797 / 899
796.【ハル視点】ロイ師匠
しおりを挟む
もしアキトがすこしでも嫌そうな素振りを見せていたら、きっと彼らは一瞬で衛兵としての態度に戻っていただろう。明るい笑みを作って、紳士的な対応をして、敬語で話す。ここにいるのは、それぐらいの事は軽くできる人達ばかりだからな。
だがアキトが嫌がっていないと分かったから、もう遠慮も何もなくなってしまった。すっかり取り繕う事をやめて素を隠さなくなった衛兵たちは、あっという間に俺達を取り囲んだ。
「ハル、おまえ、もっと頻繁に帰ってこいよ」
「いや、トライプールでも忙しくしてるから無理だ」
「というか、いつの間に伴侶候補見つけたんだ?俺はまだなのに」
「羨ましいか?」
「羨ましいに決まってるだろうが!」
ぽんぽんと飛んでくる言葉に笑いながら言い返せば、楽し気な笑い声が返ってくる。
「なあ、見た目も綺麗だけど、性格も良さそうだよな」
「ああ、まあな」
「まさかハルに伴侶候補ができて、お祝いできる日が来るとはな…」
「あー…正直、俺が一番驚いてるよ」
惚気ても良いんだぞーなんて言われながら、ふと視線を向ければ隣にいた筈のアキトがいなかった。周りを囲まれている間に、俺が移動してしまったのか。
会話を続けながらもうろうろと視線を彷徨わせてみれば、少し離れた場所でよりによってロイ師匠と話し込んでいるのが見えた。
整列していた時点では師匠がいると分かっていたのに、今の今まで存在を忘れていた。相変わらず驚くほど気配を消すのが上手い人だ。
わざわざ気配を消してアキトに近づいてまで、一体何を話しているんだろう。
「なあ、トライプールの…」
「ちょっとすまない!」
慌てて会話を遮った俺は人ごみをかき分けながら、すぐにアキトと師匠の所へと向かった。
なんだよと言っていた衛兵たちも、俺の向かう先を見ると苦笑を浮かべて黙ってくれた。
「…アキトに何か?」
思ったよりも硬い声が出た事に、自分でも驚いた。わざわざ気配を消して近づいたんですよね?と視線に込めてみつめれば、師匠はいやいやと苦笑を浮かべた。
「弟子の伴侶候補とちょっと話してただけだよ」
「弟子…?」
不思議そうに首を傾げているアキトには、ちゃんと説明しないとな。
「ああ、俺の剣の師匠だよ」
ハルの!?とびっくり顔で見つめるアキトに、師匠はそうなんだと笑って答えた。
「それで、何の話を?」
「たいした話はしてないぞ。ただ前に会った時よりもハルの肩の力が抜けたように見えたから、どんな伴侶候補なのかなと気になっただけだ」
師匠は戦闘面での相性も良いんだって聞いたぞとさらりと続けた。ああ、そういう質問をしていただけなのか。ちらりと視線を向ければ、アキトもこくりと小さく頷いてくれた。
それにしても肩の力が抜けていると言われるとは思わなかったな。
「肩の力…抜けてますか?」
「ああ、前よりも自然体になってるな。それに前よりも強くなった」
あっさりとそう続けられた師匠の言葉があまりにも信じられなくて、思わず目を見張って固まってしまった。
「師匠に褒められた…」
ぽつりと呟いたのは無意識のうちだった。
「人聞きが悪いな。いつも褒めてただろう?」
「上手くなったとかは言われましたけど、強くなったは初めて言われましたよ」
「そうだったか?」
そんな事はないと思うがと、師匠は首を傾げた。そんな事あるんですよ。
そうか。師匠から見て強くなったと言われるほどの変化があったのか。それも、アキトのおかげで。そう思うと嬉しいような照れくさいような複雑な心境だ。
すこし頬が熱い気がするなと考えていると、不意に他の衛兵がアキトの顔をひょいっと覗き込んだ。どうやら、俺が近いと怒らないギリギリの距離を狙っているようだ。
「アキトくんって、辺境領の出身じゃないよな?」
「はい、違いますね」
アキトが素直に質問に答えた瞬間、部屋の中がしんと静まり返った。
「じゃあ、もしかして…辺境領に来るのは初めてかい?」
「…はい」
あーこれは…きっといつものあれが始まるな。他の土地から来たならぜひここに行ってくれという、辺境領の良い所自慢だ。
先にアキトに教えておいた方が良いかと考えた俺が口を開くよりも前に、わっと部屋の中が一気に賑やかになった。
間に合わなかったか…ごめん、アキト。
「初めて来たなら、やっぱり木彫りの店だな!」
「は?最初は他の地域には無い、珍しい果物一択だろうが!果物屋に行くべきだ!」
斧を背負った前衛のミルシュと弓を背負った後衛のメンクは、一歩も引かずに主張しながら睨みあいを始めてしまった。やっぱりこの人達は今でも張り合ってるんだな。
俺は苦笑しながらも口を挟んだ。
「アキトがびっくりするからいきなり喧嘩するなよ」
「あ、すまん」
「つい…怖かったか?」
お互いへのライバル意識が強いだけで、悪い人達では無いんだよな。小柄なアキトを威圧しないためだろうか、大きな体を縮めて謝罪を口にした二人にアキトはぶんぶんと首を振ってから答えた。
「目の前で殴り合いを始めたとかじゃなくて睨みあってただけですし、大丈夫ですよ。それにハルが慌ててないから、大丈夫だって分かってます」
ね?と俺を見上げてそう答えたアキトに、周りの人達はハルは信用されてるんだな、惚気られた、なんてわーわー言いながら声をあげて笑いだした。
