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839.【ハル視点】マティさんの優しさ

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「え、マチルダさんって…冒険者なんですか?」

 よほど予想外だったのか、アキトは大きく目を見開くとぽつりとそう尋ねた。どうやら考えるよりも先に反射的に出た言葉だったらしく、ハッと我に返ったアキトはうろうろと視線を彷徨わせた。

 かなり焦っているようだと俺が声をかけるよりも前に、マティさんは嬉しそうにこくりと頷いた。

「ああ、今も現役で冒険者をしてるよ。アキトくんは前衛かな?後衛かな?」

 ここで一方的に決めつけず質問をするあたりが、マティ姉さんらしいな。

 体格だけで前衛か後衛かを判断する冒険者は多いが、実際にはそんなに単純な話じゃない。

 華奢で儚そうに見える人でも身体強化を駆使して前衛をする事もあれば、筋肉質で物理攻撃が得意そうな人でも繊細な魔法を駆使する後衛な事もある。

 勝手に決めつけるよりも本人に聞いてしまおうという考え方なんだろうが、おそらく初めて前衛かと聞かれたアキトは嬉しそうに目を輝かせている。

「あ、後衛の魔法使いをやってます」
「そうか魔法使いなのか」

 素直に答えたアキトをみて、マティさんは微笑ましげに笑みを浮かべた。

「前衛のハルとの相性も良いな。ちなみに私は前衛の戦士なんだ。基本的には大剣を使ってる」

 目の前にいるドレスを着こなした女性の姿と、大剣という言葉が伝わらなかったのかアキトは不思議そうに首を傾げた。

「アキト、こう見えてマチルダさんはかなり強いよ」
「え、ハルがわざわざ言うぐらい…?」

 俺の事を強いと褒めてくれたも同然のアキトの反応に、じわりと頬が熱くなった。ああ、頬が赤くなっているかもしれないな。マティさんはそんな俺とアキトの反応を見て、楽し気に声をあげて笑った。

「ハルにそう言ってもらえるのは光栄だな。もし良ければまた手合わせしてくれると嬉しいよ」
「もちろん。こちらからお願いしたいぐらいです」

 力の強さだけなら勝てるかもしれないが、マティさんは俺よりも戦闘に慣れている。特に気配を消して森の中での手合わせとなると、苦戦するのは間違いない。

 だが同時に学ぶことも多い相手だ。

「あ、ハル、マティと手合わせをする時は、私もいる時にしてくれよ?」

 俺達の交流をずっと黙って見守っていたファーガス兄さんが、不意にそう声をあげた。まあここでも黙っているとは思っていなかったが、すこしタイミングが悪くないか?

「…なんだ…?もしかして、私の事を心配してるのか?」

 不服そうに眉間にしわを寄せて睨みつける姉さんに、ファーガス兄さんは大慌てでぶんぶんと首を振った。

「まさか、違うよ。マティの戦う所を、俺が見たいだけさ」

 このマティ姉さんが相手の時だけ出す甘ったるい声も、久しぶりに聞くな。呆れ半分懐かしさ半分で聞いていると、不意にマティさんが大きな声を出した。

「そうか、それなら良いんだが…あ、そうだ、ファーグ!」
「なんだい、マティ?」
「さっき、初対面のアキトくんの前なのに、威圧しただろう?」

 ぎくりと一瞬だけ肩を揺らしたファーガス兄さんは、明らかに困ったと言いたげな表情を浮かべたまま、それでも不思議そうに尋ねた。

「…確かに威圧は、したが…なんで知ってるんだい、マティ?」

 対するマティさんは、艶やかに美しい笑みを浮かべた。ああ、これは結構怒ってるな。

「ドアの外まで威圧が漏れてたからだよ。執事長も苦笑してたぞ」
「…部屋の外まで漏れていたのか…」
「そうだよ。ファーグの威圧感はすごい威力なんだからな?もしも怖がらせてしまったら、どう責任を取るつもりだったんだ?」

 幸いアキトくんは全く気にしていないみたいだが、もっと気をつけろとマティさんはファーガス兄さんに注意を促している。

 まあ確かに、今回はアキトだから大丈夫だっただけだからな。もっと自分の与える影響を考えろと叱りたくもなるだろう。

 それにファーガス兄さんに関してなら、父や執事長のボルテが注意するよりもマティさんが注意した方が何万倍も効くからな。

「ああ、考えなしだった。すまない、マティ」
「謝る相手が違うだろう?」

 ちらりとアキトを見て促す姿は、相変わらずの凛々しさだ。

「うん、そうだな…アキトくん、威圧してしまってすまなかった」
「い、いえ、俺に向けたものじゃなかったですし…」

 優しいアキトは、そんな言葉であっさりと許してしまった。

「ファーグ、弟には謝らないのか?」
「いやハルは気にもしていないんだから、必要ないだろう?」

 そうだな、別に気にしていないし謝罪は必要ない。あれは俺の言い方もまずかったからな。

「ああ、俺への謝罪の必要は無いが…マティさん、アキトの事を気づかってくれてありがとうございます」

 マティさんへお礼の言葉を口にすれば、アキトも隣でありがとうございますと続けた。
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