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819.ケイリーさんとグレースさんの話

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 あのお話の主役である本人に言うのは、正直に言えばちょっと恥ずかしい。でも、このままずっと黙っているのもどうなんだろう?

 そう考えた俺は『ケイリー・ウェルマールの冒険』が愛読書なんだと、ケイリーさんに告げてみた。

 ケイリーさんは一瞬だけ大きく目を見開いて驚いていたけど、次の瞬間には薄っすらと笑ってくれた。

「アキトくんは、あの本を愛読書とまで言ってくれるのか」
「あー、たぶん父さんが思っているよりも本気だからね。これはお世辞とか社交辞令とかそういうのじゃないよ」
「そうなのか?」
「アキトは何度も何度も繰り返し読んでるし、愛読書って言われたら最初にあの本をあげるぐらいだからね」

 あ、あっさりと俺がどれだけあの本のファンかバラされちゃったな。

 まあお世辞とか社交辞令と思われるよりも良いから、全然問題は無いんだけど。多分ハルは、俺がそう判断するって分かった上でバラしたんだろうし。

「そうか、それは嬉しいな」

 ケイリーさんはにっこりと笑って受け入れてくれた。

「あの本にはあえて書かれていない裏話があるんだが、聞きたいかい?」
「聞きたいです!」

 何も考えずに勢いだけで即答してしまった。

「私がグレースに初めて会ったのは、一番最初に領主としてスタンピード鎮静化に出向いた時だったんだよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ『強大な魔物の群れにも怯まず、共に戦ってくれる皆に心からの感謝を』って言ったのは、間近で見てたな」

 グレースさんは懐かしいなーと笑いながら教えてくれたけど、その言葉って劣勢の状況でケイリーさんが周りを鼓舞するために言ったあのセリフだよね。うわーあれ、本当に言った言葉なんだ。

「あの時はまだ他の領主からの助けも期待できなかった頃だから、冒険者ギルドを通じて凄腕の冒険者が大勢来てくれていなかったら、危ない所だったんだ」

 本当に感謝していると続けたケイリーさんに、グレースさんは苦笑を浮かべた。

「まあ、あれは冒険者ギルドときちんと交流を続けていた、ウェルマール家の先代達のおかげだがな」
「もちろんそれは分かってはいるんだが――それでも来てくれた事は事実だろう?」
「あーうん、魔物がいっぱいいて稼ぎ時だぞーってギルマスから声をかけられたから、大勢で押しかけたな」

 スタンピードが起きると聞いて、稼ぎ時だぞって言えるギルマスさんもすごい人だな。ちなみに既に当時金級だったグレースさんは、強い魔物狙いでたまたま辺境領に来ていたらしい。稼ぎ時と聞いて知り合いに片っ端から連絡を取ったそうだ。

「さっき言ってたアキトの師匠ドロシーも、ギルマスに呼び出されてその場にいたぞ」

 ニコニコ笑顔で衝撃の事実を口にしたグレースさんに、俺は大きく目を見開いたまま固まってしまった。

「あれ?その反応…もしかして全く知らなかったのか?」

 不思議そうにそう聞かれてしまった俺は、無言のままこくりと一つ頷いた。師匠が金級だって話はもちろん聞いたけど、辺境領のスタンピードに参戦してたとは思わなかった。

「母さん、俺もそれは初耳だけど…?」

 どうやらハルも知らなかったらしい。

「あれ?話してなかったか?」
「なかったね」

 まあ興味があるならドロシー本人に聞いてみろよと、グレースさんは明るい笑顔で提案してくれた。

 はい、機会があったら聞いてみます。



 ちなみにグレースさんからは、気配の消し方のコツをあれこれと教えてもらったりもした。

 元金級の冒険者であるグレースさんに、そんなすごい事を教えてもらって良いものなんだろうか。冒険者ギルドでの授業みたいに、きちんとした場所で教えてもらうべき事じゃないのかな。

 心配になってしまって尋ねてみた俺へのグレースさんの返事は、それはもうあっさりしたものだった。

「気に入った奴になら、私は何でも教えるぞ」
「グレースはそういう人だからな」

 いつもの事だよとケイリーさんは微笑みながら教えてくれる。言葉にはしていないのに、そういう所がグレースの良い所なんだよと言われているような気分だ。

「それに、覚えておいて損は無いからな」

 身に着けば良いなぐらいの軽い気持ちで聞いてくれと、ケイリーさんは笑顔で続けた。

 ちなみに屋場所が外で魔物が相手の時は、気配を消し切った方が安全。逆に人を相手にする時は屋外だろうと室内だろうと、気配を全て消すと逆に不自然になって気づかれやすくなるらしい。

「さっきもちゃんと小鳥ぐらいの気配にしてたんだよ。まあハルにはすぐバレたけど」
「さすがにここの近くで攻撃されたら試しだとすぐに分かるから気づけたけど…普通に森の中とかだとちょっと自信は無いな」

 すこし悔しそうな表情を浮かべたハルは、気配の消し方は俺の知ってる中だと母さんが群を抜いてると続けた。

「息子に褒められるのは、嬉しいもんだな」
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