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804.惚れ直す

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 なんとか着替えを終えて大きな鏡を覗き込んだ俺は、視界に飛び込んできた自分の姿に思わず息を呑んだ。ハルが選んでくれた俺のための服は、自分で言うのもなんだけど驚くほどよく似合っている。

 真っ白な礼服なんて俺には着こなせないんじゃないかと心配してたけど、予想外にしっくりきている。それに袖やえりの隅に入れられている金色と紫色の刺繍が、良いアクセントになっている。

 ハルのセンスってすごいなと感心していると、ついたての向こうから声が聞こえてきた。

「アキト、どう?着替え終わった?」
「うん!」
「…じゃあこっちに出てきて。あの服を着たアキトを、俺に見せて?」

 お願いと続きそうな優しい声でそんな風に促されると、なんだか恥ずかしい。

 でも自分でも似合ってると思えたんだから、堂々と出ていくしかないか。

 どう?と軽い感じで聞いてみようかななんて思っていた俺は、ついたてから一歩出るなり視界に飛び込んできたハルの姿に固まってしまった。

 真っ黒で少しツヤのある布に黒と茶色の刺繍がびっしりと入ったその服は、一見して俺の物と対になっているんだなと分かる。

 でも服の作りは全く違っていた。俺の服が華奢な身体を美しく魅せるための形だとしたら、ハルの服はあの見事な筋肉や体格を引き立てるための形だ。

「…っ!」

 どうしよう。格好良い。すごくすごく格好良い。ハルには黒よりも白が似合うんじゃないかなと思ってたけど、そんな事は全く無かったな。黒い服だとハルの色気が更に増すような気すらする。

 絶句する俺の前で、ハルも俺と同じように大きく目を見開いて固まっていた。

 お互いがお互いをただまじまじと見つめる時間が過ぎてから、ハルは優しく目を細めて近づいてきた。

「アキト、よく似合ってる。惚れ直した」
「ハルの方こそ、すっごく格好良いよ」

 俺も惚れ直したと囁けば、ハルは嬉しそうに笑みをこぼした。

「あー、このままアキトを抱きしめて俺の部屋に連れていきたいな」
「ハルのご家族に挨拶はさせて欲しいな」
「うん、分かってるんだけどね」

 想像以上に似合ってるから、誰にも見せたくないと思ってとハルは笑って続けた。

 うん、その気持ちは分かるよ。ハルの家族に会うためだから余裕でいられるけど、もしこれから街中をこんな格好良いハルが歩くって言われたら、俺も絶対見せたくないと思う。

「そうも言ってられないから、髪、整えようか」

 ハルはそう言って小さな櫛を取り出すと、俺の髪に手を伸ばした。



 しっかりと二人揃って身なりを整えてから、俺達は今執事さんの案内で城の中の長い廊下を歩いている。

 そこかしこに置かれている絵画や鎧、剣などの飾りをゆったりと眺めながら、俺達はゆっくりと廊下を進んでいく。

 こういう場所は飾られているものを鑑賞しながら歩くのがマナーだと事前に聞いていたんだけど、これがまた想像以上に楽しいんだ。

 例えばそこにある絵画。三人の子どもたちがおすましして並んでいる絵なんだけど、描かれているのは金髪と紫の目のこどもが二人と、茶髪に紫の目のこどもが一人だ。たぶんだけどこの左端にいる小柄な子が、幼い頃のハルだと思うんだ。

 次に飾られていた夕陽に照らされた長い壁の絵は、きっと辺境領の壁を描いたものだよね。

 それにさっき飾られていた鎧と剣は、あのケイリー・ウェルマールの冒険で表紙に描かれていたものだ。

 うーん、楽しい。あの部屋から出た時はいよいよハルのご家族と対面かと緊張してた筈なのに、今はただ楽しんで廊下を歩いてる。

 ちょっとリラックスし過ぎかなと心配になってきた所で、執事さんはぴたりと足を止めた。

「ハル様、アキト様、こちらです」

 ハルと俺の顔を順番に見つめた執事さんは、そっとドアを開いてくれた。

「どうぞお入り下さい」

 失礼しますと声をかけて入室したハルに続いて足を踏み入れれば、大きな暖炉のある立派な部屋の中には何人かの人が並んで立っているのがちらりと見えた。

「父上、母上、ハロルドが伴侶候補を連れて戻ってまいりました」

 すっと胸の前で騎士の礼をしたハルの横に、寄り添うように立ってぺこりと頭を下げる。声をかけられるまではこのままだったよね。

「よくぞ帰った。そしてようこそ、ハロルドの伴侶候補殿」

 艶のある低音で優しく声をかけられた俺は、そこですっと頭をあげる。ここまでは決まり通りの会話と行動だ。

「ご紹介します。私の伴侶候補、アキト ヒイラギです」
「はじめまして、アキト ヒイラギと申します」

 ぎこちないながらも何とか挨拶の言葉を口にすれば、視線があった壮年の男性はニッコリと優し気な笑みを浮かべた。ハルと同じ金髪に、ハルより少し薄い紫色の瞳。現役で戦う人だと一目で分かる筋肉質な男性の名前は、聞くまでもなかった。

「私がこの家の家長、辺境領伯ケイリー・ウェルマールだ」

 うわー本物だーと最初に思った俺は、ちょっとあの本のファン過ぎたかもしれない。
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