生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
810 / 1,179

809.【ハル視点】森歩きと襲撃

しおりを挟む
 アキトは戸惑った様子でうろうろと視線を動かしてから、じっと森を見つめた。

 ああ、そういえば――領主城は森の向こうにあると説明するのを忘れていたな。辺境領にある危険についてはしつこいぐらい説明したが、それ以外の事はきちんと説明できていなかった。

 アキトが俺の実家に来てくれるのが嬉しくて、すこし浮かれすぎていたかもしれない。

 密かに反省しながら、俺はそろりと振り返ったアキトに話しかけた。

「領都ウェルマールは他の地域と違って、城壁内で食べ物がまかなえるように森を残してあるんだ」

 他の地域ではあまり見ないからその反応も無理は無いねと声をかければ、アキトはホッとした様子で笑みを浮かべている。

「この森の中には果樹園や畑、それに家畜を育てている場所もあるんだ」
「へー森がある理由は分かったんだけど…門とか門番さんとかは――いないの?」

 ゆるりと首を傾げたアキトに、俺は笑って答えた。

「ここにはまだいないね。一応城の近くにはいるよ、さすがに」

 まあ必要かと言われると、すこし疑問は残るけどな。領主城はこの街で一番強い人達が集合している、おそらくこの街で一番安全な場所だから。

「手を加えて育てている農園や牧場のものはきちんと管理されているんだけど、それ以外の森の恵なんかは、普通に領民たちが採りに来る事が許されてるんだ」

 貴族らしく無いとかもっと安全面を考えろとか、他の領主からはバカにされたり怒られる事もある規則だ。

 だが俺の説明を聞いたアキトは、楽し気に笑みを浮かべた。

「そっか、おおらかで良いね」
「そう思う?」
「うん。壁の中で森の恵が手に入るなら、こども達だって楽しめる遊び場なんでしょう?」
「アキトらしい感想だね。もっと貴族らしくしろって怒られる事もあるんだよ」
「そうなんだ」

 なんでだろうと心底不思議そうなアキトの表情の変化が、たまらなく愛おしい。ああ、このまま手を繋いで進みたい所だけれど、さすがにそれは駄目だな。

 このまま森を進めば、足場だって悪くなるからな。俺の我儘でアキトに怪我をさせたくは無い。名残惜しいけれど一度きゅっと力を込めてから、俺はそっとアキトの手を離した。

「魔物はさすがに出ないけど、ここからは森だから」

 手を繋いでると危険だからねと続ければ、アキトはうんと素直に一つ頷いてくれた。



 二人並んで森の道を歩いてみると、普段よりもきちんと手入れがされている事に気がついた。いつもなら道にはみ出すようにして伸びている枝や草が、一切ない。おそらく俺が伴侶候補を連れて帰ってくるからと、数日かけてきちんと手入れをしてくれたんだろうな。

 父親の配慮か、それとも執事の優しさだろうか。おかげでアキトも歩きやすそうだ。

 後でお礼を言わないとなと考えながら歩いていると、不意にアキトが声をあげた。

「あ、これってチピの実?」
「ああ、本当だ」

 ちょうどその季節かなんて言い合いながら、アキトと二人でゆっくりと歩いていく。

 さすがに採取はしていないんだが、図鑑を見なくても素材の名前がぽんぽん出てくるのには感心してしまう。本当に良い冒険者になったな。

 森にある素材について喋っている間に、気づけば領主城へと続く道の分岐点まで辿り着いた。

「領主城はこの道の先だよ」

 あと少しだからもう少し頑張ってと声をかけて更に森の奥へと進んでいくと、不意に風を切るような音が聞こえてきた。弓矢の音だと一瞬で判断して、俺は即座に腰の剣を抜いた。

 アキトとの素材談義が楽しすぎて、気配探知がおろそかになっていたようだ。油断を突かれた事を猛省しながら、飛んできた弓矢を切り捨てる。

 すぐさま気配探知を強化すれば、少し先の木の上に潜んでいる事が分かった。

 あー、うん。この気配は知ってるな。気が緩んでいたとはいえ、気配探知にかからずに攻撃してきた時点である程度予想はできていたが、やっぱりか。

 じろりと睨みつければ、返答がわりの弓矢が飛んできた。それをすかさず切り落とせば、今度は剣を持つ手を狙って射ってくるあたり性質が悪い。だが、すくなくともアキトを攻撃するつもりは無さそうだな。

 すこしだけ安堵しながらも更に二本の矢を切り落とした所で、俺は思いっきり声を張り上げた。

「……アキトを狙ってないから許してたけど、いい加減にしろよ!」

 低い声でいつまでやるんだとぼそりと呟いた俺は、腕輪から取り出した投げナイフを力いっぱい投的した。出来うる限り一番の早さで放った渾身の攻撃だったが、次の瞬間にはキンッと甲高い音が鳴った。

 やっぱり防がれたか。

 次のナイフを取り出そうとした瞬間、この場には不釣り合いな楽し気な笑い声が聞こえてきた。

 どうやら試しは終了したらしい。

「出て来い」
「分かった分かった。よ、ハルー久しぶり!腕を上げたな!」
「…言い訳があるなら聞くが?」
「言い訳?城が近くなって一番油断してる所を狙ったら、どんな反応をするのかなーってだけだけど?」

 あっさりと答えられて、俺はうと言葉に詰まった。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...