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813.【ハル視点】顔合わせ
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「お会いできて光栄です」
浮かべた笑顔は崩さず、アキトは穏やかな声でそう答えた。怯えた様子が一切無いアキトの反応に、気づけば父も自然な笑みを浮かべている。
顔合わせはひとまず成功かな。
領主である父への挨拶が終わったが、これで終わりというわけじゃない。次は母、その次は兄弟へと順番に挨拶をして行くのが定番だ。
父の隣に立っているドレス姿の母へと、俺はちらりと視線を向けた。
魔法薬でも使ったのかそれとも偽物の髪なのかは分からないが、赤茶色の髪を美しく結い上げている姿はさすがに女性にしか見えない。
我が母ながら、いつ見ても見事な変身っぷりだ。
改めてアキトの紹介をしようと俺が口を開きかけた所で、母は不意に声をあげた。
「ねえ、礼儀作法にのっとったやりとりはもう終わりにしませんか?」
ドレスを着ている時だけは、喋り方も微笑み方も空気感も全てが違うんだよな。社交の場ではこれが武器と鎧なんだと言っていたから、別に性格も考え方も変わってはいないんだが。
この人、グレースさんだよね?と言いたげに観察しているアキトに、母は楽し気に声をあげて笑った。
「グレース…?」
何故いきなりそんな事を言い出したのか。そう言いたげに、父は大きく目を見開いたまま母を見つめていた。
「アキトは別にそういう作法とかにうるさくないから」
大丈夫大丈夫と笑って答えた母は、もう鎧を着ている時と同じ喋り方に戻っている。ドレス姿でその喋り方はすこし頭が混乱するな。
「…ちょっと待て、グレース。なぜ君がそれを知ってるんだ?」
「えー?」
「ハル、もしかして…」
嫌な予感がすると言いたげな父の視線に、俺はこくりと頷いた。良い質問だ。
「ああ、来たよ、俺の腕試しに」
「あ、バラすなよ、ハル!」
慌てて口止めをしようとしてくる母に、俺はにっこりと笑みを浮かべて答えた。
「口止めもされてないのに、バラすに決まってるだろ」
「あー口止めしとけば良かったのか!」
まあもし一方的に口止めされていたとしても、絶対に言わないとは言いきれないんだが。
ちらりと視線を向ければ、父は真剣な表情で母に向き合っていた。
「今回は伴侶候補が一緒に来るんだから、腕試しは挨拶の後にって皆で決めただろう?」
ああ、父と長兄だけじゃなく、どうやら全員で相談してそう決まっていたらしい。そして母はそれを破ったと。
「決めたけどさーそう考える裏をかかないと意味が無いだろ?」
「裏をかくって…」
明らかにがっくりと肩を落とした父は、今は心配そうにアキトの様子を伺っている。
「実際、ハルもそう考えてたから油断しきってたし」
「あー…うん。確かに油断はしてたな」
それを言われると何も言えなくなる。
「一番油断した所を狙った方が、意味があるだろ」
「いや、そうは言っても、アキト君の立場になって考えたら…」
「そうだよ、俺は良いけど、アキトがいるんだからもう少しぐらい考えてくれても…」
どれだけ俺が厳しい視線を向けながら文句を言っても、どれだけ父が怖い顔を作って叱っても母はニコニコと笑っている。
「二人とも怪我はしなかったんだから良いじゃないか」
「「そういう問題じゃないだろう!」」
父と俺の言葉がきれいに重なった。
「えー大事だろう?そこは」
「大事だけどさ」
確かに俺にもアキトにも怪我はさせてないけれど、問題点はそこじゃないんだよ。
「待ってくれ、グレース。そもそも腕試しって何をやったんだ?」
「え、木の上で待ち伏せして弓矢で狙った」
「待ち伏せして弓矢で狙った…って…その…誰をだい?」
恐々と質問を重ねた父に、母は表情を変えた。
「ハルをだよ!さすがに初対面の伴侶候補を狙ったりはしないぞ!」
それは腕試しじゃなくてただの襲撃だろうと叫んだ母に、父はホッと息を吐いた。
「一応そこの判断は出来たのか…良かった」
「まあ。アキトを狙わなかったのは正しい判断だったよ」
もしアキトを狙ってたら、俺も冷静に対処できたかは分からないからな。
「でもアキト君にはきちんと謝る事!」
「…ん、分かった」
どうやらアキトに謝罪はしてくれるみたいだ。
そう考えた所で、俺はハッと顔をあげた。母がした事を父に説明したいと意気込んだせいで、長い間アキトを放置してしまった。
慣れない場所で一人きりにさせるなんてと慌てて視線を向ければ、そこにはファーガス兄さんとウィル兄さん、キースに囲まれて楽し気に話しているアキトの姿があった。
ああ、俺が紹介しなくてももう普通に盛り上がっているな。ファーガス兄さんが気を利かせて声をかけてくれたんだろうか。
それにしても――社交性の高い兄さん達はともかく、キースが普通に会話をしているのには少しだけ驚いてしまった。人見知りだから初対面の人は苦手なのにな。
