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830.ファーガスさんとマチルダさん

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「え、マチルダさんって…冒険者なんですか?」

 反射的にそう聞き返してしまったけれど、マチルダさんは嬉しそうに頷いてくれた。

「ああ、今も現役で冒険者をしてるよ。アキトくんは前衛かな?後衛かな?」

 まっすぐに目を見つめながらそう尋ねられた俺は、予想していなかった質問にすこしだけ驚いてしまった。

 今まで前衛かって聞かれた事って、一度も無いんだよね。

 たぶんだけど、俺の筋肉の少なさが関係してるんだと思う。前衛の人は一部の例外はあっても、基本的に体格が良い人が多いからね。

 まあそこははっきりさせてもショックを受けるだけだから、詳しく追及はしないようにしてるんだけどね。深く考えたら駄目なやつだ。

「あ、後衛の魔法使いをやってます」

 素直にそう答えれば、そうか魔法使いなのかと返ってきた。

「前衛のハルとの相性も良いな。ちなみに私は前衛の戦士なんだ。基本的には大剣を使ってる」

 さらりと大剣と言われて驚いたけど、大剣を持つマチルダさんを想像してみたらやけにしっくりと来た。

「アキト、こう見えてマチルダさんはかなり強いよ」
「え、ハルがわざわざ言うぐらい…?」

 思わずそう返した俺に、マチルダさんは楽し気に声をあげて笑った。

「ハルにそう言ってもらえるのは光栄だな。もし良ければまた手合わせしてくれると嬉しいよ」

 そう答えたマチルダさんには、特に気負った様子もない。普通に笑いながらそう声をかけられるぐらい、本当に強い人なんだな。

「もちろん。こちらからお願いしたいぐらいです」
「あ、ハル、マティと手合わせをする時は、私もいる時にしてくれよ?」

 俺達の交流をずっと黙って見守っていたファーガスさんが、不意にそう声をあげた。

「…なんだ…?もしかして、私の事を心配してるのか?」

 不服そうに眉間にしわを寄せて睨みつけたマチルダさんに、ファーガスさんは大慌てで首を振った。

「まさか、違うよ。マティの戦う所を、俺が見たいだけさ」

 うわぁ…ファーガスさんの声、今まで聞いた事がないぐらい甘いんだけど。マチルダさんを見つめる目もとろりと蕩けているのが、横で見ている俺にまで分かってしまった。

 本当にマチルダさんの事が大好きなんだな。

「そうか、それなら良いんだが…あ、そうだ、ファーグ!」

 そういえばさっきからちょっと気になってたんだけど、マチルダさんはファーガスさんの事をファーグって呼んでてるんだな。他の人からはファグ兄呼びだったけど、もしかして伴侶の特別な呼び方ってやつだろうか。

 ちょっとそういうのにも憧れはあるけど、ハルはハル以外に思いつかないんだよね。たまにはハロルドって呼んで欲しいって言われてたし、特別な呼び方は考えなくても良いんだろうか。

 それとも今度ハルに聞いてみようかな。

 そんな事を俺が考えている間に、ファーガスさんはにっこりと笑みを浮かべて答えた。

「なんだい、マティ?」
「さっき、初対面のアキトくんの前なのに、威圧しただろう?」

 ぎくりと一瞬だけ肩を揺らしたファーガスさんは、困り顔のまま不思議そうに尋ねた。

「…確かに威圧は、したが…なんで知ってるんだい、マティ?」

 対するマチルダさんは、艶やかに美しい笑みを浮かべた。

「ドアの外まで威圧が漏れてたからだよ。執事長も苦笑してたぞ」

 え、執事長さんって俺達を案内してくれたあの人だよね。あの威圧感を前にしても、苦笑するだけですませられるってすごいな。それぐらいでないと、辺境領では働けないんだろうか。

「部屋の外まで漏れていたのか…」
「そうだよ。ファーグの威圧感はすごい威力なんだからな?もしも怖がらせてしまったら、どう責任を取るつもりだったんだ?」

 幸いアキトくんは全く気にしていないみたいだが、もっと気をつけろとマチルダさんはファーガスさんに注意を促している。

「ああ、考えなしだった。すまない、マティ」
「謝る相手が違うだろう?」
「うん、そうだな…アキトくん、威圧してしまってすまなかった」
「い、いえ、俺に向けたものじゃなかったですし…」

 正直に言えばこの場から逃げたいと思うぐらいの威圧だったけど、こんなにしょんぼりしているファーガスさんを前にしてそんな事は言えない。

「ファーグ、弟には謝らないのか?」
「いやハルは気にもしていないんだから、必要ないだろう?」
「ああ、俺への謝罪の必要は無いが…マティさん、アキトの事を気づかってくれてありがとうございます」

 お礼の言葉を口にしたハルの隣で、俺もありがとうございますと声をかけた。

 よく考えたらあの恐ろしいほどの威圧を、すごいんだからで終わらせられるマチルダさんって、間違いなく強い人だよね。

 うん、強烈な人ってのは本当だった。
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