上 下
811 / 1,112

810.【ハル視点】襲撃犯

しおりを挟む
「全く…すこしぐらい考えて欲しかったんだが?」

 怒りを隠さずに低い声でそう続けてから、俺は目の前に立つ母をもう一度じろりと睨みつけた。睨まれた当の本人は、すこしも堪えた様子もなくただからりと笑って答えた。

「悪い悪い」
「返事が軽い!…アキトを怖がらせるような事をするなんて…」

 試しならもうすこし後でする事もできただろう。眉間にしわを寄せたまま、ぶつぶつと文句を口にしてしまったのは仕方ない事だと思う。

 改めてアキトに謝罪をしてもらうべきだろうかと考えていると、不意にアキトに視線を向けた母が面白そうに笑みを浮かべた。

「いや、怖がってはいないだろう?今も魔力を練っていつでも攻撃できるようにしてるぐらいだし」

 その言葉に驚いて視線を向ければ、確かにアキトの手には密度の高い魔力が練り上げられていた。いつでも攻撃に転じられる状態だ。

「本当だ…」

 さすがにこの人をアキトに攻撃させるわけにはいかないと、俺は慌てて口を開いた。

「あーアキト、驚かせてすまない。その魔力は散らしてくれるかな」

 魔法を放ってもきっと回避されるから攻撃する事自体はどうでも良いんだが、優しいアキトはきっと気にするからな。

 じっと俺の表情を観察してから、アキトは素直に魔力を散らしてくれた。心配そうな視線を向けられているんだが、今からこの人が母親だと説明しないといけないのか。そう思うと思わずため息が漏れてしまった。

「えっと…?」
「本当に驚かせてごめんね、アキト。―――この人はグレース」
「どうも、初めまして。グレースだ」
「あ、初めまして、アキトです」

 挨拶をされたからとぎこちないながらも反射的に挨拶を返すのが、なんともアキトらしいな。母にまっすぐ目を見つめられたアキトは、ハッと顔色を変えるとギギギと俺を振り返った。

 母の名前は知っていた筈だから、どうやら自力で答えに辿り着いてしまったらしい。ゆるりと首を傾げてもしかしてと言いたげな視線を向けてくるアキトに、俺はすぐに答えを告げた。

「うん、俺の母親だよ」
「え、えっと…待って?母…親…?」

 ああ、まあそうだよな。俺の母親は、ドレスを着ている時以外は男にしか見えない。しかも今身に着けている鎧は、性能が良いからと男物の鎧を使用しているから無理も無い。

 まじまじと観察してくるアキトを、母は楽し気に笑いながら見守っている。

「母親って…女性…?」

 混乱しすぎて口から漏れたといった様子の質問に、母はニッと笑って答えた。

「ああ、そうだな。一応性別的には女に分類されるぞ?」
「す、すみません!失礼な事を」
「いやいや、それは慣れてるから全く気にしなくて良いよ」

 それぐらい些細な事だと、母はおおらかに笑って答えた。性別を間違えられる事には慣れ切っているから、本気で気にしていないんだよな。

 それよりもと、俺は横から口を挟んだ。

「うん、まあ、普通の母親は息子を本気で攻撃しないからね」

 殺気こそ無かったけれど、あれは下手したら怪我をしていたぐらいの鋭い攻撃だった。怪我をしていたら、鍛錬不足だって言いながらポーションを飲まされるんだろうけどな。

「なんだよ、それぐらいいつもの事だろう?」
「まあそうだけど」
「それにしても、お前も強くなったな」

 そう楽し気に続けた母に、俺は苦笑を洩らした。認められるのは嬉しいな。

「ありがとう」
「そんな事より!まさか君がハルに対応を任せずに、即座に魔力を練るとは思ってなかったよ」
「う…すみません」

 とんでもない事をしてしまったと言いたげなアキトの反応を、母は楽し気に笑い飛ばした。そうそう、そんな事を気にするような人じゃないからな。

「謝らなくて良いさ。ハルを守ろうとしてくれたんだろう?そこまで大事にしてくれるっていうのは、親としては嬉しい事だよ」

 うん、確かに。アキトは俺を守ろうとして行動してくれていたって事だよな。さすが俺の惚れ込んだアキトだ。

 それにしても我が家で一番見る目が厳しいのはこの母親なんだが、どうやらアキトをかなり気に入ったようだ。

「私は君を心から歓迎するよ、アキトと呼んでも?」
「あ、はい、もちろんです」
「私の事はグレースと呼んでくれ」

 名前呼びまで自分から取り付けているあたり、これはかなり本気だな。レーブンの心配は現実の物になるかもしれない――な。

「グレースさんですね」
「よし、それじゃあ歓迎の準備はできてるから行こうか」

 母はそう言うと、俺達の前を悠々と歩き出した。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...