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809.【ハル視点】森歩きと襲撃
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アキトは戸惑った様子でうろうろと視線を動かしてから、じっと森を見つめた。
ああ、そういえば――領主城は森の向こうにあると説明するのを忘れていたな。辺境領にある危険についてはしつこいぐらい説明したが、それ以外の事はきちんと説明できていなかった。
アキトが俺の実家に来てくれるのが嬉しくて、すこし浮かれすぎていたかもしれない。
密かに反省しながら、俺はそろりと振り返ったアキトに話しかけた。
「領都ウェルマールは他の地域と違って、城壁内で食べ物がまかなえるように森を残してあるんだ」
他の地域ではあまり見ないからその反応も無理は無いねと声をかければ、アキトはホッとした様子で笑みを浮かべている。
「この森の中には果樹園や畑、それに家畜を育てている場所もあるんだ」
「へー森がある理由は分かったんだけど…門とか門番さんとかは――いないの?」
ゆるりと首を傾げたアキトに、俺は笑って答えた。
「ここにはまだいないね。一応城の近くにはいるよ、さすがに」
まあ必要かと言われると、すこし疑問は残るけどな。領主城はこの街で一番強い人達が集合している、おそらくこの街で一番安全な場所だから。
「手を加えて育てている農園や牧場のものはきちんと管理されているんだけど、それ以外の森の恵なんかは、普通に領民たちが採りに来る事が許されてるんだ」
貴族らしく無いとかもっと安全面を考えろとか、他の領主からはバカにされたり怒られる事もある規則だ。
だが俺の説明を聞いたアキトは、楽し気に笑みを浮かべた。
「そっか、おおらかで良いね」
「そう思う?」
「うん。壁の中で森の恵が手に入るなら、こども達だって楽しめる遊び場なんでしょう?」
「アキトらしい感想だね。もっと貴族らしくしろって怒られる事もあるんだよ」
「そうなんだ」
なんでだろうと心底不思議そうなアキトの表情の変化が、たまらなく愛おしい。ああ、このまま手を繋いで進みたい所だけれど、さすがにそれは駄目だな。
このまま森を進めば、足場だって悪くなるからな。俺の我儘でアキトに怪我をさせたくは無い。名残惜しいけれど一度きゅっと力を込めてから、俺はそっとアキトの手を離した。
「魔物はさすがに出ないけど、ここからは森だから」
手を繋いでると危険だからねと続ければ、アキトはうんと素直に一つ頷いてくれた。
二人並んで森の道を歩いてみると、普段よりもきちんと手入れがされている事に気がついた。いつもなら道にはみ出すようにして伸びている枝や草が、一切ない。おそらく俺が伴侶候補を連れて帰ってくるからと、数日かけてきちんと手入れをしてくれたんだろうな。
父親の配慮か、それとも執事の優しさだろうか。おかげでアキトも歩きやすそうだ。
後でお礼を言わないとなと考えながら歩いていると、不意にアキトが声をあげた。
「あ、これってチピの実?」
「ああ、本当だ」
ちょうどその季節かなんて言い合いながら、アキトと二人でゆっくりと歩いていく。
さすがに採取はしていないんだが、図鑑を見なくても素材の名前がぽんぽん出てくるのには感心してしまう。本当に良い冒険者になったな。
森にある素材について喋っている間に、気づけば領主城へと続く道の分岐点まで辿り着いた。
「領主城はこの道の先だよ」
あと少しだからもう少し頑張ってと声をかけて更に森の奥へと進んでいくと、不意に風を切るような音が聞こえてきた。弓矢の音だと一瞬で判断して、俺は即座に腰の剣を抜いた。
アキトとの素材談義が楽しすぎて、気配探知がおろそかになっていたようだ。油断を突かれた事を猛省しながら、飛んできた弓矢を切り捨てる。
すぐさま気配探知を強化すれば、少し先の木の上に潜んでいる事が分かった。
あー、うん。この気配は知ってるな。気が緩んでいたとはいえ、気配探知にかからずに攻撃してきた時点である程度予想はできていたが、やっぱりか。
じろりと睨みつければ、返答がわりの弓矢が飛んできた。それをすかさず切り落とせば、今度は剣を持つ手を狙って射ってくるあたり性質が悪い。だが、すくなくともアキトを攻撃するつもりは無さそうだな。
すこしだけ安堵しながらも更に二本の矢を切り落とした所で、俺は思いっきり声を張り上げた。
「……アキトを狙ってないから許してたけど、いい加減にしろよ!」
低い声でいつまでやるんだとぼそりと呟いた俺は、腕輪から取り出した投げナイフを力いっぱい投的した。出来うる限り一番の早さで放った渾身の攻撃だったが、次の瞬間にはキンッと甲高い音が鳴った。
やっぱり防がれたか。
次のナイフを取り出そうとした瞬間、この場には不釣り合いな楽し気な笑い声が聞こえてきた。
どうやら試しは終了したらしい。
「出て来い」
「分かった分かった。よ、ハルー久しぶり!腕を上げたな!」
「…言い訳があるなら聞くが?」