どうやらアキトは俺の家族とも相性が良いらしい。
浮かべた笑顔は崩さず、アキトは穏やかな声でそう答えた。怯えた様子が一切無いアキトの反応に、気づけば父も自然な笑みを浮かべている。
顔合わせはひとまず成功かな。
領主である父への挨拶が終わったが、これで終わりというわけじゃない。次は母、その次は兄弟へと順番に挨拶をして行くのが定番だ。
父の隣に立っているドレス姿の母へと、俺はちらりと視線を向けた。
魔法薬でも使ったのかそれとも偽物の髪なのかは分からないが、赤茶色の髪を美しく結い上げている姿はさすがに女性にしか見えない。
我が母ながら、いつ見ても見事な変身っぷりだ。
改めてアキトの紹介をしようと俺が口を開きかけた所で、母は不意に声をあげた。
「ねえ、礼儀作法にのっとったやりとりはもう終わりにしませんか?」
ドレスを着ている時だけは、喋り方も微笑み方も空気感も全てが違うんだよな。社交の場ではこれが武器と鎧なんだと言っていたから、別に性格も考え方も変わってはいないんだが。
この人、グレースさんだよね?と言いたげに観察しているアキトに、母は楽し気に声をあげて笑った。
「グレース…?」
何故いきなりそんな事を言い出したのか。そう言いたげに、父は大きく目を見開いたまま母を見つめていた。
「アキトは別にそういう作法とかにうるさくないから」
大丈夫大丈夫と笑って答えた母は、もう鎧を着ている時と同じ喋り方に戻っている。ドレス姿でその喋り方はすこし頭が混乱するな。
「…ちょっと待て、グレース。なぜ君がそれを知ってるんだ?」
「えー?」
「ハル、もしかして…」
嫌な予感がすると言いたげな父の視線に、俺はこくりと頷いた。良い質問だ。
「ああ、来たよ、俺の腕試しに」
「あ、バラすなよ、ハル!」
慌てて口止めをしようとしてくる母に、俺はにっこりと笑みを浮かべて答えた。
「口止めもされてないのに、バラすに決まってるだろ」
「あー口止めしとけば良かったのか!」
まあもし一方的に口止めされていたとしても、絶対に言わないとは言いきれないんだが。
ちらりと視線を向ければ、父は真剣な表情で母に向き合っていた。
「今回は伴侶候補が一緒に来るんだから、腕試しは挨拶の後にって皆で決めただろう?」
ああ、父と長兄だけじゃなく、どうやら全員で相談してそう決まっていたらしい。そして母はそれを破ったと。
「決めたけどさーそう考える裏をかかないと意味が無いだろ?」
「裏をかくって…」
明らかにがっくりと肩を落とした父は、今は心配そうにアキトの様子を伺っている。
「実際、ハルもそう考えてたから油断しきってたし」
「あー…うん。確かに油断はしてたな」
それを言われると何も言えなくなる。
「一番油断した所を狙った方が、意味があるだろ」
「いや、そうは言っても、アキト君の立場になって考えたら…」
「そうだよ、俺は良いけど、アキトがいるんだからもう少しぐらい考えてくれても…」
どれだけ俺が厳しい視線を向けながら文句を言っても、どれだけ父が怖い顔を作って叱っても母はニコニコと笑っている。
「二人とも怪我はしなかったんだから良いじゃないか」
「「そういう問題じゃないだろう!」」
父と俺の言葉がきれいに重なった。
「えー大事だろう?そこは」
「大事だけどさ」
確かに俺にもアキトにも怪我はさせてないけれど、問題点はそこじゃないんだよ。
「待ってくれ、グレース。そもそも腕試しって何をやったんだ?」
「え、木の上で待ち伏せして弓矢で狙った」
「待ち伏せして弓矢で狙った…って…その…誰をだい?」
恐々と質問を重ねた父に、母は表情を変えた。
「ハルをだよ!さすがに初対面の伴侶候補を狙ったりはしないぞ!」
それは腕試しじゃなくてただの襲撃だろうと叫んだ母に、父はホッと息を吐いた。
「一応そこの判断は出来たのか…良かった」
「まあ。アキトを狙わなかったのは正しい判断だったよ」
もしアキトを狙ってたら、俺も冷静に対処できたかは分からないからな。
「でもアキト君にはきちんと謝る事!」
「…ん、分かった」
どうやらアキトに謝罪はしてくれるみたいだ。
そう考えた所で、俺はハッと顔をあげた。母がした事を父に説明したいと意気込んだせいで、長い間アキトを放置してしまった。
慣れない場所で一人きりにさせるなんてと慌てて視線を向ければ、そこにはファーガス兄さんとウィル兄さん、キースに囲まれて楽し気に話しているアキトの姿があった。
ああ、俺が紹介しなくてももう普通に盛り上がっているな。ファーガス兄さんが気を利かせて声をかけてくれたんだろうか。
それにしても――社交性の高い兄さん達はともかく、キースが普通に会話をしているのには少しだけ驚いてしまった。人見知りだから初対面の人は苦手なのにな。
どうやらアキトは俺の家族とも相性が良いらしい。
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