前置きをしたジルさんは、改めて自己紹介を始めた。本当に真面目で律儀で、そして優しい人だ。

「私はこちらのウィリアム隊長の隊の、副官を務めています。元文官なので戦闘はあまり得意では無いんですが…ウィリアム隊長の操縦が主な仕事ですね」

 多才な人だが、特にそれが一番重要な仕事だな。そう思って小さく頷いた俺の隣で、アキトは戸惑った様子でうろうろと視線を彷徨わせた。

 どうしたんだろうと様子を伺っていれば、すこし心配そうな顔でちらちらとウィル兄の顔に視線を向けている。

 ああ、なるほど。どうやらアキトは操縦なんて言い方をされて、ウィル兄が気にしていないかと心配しているみたいだ。うん、優しいアキトらしいな。

 確かにウィル兄は不服そうな顔をしてはいるから誤解してしまう気持ちは分かるんだが、あれは別に今の発言のせいじゃないと思うよ。

「ねぇ、ジル。今は家族の時間なんだから、部下としての振る舞いは止めてよー」

 ああ、やっぱり。こういう時に部下としての態度を取られるのが嫌だと主張するためのあの表情だよな。

「あとね、ジルはいつもこんな風に言うけど、俺の隊が関係ない書類仕事とかも率先してやってるし、文官の仕事のとりまとめとかもやってるんだよ」

 自分からは言わないけど、ジルがいなかったら大変な事がいっぱいあるんだ。そこはアキトくんにも知っておいて欲しかったんだーと、ウィル兄さんは笑顔で続けた。

 たしかに頭が良くて段取りの上手いジルさんがいなかったら、滞る仕事はかなり多くなるだろうな。ジルさんがいなかった頃はどうやって回していたのかが、分からなくなるぐらい有能な人だ。

「それはすごいですね!」
「お、アキトくんも分かってくれるー?こんなにすごいのに、ジルは全然自慢しないからさ」

 それだけが不満なんだよねと、ウィル兄さんは苦笑を浮かべながら続けている。

――あー、うん。以前の俺なら惚気られたなとしか思わなかったんだが、今はちょっとだけその気持ちが分かるな。アキトも自分のすごさを理解していない所があるし、自慢話なんて全然しないからな。

 もっと周りにもそのすごさを理解してもらいたいと思う。その気持ちはよく分かる。

「……その分も、ウィルが自慢してくれてるでしょう?」

 ぽそりとそう呟いたジルさんは、耳まで真っ赤だった。

「うん!もちろん、全力で自慢して回るよ!」
「そこまでしなくて良い…です」

 そんな微笑ましいやり取りをする二人を、俺は笑みを浮かべて見守っていた。
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