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811.【ハル視点】領主城に到着
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うねうねと曲がりくねった道を道なりに歩いていくと、遠くに領主城の門が見えてきた。トライプールの装飾の多い美しい門とはまた違った、無骨でどこまでも頑丈な門だ。
「やっと着いたね。疲れてない?」
階段から大通り、更にその後の森歩きだ。心配になって顔を覗き込んでみたけれど、アキトは大丈夫と笑みを浮かべて答えてくれた。
――うん、ごまかしてるとかじゃなくて、本当に大丈夫そうだな。
じっとアキトの様子を観察していると、不意に母が声をあげた。
「それじゃあ私はここで」
「え…?」
「アキト、また後でな」
戸惑うアキトにニッと笑った母は、勢いよく駆け出すと近くに生えていた巨大な木にしがみついた。そのままスルスルと驚くほどの速度で木を登っていく。木登りの得意な魔猿たちよりも素早い動きだな。
「えっと…なんで急に行っちゃったんだろう?」
呆然と母を見送ったアキトは、不思議そうに首を傾げながら俺を見上げてきた。
「ああ、あれは逃げたんだよ」
「逃げた…?」
「うん、きっと俺の腕試しのために勝手に抜け出してきたんだと思うよ」
伴侶候補と一緒に来るなら腕試しは後にしようと、父と兄たちは絶対に提案しただろう。それは俺への配慮とかじゃなく、あくまでも伴侶候補への気づかいとしてだろうが。後にするだけで腕試しをしないとならないのが、うちの家族らしい所だ。
おそらく母は、その提案を無視して勝手に抜け出してきたんだろう。だから怒られないように逃げた。これが答えで合っている筈だ。
まあ誤魔化すためにここで逃げたとしても、父にはきっちり報告させてもらうつもりだがな。アキトが怖がっていなかったから良いが、それはあくまで結果論だ。
そんな事を考えながらスタスタと無造作に足を進めれば、頑丈な門は音も立てずに開いていく。
アキトは領主城の要塞のような建物を真正面から見て、キラキラと目を輝かせている。あの本が愛読書なアキトだから、きっと本の事を思い出しているんだろうな。
ワクワクした様子で俺の後についてきたアキトは、門をくぐるなりずらりと並んだ執事や使用人たちの姿に驚いた様子で立ち止まった。
「おかえりなさいませ、ハロルド様。そしてようこそいらっしゃいました、伴侶候補様」
一歩前に出た執事は穏やかな声で挨拶をすると、そのまま深々と俺達に向かってお辞儀をした。周りに控えていたずらりと並んだメイド達も、揃ってスカートをかるくつまんだ挨拶を披露する。
辺境領のメイドたちは揃って戦闘能力が高いんだが、そんな事をかけらも感じさせない優雅な礼だった。
「ああ、ただいま。こちらが私の伴侶候補、アキト ヒイラギだ」
「アキト ヒイラギです。はじめまして」
「ご丁寧にありがとうございます。それではハロルド様、アキト様、こちらへどうぞ」
服装を整えるための部屋をご用意しておりますと声をかけられて、俺達は揃って移動することになった。
部屋に入って二人きりになるなり、アキトは困り顔で俺に尋ねてきた。
「さっきグレースさんに会った時、思いっきり普通の装備だったんだけど…あれって大丈夫だったの?」
「あれは急にやってきた母が悪いんだから、服装なんて全く気にしなくて良いよ」
それを言うなら、母なんてあの男物の鎧だったんだからな。
「それより、先にああいう事があるかもって話してなくてごめんね。腕試しは紹介してからだと思ってたから…俺もさすがに驚いたよ」
父と兄なら絶対に止めるだろうと思っていたから油断していた。
「驚かせてごめんね」
「ううん、気にしないで」
「あーあと、お手伝い勝手に断ってごめんね」
今は俺達はこの部屋に二人きりだが、実は案内された時には着替えの手伝いをするための使用人が何人も待機してくれていた。男性も女性も数人ずついて、この人が良いと指名もできますとまで言ってくれたんだが、俺の我儘で全員断った。
それを謝罪すれば、アキトはふるふると首を振った。
「着替えを手伝ってもらうのは俺も慣れてないから…断ってくれて良かったよ」
「そう言ってくれると助かるよ。ただの嫉妬なんだけどね」
着替えを手伝わせるのも嫌だが、何よりあの服を身につけたアキトは俺が一番最初に見たい。そんな我儘だ。
「そ、それじゃあ、お互い着替えよっか」
アキトはそう言いながら、二つあるついたての片方をそっと指差した。アキトはあっちで着替えるという意味だろう。
「そうだね。そうしようか」
手を振ってからついたての内側へと滑りこめば、そこには大きな鏡と魔道具の灯りが立っていた。服を置くためのテーブルもしっかりと用意されている。