だがアキトが嫌がっていないと分かったから、もう遠慮も何もなくなってしまった。すっかり取り繕う事をやめて素を隠さなくなった衛兵たちは、あっという間に俺達を取り囲んだ。
「ハル、おまえ、もっと頻繁に帰ってこいよ」
「いや、トライプールでも忙しくしてるから無理だ」
「というか、いつの間に伴侶候補見つけたんだ?俺はまだなのに」
「羨ましいか?」
「羨ましいに決まってるだろうが!」
ぽんぽんと飛んでくる言葉に笑いながら言い返せば、楽し気な笑い声が返ってくる。
「なあ、見た目も綺麗だけど、性格も良さそうだよな」
「ああ、まあな」
「まさかハルに伴侶候補ができて、お祝いできる日が来るとはな…」
「あー…正直、俺が一番驚いてるよ」
惚気ても良いんだぞーなんて言われながら、ふと視線を向ければ隣にいた筈のアキトがいなかった。周りを囲まれている間に、俺が移動してしまったのか。
会話を続けながらもうろうろと視線を彷徨わせてみれば、少し離れた場所でよりによってロイ師匠と話し込んでいるのが見えた。
整列していた時点では師匠がいると分かっていたのに、今の今まで存在を忘れていた。相変わらず驚くほど気配を消すのが上手い人だ。
わざわざ気配を消してアキトに近づいてまで、一体何を話しているんだろう。
「なあ、トライプールの…」
「ちょっとすまない!」
慌てて会話を遮った俺は人ごみをかき分けながら、すぐにアキトと師匠の所へと向かった。
なんだよと言っていた衛兵たちも、俺の向かう先を見ると苦笑を浮かべて黙ってくれた。
「…アキトに何か?」
思ったよりも硬い声が出た事に、自分でも驚いた。わざわざ気配を消して近づいたんですよね?と視線に込めてみつめれば、師匠はいやいやと苦笑を浮かべた。
「弟子の伴侶候補とちょっと話してただけだよ」
「弟子…?」
不思議そうに首を傾げているアキトには、ちゃんと説明しないとな。
「ああ、俺の剣の師匠だよ」
ハルの!?とびっくり顔で見つめるアキトに、師匠はそうなんだと笑って答えた。
「それで、何の話を?」
「たいした話はしてないぞ。ただ前に会った時よりもハルの肩の力が抜けたように見えたから、どんな伴侶候補なのかなと気になっただけだ」
師匠は戦闘面での相性も良いんだって聞いたぞとさらりと続けた。ああ、そういう質問をしていただけなのか。ちらりと視線を向ければ、アキトもこくりと小さく頷いてくれた。
それにしても肩の力が抜けていると言われるとは思わなかったな。
「肩の力…抜けてますか?」
「ああ、前よりも自然体になってるな。それに前よりも強くなった」
あっさりとそう続けられた師匠の言葉があまりにも信じられなくて、思わず目を見張って固まってしまった。
「師匠に褒められた…」
ぽつりと呟いたのは無意識のうちだった。
「人聞きが悪いな。いつも褒めてただろう?」
「上手くなったとかは言われましたけど、強くなったは初めて言われましたよ」
「そうだったか?」
そんな事はないと思うがと、師匠は首を傾げた。そんな事あるんですよ。
そうか。師匠から見て強くなったと言われるほどの変化があったのか。それも、アキトのおかげで。そう思うと嬉しいような照れくさいような複雑な心境だ。
すこし頬が熱い気がするなと考えていると、不意に他の衛兵がアキトの顔をひょいっと覗き込んだ。どうやら、俺が近いと怒らないギリギリの距離を狙っているようだ。
「アキトくんって、辺境領の出身じゃないよな?」
「はい、違いますね」
アキトが素直に質問に答えた瞬間、部屋の中がしんと静まり返った。
「じゃあ、もしかして…辺境領に来るのは初めてかい?」
「…はい」
あーこれは…きっといつものあれが始まるな。他の土地から来たならぜひここに行ってくれという、辺境領の良い所自慢だ。
先にアキトに教えておいた方が良いかと考えた俺が口を開くよりも前に、わっと部屋の中が一気に賑やかになった。
間に合わなかったか…ごめん、アキト。
「初めて来たなら、やっぱり木彫りの店だな!」
「は?最初は他の地域には無い、珍しい果物一択だろうが!果物屋に行くべきだ!」
斧を背負った前衛のミルシュと弓を背負った後衛のメンクは、一歩も引かずに主張しながら睨みあいを始めてしまった。やっぱりこの人達は今でも張り合ってるんだな。
俺は苦笑しながらも口を挟んだ。
「アキトがびっくりするからいきなり喧嘩するなよ」
「あ、すまん」
「つい…怖かったか?」
お互いへのライバル意識が強いだけで、悪い人達では無いんだよな。小柄なアキトを威圧しないためだろうか、大きな体を縮めて謝罪を口にした二人にアキトはぶんぶんと首を振ってから答えた。
「目の前で殴り合いを始めたとかじゃなくて睨みあってただけですし、大丈夫ですよ。それにハルが慌ててないから、大丈夫だって分かってます」
ね?と俺を見上げてそう答えたアキトに、周りの人達はハルは信用されてるんだな、惚気られた、なんてわーわー言いながら声をあげて笑いだした。
応援ありがとうございます!
81
お気に入りに追加
3,899
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる