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792.【ハル視点】顔合わせ

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 アキトを連れ帰るという約束をとりつけて安心したのか、わざわざ黒鷹亭の外まで見送りに来てくれたレーブンは笑みを浮かべていた。

「いってくる」
「いってきます!」

 アキトと並んでそう声をかければ、レーブンは満足そうにひとつ頷いてから口を開いた。

「ああ、いってこい!気を付けてな!」

 絶対に帰ってこいよという言葉に手を振って、俺達はそのまま領主邸へと向かった。



 丘の上にあるトライプールの領主城の前には、今日も威圧感を放つ門番達が立っていた。個人的に話せば気の良い奴らばかりなんだが、仕事中は無表情だから余計に――な。本人たちも気にはしているようだが、職務上愛想良くニコニコしているわけにもいかないんだから仕方ない。

 ゆっくりと近づいていけば、門番達はじっと俺達を見つめている。いや、見つめられているのはアキトだな。

 怯えるでもなくまっすぐ自分たちを見つめてくるアキトに、戸惑っている気配がする。滅多に見せない反応に笑ってしまいそうだ。

「こんにちは。領主邸に何のご用でしょうか?」
「これを」

 説明するよりもこれを見せた方が早いと小さなカードを差し出せば、門番はすぐに確認を始めた。領主様本人に頂いたカードに問題があるはずもなく、俺達はあっさりと領主城の中へと招き入れらえた。

「お待ちしておりました」

 敷地内に入るなりそう声をかけてきたのは、門の内側を少し進んだ所に立っていた護衛の男性だった。上から下まできっちりと全身を装備で固めていて、腕が立ちそうだ。

 おそらく領主様と一緒に移動する精鋭の一人なんだろうなと見つめている俺の隣で、アキトは慌てた様子で口を開いた。

「待たせてすみません」

 あー…うん。アキトらしい発想だな。こんな場所で俺達の到着を待たせてしまったと考えたんだろう。

 護衛の男性は一瞬だけ大きく目を見開いたが、次の瞬間にはふわりと笑みを浮かべた。

「謝罪は不要ですよ。私は仕事として案内役を任されただけですから」
「あ、じゃあありがとうございます」

 よほど予想外だったのか、男性は楽し気に微笑んだ。無表情を装う事に慣れた護衛の表情すら、アキトは変化させられるんだな。面白いものを見せてもらった。

「アキト、気にしなくて大丈夫だよ。案内してもらおう?」

 俺のかけた声に護衛の男性はふふと笑ってから、すぐに前に立って歩き出した。

「こちらへどうぞ」

 男性の先導で俺達が向かったのは、この前は近づかなかった一画だ。領主城ほどではないが立派な建物がそこには建っている。

 建物の前には広場のような広大な場所があり、そこには馬車がいくつも並んでいた。

「あれ…?馬車?」

 トライプール領主様の家紋が入った馬車をじっと見つめていたアキトが、不思議そうにそう呟いた。

「領主様が外出してるって対外的に示すために、あの馬車は街道を通って辺境領に向かうんだ」

 小声でそう教えれば、アキトはえっと声をあげた。

「…そんな事までするんだ?」
「ああ、不自然に思われないように…ね」
「そうなんだ…」



 案内されるまま馬車の後ろ側に回りこめば、そこにはたくさんの人の姿があった。

 完全に武装した護衛たちの一団は、俺とアキトに気づくとちらりとこちらを見た。どうやら数人は知ってる奴が混じってるみたいだ。

 ばたばたと忙しそうに行き来をしているのは、荷物の準備をしている使用人やメイドたちだろう。領主様の辺境行きとなれば、俺達よりも準備は大変だろうからな。

 ふとアキトの視線が止まったなと目線の先を辿ってみれば、そこにはたくさんのウマとウマの世話係の姿があった。

 出来る事ならこのままゆっくりとウマを堪能させてあげたい所だけれど、残念ながら今は挨拶の方が優先だな。俺はくいっとアキトの手を引いた。

 素直にさっと俺の方へと視線を向けてくれたアキトと一緒に、こちらへゆっくりと近づいてきている男、ストを見つめる。今日も相変わらず目を見張るほどの大きな弓を背負っている。

「こんにちは。私は今回の護衛の隊長を務めるストといいます。はじめまして」

 優しい笑みを浮かべてそう声をかけてきたストに、俺は密かに驚いてしまった。顔なじみだから挨拶に来ただけかと思っていたんだが、こいつが今回の護衛の隊長なのか。

「はじめまして。アキトです」

 丁寧に挨拶を返したアキトににっこりと笑みを浮かべたストは、ちらりと俺に視線を向けてきた。

 周りの目があるから何も言わないが、やっと起きたのかと思われてるんだろうな。いや、もしかしたら白狼亭のステーキ食ったか?とか思われてるかもしれない。

「おそらくついてからはすぐに別行動になると思いますが、何かあればいつでも頼ってくださいね」
「その言葉、ありがたく受け取ります」

 護衛隊長としての言葉にあえて固い言葉で返せば、ストは何も言わずに俺の肩をぽんっと叩いて笑って離れていった。

「ハル、ストさんは知り合い…だよね?」

 鋭いアキトには、たったあれだけのやりとりでもバレていたらしい。

「ああ、あっちは仕事中だから言葉も固いままだけどな」

 普段はどちらかというとああいう優しい笑みではなく、声をあげて笑うような明るい奴だ。白狼亭の常連のうちの一人で、ローガンのステーキが大好きなある意味同士とも言える相手だ。

 まあ俺とスト、どっちの方がより白狼亭の常連かって喧嘩をした事もあるんだけどな。そう打ち明ければ、アキトはクスクスと笑ってくれた。

「ちなみにその時って…それからどうなったの?」
「ああ。ローガンに、どっちでも良いが喧嘩する奴らに食わせるステーキは無いぞって言われて終了したよ」
「それは…なんともローガンさんらしい話だね」

 想像できちゃったと楽しげに笑うアキトに、俺も一緒になって笑い合った。
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