「言い訳?城が近くなって一番油断してる所を狙ったら、どんな反応をするのかなーってだけだけど?」
あっさりと答えられて、俺はうと言葉に詰まった。
ああ、そういえば――領主城は森の向こうにあると説明するのを忘れていたな。辺境領にある危険についてはしつこいぐらい説明したが、それ以外の事はきちんと説明できていなかった。
アキトが俺の実家に来てくれるのが嬉しくて、すこし浮かれすぎていたかもしれない。
密かに反省しながら、俺はそろりと振り返ったアキトに話しかけた。
「領都ウェルマールは他の地域と違って、城壁内で食べ物がまかなえるように森を残してあるんだ」
他の地域ではあまり見ないからその反応も無理は無いねと声をかければ、アキトはホッとした様子で笑みを浮かべている。
「この森の中には果樹園や畑、それに家畜を育てている場所もあるんだ」
「へー森がある理由は分かったんだけど…門とか門番さんとかは――いないの?」
ゆるりと首を傾げたアキトに、俺は笑って答えた。
「ここにはまだいないね。一応城の近くにはいるよ、さすがに」
まあ必要かと言われると、すこし疑問は残るけどな。領主城はこの街で一番強い人達が集合している、おそらくこの街で一番安全な場所だから。
「手を加えて育てている農園や牧場のものはきちんと管理されているんだけど、それ以外の森の恵なんかは、普通に領民たちが採りに来る事が許されてるんだ」
貴族らしく無いとかもっと安全面を考えろとか、他の領主からはバカにされたり怒られる事もある規則だ。
だが俺の説明を聞いたアキトは、楽し気に笑みを浮かべた。
「そっか、おおらかで良いね」
「そう思う?」
「うん。壁の中で森の恵が手に入るなら、こども達だって楽しめる遊び場なんでしょう?」
「アキトらしい感想だね。もっと貴族らしくしろって怒られる事もあるんだよ」
「そうなんだ」
なんでだろうと心底不思議そうなアキトの表情の変化が、たまらなく愛おしい。ああ、このまま手を繋いで進みたい所だけれど、さすがにそれは駄目だな。
このまま森を進めば、足場だって悪くなるからな。俺の我儘でアキトに怪我をさせたくは無い。名残惜しいけれど一度きゅっと力を込めてから、俺はそっとアキトの手を離した。
「魔物はさすがに出ないけど、ここからは森だから」
手を繋いでると危険だからねと続ければ、アキトはうんと素直に一つ頷いてくれた。
二人並んで森の道を歩いてみると、普段よりもきちんと手入れがされている事に気がついた。いつもなら道にはみ出すようにして伸びている枝や草が、一切ない。おそらく俺が伴侶候補を連れて帰ってくるからと、数日かけてきちんと手入れをしてくれたんだろうな。
父親の配慮か、それとも執事の優しさだろうか。おかげでアキトも歩きやすそうだ。
後でお礼を言わないとなと考えながら歩いていると、不意にアキトが声をあげた。
「あ、これってチピの実?」
「ああ、本当だ」
ちょうどその季節かなんて言い合いながら、アキトと二人でゆっくりと歩いていく。
さすがに採取はしていないんだが、図鑑を見なくても素材の名前がぽんぽん出てくるのには感心してしまう。本当に良い冒険者になったな。
森にある素材について喋っている間に、気づけば領主城へと続く道の分岐点まで辿り着いた。
「領主城はこの道の先だよ」
あと少しだからもう少し頑張ってと声をかけて更に森の奥へと進んでいくと、不意に風を切るような音が聞こえてきた。弓矢の音だと一瞬で判断して、俺は即座に腰の剣を抜いた。
アキトとの素材談義が楽しすぎて、気配探知がおろそかになっていたようだ。油断を突かれた事を猛省しながら、飛んできた弓矢を切り捨てる。
すぐさま気配探知を強化すれば、少し先の木の上に潜んでいる事が分かった。
あー、うん。この気配は知ってるな。気が緩んでいたとはいえ、気配探知にかからずに攻撃してきた時点である程度予想はできていたが、やっぱりか。
じろりと睨みつければ、返答がわりの弓矢が飛んできた。それをすかさず切り落とせば、今度は剣を持つ手を狙って射ってくるあたり性質が悪い。だが、すくなくともアキトを攻撃するつもりは無さそうだな。
すこしだけ安堵しながらも更に二本の矢を切り落とした所で、俺は思いっきり声を張り上げた。
「……アキトを狙ってないから許してたけど、いい加減にしろよ!」
低い声でいつまでやるんだとぼそりと呟いた俺は、腕輪から取り出した投げナイフを力いっぱい投的した。出来うる限り一番の早さで放った渾身の攻撃だったが、次の瞬間にはキンッと甲高い音が鳴った。
やっぱり防がれたか。
次のナイフを取り出そうとした瞬間、この場には不釣り合いな楽し気な笑い声が聞こえてきた。
どうやら試しは終了したらしい。
「出て来い」
「分かった分かった。よ、ハルー久しぶり!腕を上げたな!」
「…言い訳があるなら聞くが?」
「言い訳?城が近くなって一番油断してる所を狙ったら、どんな反応をするのかなーってだけだけど?」
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