上 下
801 / 1,112

800.街並みを抜けて

しおりを挟む
 ハルもさすがに今の二人は気になったみたいで、すこしもの言いたげに俺を見たけれど何も言わずにふうと一つ息を吐いた。人目があるから話題にしちゃ駄目だって、思い直してくれたんだろうな。

 察しの良いハルらしい。

「アキト、行こうか」
「うん」

 何事もなかったかのように市場から出てまた大通りを進んでいけば、そこからはゆるやかに傾斜した道が続いていた。登り坂ではあるけど、さっきの階段と比べたらただの散歩道みたいだ。

 そういえば比較的小さ目なタイルみたいなのが敷かれている他の街とは違って、この街の道は大きな一枚の石が使われてるな。

 これも何か魔物対策とかだったりするんだろうか。歩きやすくて俺は好きだけど。

 そんな事を考えながら歩いていけば、不意にハルが立ち止まった。

「あそこに見えるのがこの街の冒険者ギルドだよ」

 そう言いながら、ハルは見るからに頑丈な要塞のような見た目の建物をそっと指差した。

「いかつい…」

 思わず口から漏れた俺の感想に、ハルは楽し気に笑った。

「トライプールと比べたらね」

 うん。トライプールのは冒険者ギルドらしい見た目と、酒場っぽさが混在してるもんな。街に溶け込んでる感はトライプールの方があるけどね。

「あそこはいざという時の攻撃拠点なんだ」

 もし街中まで魔物に侵入された時に、戦う拠点にするための建物なんだって。だからあんなに要塞みたいな雰囲気なのか。ちなみに街中にはいくつかそういう建物があるらしい。

 そういう所も色々考えられてるんだなと感心しながら、もう一度ギルドに視線を向ける。えっと、うん、建物の前の道にいる存在感のある幽霊が、気になって仕方ない。

「あーもう!どこにいるんだよぉぉぉぉぉぉ!?」

 何故か力いっぱいそんな言葉を叫んでいるのは、ムキムキマッチョなお兄さんだ。きっちりとサイズのあった装備を全身に身に着けていて、冒険者っぽい雰囲気の幽霊だ。

「ぜってぇ俺が見つけるぅぅぅぅぅ!」

 全力で叫びながら走り去るお兄さんの声が、どんどん遠ざかっていく。うーん、幽霊にこの表現は変かもしれないけど、なんだか元気な人だな。

「えっと…、次はこっち…なんだけど…」

 ハルも俺と同じものを見て聞いてるから、案内の言葉もとぎれとぎれになってきている。すごく気持ちは分かるよ。俺も絶対ハルの説明に集中しきれてないもんね。

 二人で手を繋いで更に歩いていくと、ハルが不意に視線を上げた。

「あそこに見えてるのが商業組合の建物だよ。さっき他にもあるって言ってた攻撃拠点の一つなんだ」

 そう言ってハルが指差した建物は攻撃拠点というだけあって建物自体はやっぱりいかつかったけど、美しい模様の入った布が両脇に垂れ下がっていた。

「あ、でも何かこっちは雰囲気が違う。あの布も綺麗だね」
「これは辺境領の名産の布なんだ」

 あの布は、魔物から取れる糸を使って編まれた織物らしい。建物の中はその織物を使った布や服、布製品なんかを売ってる場所なんだって。

「え、それは気になる」
「よし、ここも帰る前に来ようか」

 木工品のお店に果物のお店、それに市場と布製品の商業組合か。行きたい所がいっぱいあって嬉しいな。

「これだけ探しても見つからないなんて…」

 不意に近くから聞こえてきた声に、俺はちらりと視線だけを動かした。うん、やっぱりまた幽霊だね。

 愁いを帯びた表情でぽつりとそう呟いた女性は、元の世界なら女優業が出来そうな程の美女だった。

「そう簡単では無いという事だろうが、諦めなければ可能性はまだある。俺もあの人達を…悲しませたくはないんだがな…」

 そんな美女を慰めているのは、男の色気満載のナイスミドルな男性だ。落ち着いた物腰だが、その声色からは深い悲しみを感じる。すごくお似合いの二人だな。幽霊だけど。

「アキト、行こうか」
「うん、買い物はまた今度ゆっくりね」

 そう言い合いながら、俺達は足早にそこを後にした。



 そこからもそれはもう色んな幽霊に遭遇したよ。姉さんと呼びたいぐらいカリスマ性のありそうなお姉さんに率いられた数人の男の霊とか、商人らしき頭の良さそうな幽霊たちとか、無言のままきょろきょろと視線だけを動かしている戦士らしき幽霊とか。

 みんな揃って何か…誰か?を探してるっぽいんだけど、これだけの人の心残りが同じ事って事もないよね。なんだかすこし不思議だけど、害はないからまあ良いか。

 すっかり慣れてきたのか、ハルも一切反応はせずに普通に案内を続けてくれてる。

「ここから先は領主城の敷地内だよ」

 ハルがそう言ったのは、大通りを上りきった先にある巨大な森の入口だった。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

処理中です...