俺はアキトの色を使って作った服の包みを取り出すと、そっとテーブルの上へと載せた。
「やっと着いたね。疲れてない?」
階段から大通り、更にその後の森歩きだ。心配になって顔を覗き込んでみたけれど、アキトは大丈夫と笑みを浮かべて答えてくれた。
――うん、ごまかしてるとかじゃなくて、本当に大丈夫そうだな。
じっとアキトの様子を観察していると、不意に母が声をあげた。
「それじゃあ私はここで」
「え…?」
「アキト、また後でな」
戸惑うアキトにニッと笑った母は、勢いよく駆け出すと近くに生えていた巨大な木にしがみついた。そのままスルスルと驚くほどの速度で木を登っていく。木登りの得意な魔猿たちよりも素早い動きだな。
「えっと…なんで急に行っちゃったんだろう?」
呆然と母を見送ったアキトは、不思議そうに首を傾げながら俺を見上げてきた。
「ああ、あれは逃げたんだよ」
「逃げた…?」
「うん、きっと俺の腕試しのために勝手に抜け出してきたんだと思うよ」
伴侶候補と一緒に来るなら腕試しは後にしようと、父と兄たちは絶対に提案しただろう。それは俺への配慮とかじゃなく、あくまでも伴侶候補への気づかいとしてだろうが。後にするだけで腕試しをしないとならないのが、うちの家族らしい所だ。
おそらく母は、その提案を無視して勝手に抜け出してきたんだろう。だから怒られないように逃げた。これが答えで合っている筈だ。
まあ誤魔化すためにここで逃げたとしても、父にはきっちり報告させてもらうつもりだがな。アキトが怖がっていなかったから良いが、それはあくまで結果論だ。
そんな事を考えながらスタスタと無造作に足を進めれば、頑丈な門は音も立てずに開いていく。
アキトは領主城の要塞のような建物を真正面から見て、キラキラと目を輝かせている。あの本が愛読書なアキトだから、きっと本の事を思い出しているんだろうな。
ワクワクした様子で俺の後についてきたアキトは、門をくぐるなりずらりと並んだ執事や使用人たちの姿に驚いた様子で立ち止まった。
「おかえりなさいませ、ハロルド様。そしてようこそいらっしゃいました、伴侶候補様」
一歩前に出た執事は穏やかな声で挨拶をすると、そのまま深々と俺達に向かってお辞儀をした。周りに控えていたずらりと並んだメイド達も、揃ってスカートをかるくつまんだ挨拶を披露する。
辺境領のメイドたちは揃って戦闘能力が高いんだが、そんな事をかけらも感じさせない優雅な礼だった。
「ああ、ただいま。こちらが私の伴侶候補、アキト ヒイラギだ」
「アキト ヒイラギです。はじめまして」
「ご丁寧にありがとうございます。それではハロルド様、アキト様、こちらへどうぞ」
服装を整えるための部屋をご用意しておりますと声をかけられて、俺達は揃って移動することになった。
部屋に入って二人きりになるなり、アキトは困り顔で俺に尋ねてきた。
「さっきグレースさんに会った時、思いっきり普通の装備だったんだけど…あれって大丈夫だったの?」
「あれは急にやってきた母が悪いんだから、服装なんて全く気にしなくて良いよ」
それを言うなら、母なんてあの男物の鎧だったんだからな。
「それより、先にああいう事があるかもって話してなくてごめんね。腕試しは紹介してからだと思ってたから…俺もさすがに驚いたよ」
父と兄なら絶対に止めるだろうと思っていたから油断していた。
「驚かせてごめんね」
「ううん、気にしないで」
「あーあと、お手伝い勝手に断ってごめんね」
今は俺達はこの部屋に二人きりだが、実は案内された時には着替えの手伝いをするための使用人が何人も待機してくれていた。男性も女性も数人ずついて、この人が良いと指名もできますとまで言ってくれたんだが、俺の我儘で全員断った。
それを謝罪すれば、アキトはふるふると首を振った。
「着替えを手伝ってもらうのは俺も慣れてないから…断ってくれて良かったよ」
「そう言ってくれると助かるよ。ただの嫉妬なんだけどね」
着替えを手伝わせるのも嫌だが、何よりあの服を身につけたアキトは俺が一番最初に見たい。そんな我儘だ。
「そ、それじゃあ、お互い着替えよっか」
アキトはそう言いながら、二つあるついたての片方をそっと指差した。アキトはあっちで着替えるという意味だろう。
「そうだね。そうしようか」
手を振ってからついたての内側へと滑りこめば、そこには大きな鏡と魔道具の灯りが立っていた。服を置くためのテーブルもしっかりと用意されている。
俺はアキトの色を使って作った服の包みを取り出すと、そっとテーブルの上へと載せた。
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