生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
838 / 1,179

837.【ハル視点】言葉選びを失敗

しおりを挟む
 てっきりマティさんとジルさんは一緒に来るんだと思っていたんだが、どうやら今日は別々に一人ずつこの部屋に案内されてくるらしい。

「あ、別に二人の仲が悪いからーとかそういうのじゃないから、そこは安心してね!」

 にっこりと笑ったウィル兄の説明によると、元々は二人は一緒に案内されてくる予定だったそうだ。だが、ジルさんが、私は船の上でご挨拶はしているのでと遠慮したらしい。

「多分ね、アキトに会った事のない姉さんに、周りを気にせずにゆっくり挨拶する時間を取って欲しかったんだと思うよ。ジルは優しいから…」

 ふふと笑ったウィル兄は、優しい笑みを浮かべつつも自慢げにそう続けた。さらりと惚気られてしまったな。

「うん、優しい人ですね、ジルさん」
「わー分かってくれるのー?アキトくんも本当に良い子だねぇ」

 そう言いながら、ウィル兄はそっとアキトの頭に手を伸ばした。アキトに触れる前に、きちんと俺の表情を確認する辺りがウィル兄らしいな。

 もちろんアキトに気があるわけではなくただの家族の触れ合いだと分かっているから、俺が拒否したりはしないんだが。

 こくりと小さく頷けば、ウィル兄は優しくアキトの頭を撫で始めた。

 アキト本人は撫でられた事に嬉しそうにしながらも、ちらりと俺に視線を向けてきた。もしかして俺が嫌がってないかと心配になったのか。

 俺はニコニコと分かりやすい笑みを浮かべて、アキトを安心させる事にした。



 ああ、そうだ。マティさんが来る前に、これだけは言っておかないと駄目かな。俺はそう考えて口を開いた。

「あ、アキト、一つだけ良いかな?」
「ん?なに?」
「一応先に言っておきたいんだけど…ファーガス兄さんの伴侶は…その…かなり、強烈な人なんだ」

 客観的に見れば、見た目はかなり美しい女性だと思う。性格も良いしアキトに意地悪をするような人では決してない。

 ただ見た目と性格が一致していないんだよな。

 中身は凛々しくて格好良い人で、いざ戦闘となれば俺も楽には勝たせてもらえないほどの実力の持ち主だ。

 不思議そうに首を傾げたアキトに詳しい説明をするために口を開くよりも先に、正面からまるで地を這うような低い低い声が聞こえてきた。

「ハル…今のはどういう意味だ?」

――ああ、やってしまった。

 まるで戦場にいるかのような威圧感を漂わせているファーガス兄さんを見て、最初に思ったのはそれだった。本気で怒っているらしく、ファーガス兄さんの顔には一切の感情がない。

 返答次第では許さないぞと言いたげな威圧感を向けられているが、別に俺はマティさんを侮辱したわけでも批判したわけでも無い。

 だからこそ俺はファーガス兄さんをまっすぐ見返して、あえて笑みを浮かべてみせた。

「急に怒らないでくれよ?言葉通りの意味だよ」

 隣で慌てているかもしれないアキトが落ち着けるように、堂々とした態度を意識する。

「あんなに美しい人を捕まえて…強烈だと?」

 まだ不服そうなファーガス兄さんに、俺はさらに続けた。

「いや、確かに姉さんは美人だとは思うよ。でも、初対面で浮かぶ感想が『強烈』なのは事実でしょ?」

 どこにでもいるようない人じゃないからと匂わせれば、兄さんは少しだけ考え込んでから口を開いた。

「……そうだな。確かに事実ではある」
「だろう?」
「一応確認するが、さっきの言葉に俺の伴侶を批判する意図は無かったんだな?」
「もちろんだ!俺は姉さんの事を尊敬しているんだからな」

 これは事実だからと即座に断言すれば、ようやく納得してくれたらしい。

「…そうか」

 小さな声でそう呟いたファーガス兄さんは、ふうーっと一つ大きく息を吐いた。途端に部屋の中に漂っていた威圧感は、一気に消え去っていく。

 視界の端でアキトとキースもふうと息を吐いたのが見えた。

 俺が言葉選びを間違えたせいで、巻きこんでしまってすまないな。自分では全く自覚していなかったが、アキトを家族に紹介できた事に浮かれていたんだろうな。

 一人反省していると、部屋のドアが控えめに外からノックされた。

「失礼いたします」
「ああ、どうぞ」

 父さんの返事を待ってから、談話室のドアは執事であるボルテの手によって開かれた。

 全員が見守る中、部屋の中へと颯爽と進んできたのは、真っ赤な髪を結い上げて濃い緑色のドレスを着こなしたマティさんだった。

 容姿だけを客観的に見れば美しい女性なんだが、立ち方や動きにまで謎の迫力があるんだよな。もしかしたら強さがにじみ出てしまっているんだろうか。

 さっきのファーガス兄さんみたいにあえて威圧しているわけでも無いんだが、実際に初対面で圧倒されて動揺する人は一定数いる。

 アキトはといえば、この人がファーガス兄さんの伴侶さんかと言いたげに失礼にならない程度に興味深そうに見つめている。

 うん、そこで動じないのがアキトだよな。
 
 ドアを入った所でぴたりと立ち止まった姉さんは、部屋の中にいる全員をくるりと見回してからドレスのスカートを持ってお辞儀をした。それは見惚れてしまうほどに優雅で洗練された動きだった。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...