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823.【ハル視点】リスリーロのお礼

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「いやぁ、こんなハルの姿を見れる日が来るとは、思ってもみなかったなー」

 そう口にした母は、ニコニコと楽し気に笑っている。母さんの隣に並んでいる父さんも、温かい目で俺を見つめながらこくりとひとつ頷いた。

「本当にな。喜ばしい事だ」
「確かに――それにしても、ウィリアムの話は誇張表現じゃなかったんだな?」

 驚いた様子を隠さずにぼそりとそう呟いたファーガス兄さんに、ウィル兄さんはおおげさなほど大きく身体を揺らした。

「えぇーファグ兄ってば、俺の話を全然信じてくれてなかったの?あんなに色々話したのに?」

 本当に悲しそうに聞こえる声色で、まさか信じてくれていなかったなんてひどいとそのまま嘆き始めてしまった。しょんぼりと肩を落としている姿は、きっと遠目に見れば本当に悲しんでいるように見えるんだろうな。

 まあ俺とアキトの立ち位置からだと、口元が笑ってるのが見えているわけだが。

「俺、傷付いたよ…」

 迫真の演技を続けるウィル兄に、ファーガス兄さんは特に謝るでも無く苦笑しているだけだ。俺もそうだが、もちろんこれが演技だと気づいているからな。

 アキトも周りの反応を伺ってはいるけれど、心配している様子は無いな。どうやら口元の笑みに気づいていたらしい。

 父と母に至っては、一瞬視線を向けただけで普通に会話を続けている。

 これはウィル兄がよくやるお遊びの一つなんだが、だいたいが嘘だって分かっててもせめて誰か慰めてよと叫んで終わるやつだ。

 そして俺の家族の中で、素直にウィル兄を慰める人なんて一人しかいない。

「ウィル兄さん、元気だして!僕はちゃんと信じてたからね!」

 肩を落としているウィル兄さんに、キースは大慌てで声をかけ続けている。必死で慰めようとする姿がなんとも可愛らしい。

「キース、それ本当?」
「うん、本当だよ、ウィル兄!」

 ハル兄とアキトさんの事いっぱいお話してくれて嬉しかったよと、キースは満面の笑みで答えた。

 あーやっぱりキースは、まだまだ素直な反応で可愛いな。ウィル兄のこのお遊びを、他の家族が誰も否定しないのはキースの可愛い反応が見たいからだったりする。

「キース、ありがとう!元気でたよ!」

 笑顔を浮かべたウィル兄に優しく頭を撫でられて、キースは嬉しそうに目を細めた。



「あ、そうだ、アキトくん。ひとつだけ話しておきたい事があるんだが、ちょっと良いかな?」

 父の急な呼びかけに、アキトは少しだけ首を傾げながら答えた。

「はい、なんでしょうか?」

 ああ、リスリーロの話か。

「ここにいるみんなは、全員が目が覚めたハルから届いた手紙を読んだんだ」
「はい」
「つまり、今ここにいる5人は、君の体質の事についても知っている事になる」

 目覚めてすぐの手紙という事は、アキトの幽霊が見える体質についてだよな。異世界人である事は、実家の家族にはまだ伝えていない。

 あの手紙は、ここにいるメンバーしか読んでいないのか?ファーガス兄さんとウィル兄さんの伴侶、それに執事長やメイド長ぐらいには読ませているかと思っていたんだが。

 すこしだけ不思議に思いながら見守っていると、父は真剣な表情でアキトに向き直る所だった。

「それを踏まえて聞いて欲しいんだが…」
「…はい」

 前置きがすこし長くないか?アキトが不安に思わないだろうか?

 心配になって思わず視線を向けてしまったが、アキトは真剣な表情をした父の目をまっすぐ見つめ返していた。

 うん、こんな状況で怯むアキトじゃないよな。

「俺達の悲願であるリスリーロの花を見つけてくれた事、そして俺達のところへと送り届けてくれた事に、心からの感謝を贈りたい」

 そう言うなり父はさっと頭を下げた。

「ありがとう、アキトくん」

 戸惑うアキトの前で、母さんが、ファーガス兄さんが、ウィル兄さんが、そしてキースがそれぞれありがとうと口にしながら頭を下げていく。

 アキトのどういう事?と言いたげな視線に、俺は笑みだけを返した。以前からきちんとアキトにお礼を言いたいと言われてはいたんだよな。まさかこのタイミングでとは思っていなかったが。

「あの、顔をあげてください。私の体質を知っているなら分かってもらえると思うんですが、あれはハルが見つけたもので――」

 うん、予想通りではあったけれど、やっぱりアキトはそう言うんだな。続けようとした言葉は、たいした事じゃないですとかお礼はいりませんとかだろう。

 最後まで言い終える前に、俺は横から口を挟んだ。

「いいや、あれはあの時の俺には届ける事ができなかったものだからね?もしアキトがいなかったら、俺はきっとまだあのリスリーロの前で立ち尽くしていたよ」

 そう、幽霊が見える人がいるなんて想像もしていなかったから、きっとあの不気味なナルクアの森でただ一人立ち尽くしていたと思う。どうしても欲しかったものが目の前にあるのに誰にも伝えられない悔しさと情けなさを噛み締めながら、ずっと。

 俺の言葉に、アキトはハッとした様子でこちらを見つめてきた。

「そうだよ、アキトくん。あの時のハルに気づく事ができたのは君だけだった。だから心からの感謝を言わせて欲しかったんだ」

 受け入れて欲しいと父が続ければ、アキトはすこしだけ考えてから口を開いた。

「…えっと、どういたしまして」

 戸惑いつつも感謝を受け入れてくれたアキトに、その場にいた全員がホッと息を吐いた。
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