上 下
806 / 1,112

805.顔合わせのご挨拶

しおりを挟む
「お会いできて光栄です」

 本物だーなんて考えながらも、咄嗟にそう返せたのは運が良かったかもしれない。

「ねえ、礼儀作法にのっとったやりとりはもう終わりにしませんか?」

 不意にそう声をあげたのは、ケイリーさんの隣に並んで立っているドレスを着た女性だった。赤茶色の髪を美しく結い上げているその女性は、太陽に照らされた木々のような緑の瞳で俺とハルをじっと見つめている。

 あれって、グレースさん…だよね?さっきまではショートカットに鎧だったのに、今はドレスに結い上げた髪、うっすらとお化粧まで施されている。こうして見るとすごく美人な人だったんだな。

 声と話し方もさっきと違ってすごく女性的だ。

 ケイリーさんは驚いた様子で、大きく目を見開いてグレースさんを見つめていた。

「グレース…?」
「アキトは別にそういう作法とかにうるさくないから」

 大丈夫大丈夫と笑って答えたグレースさんは、もうさっき会った時と同じようなくだけた喋り方だった。見た目は美しい女性なのに、喋り方は男性的ですこしだけ違和感がある。

「…ちょっと待て、グレース。なぜ君がそれを知ってるんだ?」
「えー?」
「ハル、もしかして…」

 ケイリーさんは困り顔でハルに視線を向ける。

「ああ、来たよ、俺の腕試しに」
「あ、バラすなよ、ハル!」

 グレースさんが口止めをしようとするけれど、ハルはバラすに決まってるだろと普通に返している。

「今回は伴侶候補が一緒に来るんだから、腕試しは挨拶の後にって皆で決めただろう?」
「決めたけどさーそう考える裏をかかないと意味が無いだろ?」
「裏をかくって…」
「実際、ハルもそう考えてたから油断しきってたし」
「あー…うん。確かに油断はしてたな」
「一番油断した所を狙った方が、意味があるだろ」
「いや、そうは言っても、アキト君の立場になって考えたら…」
「そうだよ、俺は良いけど、アキトがいるんだからもう少しぐらい考えてくれても…」

 厳しい視線を向けて文句を言うハルと、怖い顔で叱るケイリーさんに詰め寄られても、グレースさんはニコニコと笑って流している。

「二人とも怪我はしなかったんだから良いじゃないか」

 あの迫力を前にしてそう言いきれるって、すごいな。グレースさんは強い人だ。ハルだけを狙って攻撃してきた事に腹を立ててたけど、あれが家族では当たり前の腕試しだって言われたら文句なんて言えないし。

 そんな事を考えなからハルとご両親のやりとりを眺めていると、後ろからそっと声をかけられた。
 
「アキトくん、騒がしくてすまないね」

 穏やかな声に慌てて振り返れば、そこにはハルとそっくりな風貌の男性が立っていた。身長はたぶんハルと同じぐらいだけど、身体の厚みはハルよりもありそうだ。キリリと引き締まった表情が、クールな雰囲気によく似合っている。

「はじめまして。私はファーガス、ハルの一番上の兄だ」
「はじめまして、アキトと言います」

 この人が五歳も上なのにたまに双子に間違われるってハルが言ってたお兄さんか。

「ハルの伴侶候補に会える日が来るとは思ってなかったよ、これからよろしく」

 ファーガスさんはそう言うなり、ふわりと笑みを浮かべた。あ、ハルと同じ笑い方だ。

「こちらこそよろしくおねがいします」
「あ、ファ―ガス兄さんが抜け駆けしてるー!アキト君、久しぶり」

 ひょこっとファーガスさんの後ろから顔を出しながら軽い口調で声をかけてくれたのは、船の上でも会ったハルの二番目のお兄さんウィリアムさんだ。

「ウィリアムさん、お久しぶりです!」
「船で会った時から、君がハルの伴侶候補になってくれたら良いのにーって思ってたんだ」

 あの後すぐに伴侶候補になったんだって?とニコニコ笑顔で尋ねられた俺は、照れながらもこくりと頷いた。

「はい、あの船の上で…」
「そっかそっかー」
「兄様たち、僕も挨拶したい…です」

 聞こえてきた小さな声にそっと視線を下げれば、ウィリアムさんの腰に後ろから抱き着くようにして立っている少年の姿が見えた。

「こんにちは」
「…こんにちは」

 顔の見えない少年にとりあえずそう挨拶をしてみれば、照れくさそうに笑いながら少年は顔を見せてくれた。

 うわーすっごい美少年だ。

 金髪の髪の毛はすこし癖があるのかふわふわとあちこちにはねていて、上目遣いに見つめてくる目はグレースさん譲りの新緑の色だ。絵画とかで天使を描く時のモデルができそうな美少年って言ったら、通じるかな。

「はじめまして、アキトです」

 できるだけ優しい声で話しかければ、少年は嬉しそうに笑みを返してくれた。

「僕はキースといいます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」

 きっと照れ屋なんだろうなと分かるのに、それでも頑張って挨拶してくれたのが嬉しい。可愛いなぁと微笑みながら見つめていると、ファーガスさんとウィリアムさんの手が優しくキースくんの頭を撫でた。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...