生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
785 / 1,179

784.出発の日

しおりを挟む
 今日はいよいよ辺境領へと出発する日だ。

 こどもの頃から遠足や楽しい遊び予定の前日には、興奮しすぎてよく眠れない事が多かった。そんな俺だからもしかしたら眠れないかもなとちょっとだけ不安だったけど、どうやら余計な心配だったみたいだ。

 窓から入ってくる太陽の光で自然と目を覚ました俺は、ちいさくあくびを洩らしながらむくりと起き上がった。

 部屋の中はすっかり明るくなってるけど、別に俺が寝坊したとかじゃない。

 遠距離移動のためには早起きして早朝から動くというのが鉄則だけど、今回は領主様が一緒だから特別なんだって。出発はお昼過ぎだって聞いてたから、こんな時間までのんびりできて俺としてはありがたいけどね。

 あれ、でもハルがいないな。どこにいったんだろうと寝ぼけた頭でぼんやりと考えていると、不意にガチャリとドアが開いた。

「あ、アキト、起きてた?」
「うん、おはようハル」
「おはようアキト」

 寝てる間に帰ってくるつもりだったのにと苦笑しながら、ハルは手にもっていたカゴを持ちかえて俺に見せてくれた。

「今日の出発はゆっくりだって言ったら、レーブンが用意してくれたんだ」

 もしかしてとワクワクしながら覗き込んでみれば、カゴの中にはたっぷり具材の挟まった分厚いサンドイッチがいくつも並んでいた。俺の好きなマルックスのサンドもあるし、ハルの好きなステーキのサンドもあるみたいだ。

 栄養バランスを考えてなのか、サラダやグリル野菜、スープまで添えられている。朝昼兼用になるように考えて、ボリュームたっぷりに作ってくれたんだろうな。

「わー美味しそう!」
「そろそろ食堂は閉まる時間帯だから、部屋でゆっくり食べろって言ってたよ」
「嬉しいなー後でお礼言わないと」
「うん、そうしよう」

 せっかくならレーブンさんも一緒に食べて欲しかったけど、今の時間帯も黒鷹亭は忙しいから仕方ないよね。

 辺境領でも絶対にレーブンさんへのお土産を探そうとこっそり決意しながら、俺はレーブンさんの気持ちのこもったご飯を美味しくいただいた。



 しっかりと用意を終えて階下へ下りていくと、受付にはレーブンさんの姿があった。

「おはよう、アキト」
「おはようございます」
「レーブン、これ。ありがとう」

 ハルがそっと差し出したカゴをちらりと見て、レーブンさんはよしよしちゃんと食べたなと笑みを浮かべた。

「どれもすっごく美味しかったです!」

 ありがとうございましたと勢い込んで告げれば、レーブンさんはくすぐったそうに笑って手を振った。

「気にすんな。俺がお前らに食わせたかっただけだ」
「本当に美味かったよ」
「ハルがそう言うのは珍しいな」

 悪くねぇなと楽し気に笑っていたレーブンさんは、不意に表情を曇らせた。

「…俺は心配だよ」
「なあ、レーブン、何がそんなに心配なんだ?」

 ハルは不思議そうにそう尋ねた。

「辺境領は確かにすごく安全な場所ってわけじゃないが、最近はスタンピードも起きてないし危険度は下がってるぞ」
「ああ、それは知ってる」
「全ての魔物に勝てるとまでは言えないが、アキトと俺なら負けない事はできるだろう」

 俺とアキトは戦闘面での相性も良いからなとハルは続けたけれど、レーブンさんはそういう事じゃないんだと首を振った。

「アキトの事は俺が全力で守るし、アキトだって俺を守ってくれるから大丈夫だ」

 ハルはさらりとそう続けた。俺がハルを守ろうとすることも、当たり前に受け入れてくれているのが嬉しい。

「いや、そういう意味じゃねぇよ」
「じゃあ俺の両親との顔合わせの方が心配なのか?」

 まさかなと言いたげに続けたハルに、レーブンさんはすぐに頷いた。

「ああ」
「アキトは…きっと気に入られるよ」

 ハルはそう言ってくれてるけど、レーブンさんは心配してくれてるって事だよね。うまくいかなかったらとか、俺が拒絶されないかなとか考えてくれてるんだろうか。

 そう思ったけど、レーブンさんの心配の方向性は俺が思っているものとは全く違うものだった。

「そんな事は俺だって分かってるんだよ」
「え?」
「は?」

 ハルと二人で顔を見合わせてから、首を傾げてしまった。

「むしろ俺が気にしてるのは、気に入られすぎちまう可能性の方だ!」
「気に入られすぎる?」
「可能性?」

 気に入ってもらえるのって、良い事じゃない?

「こんなに性格も良くて、可愛げもあって、素直で人たらしなアキトだぞ?あの最強夫婦にも気に入られるに決まってるだろう!」

 えっと、ちょっと褒めすぎじゃないかな。いやレーブンさんがそう思ってくれてるんだって思えば、それはまあ嬉しいんだけどね。

 でもそこまで言われたら褒められすぎて恥ずかしい。頬を赤く染めて視線を向ければ、ハルは重々しく頷いて同意を返していた。うわーなんだか余計に恥ずかしい。

「あの…」
「ハル、絶対にアキトをトライプールに連れて帰ってこいよ。このまま辺境領に住めとか言われたら俺とローガンの名前を使って良い」

 それでも無理なら、領主とかけあって直接乗り込むからなとまで言われてしまった。これって本気で言ってる…よね?

 焦る俺の隣で、ハルは良い笑顔で頷いた。

「まかせてくれ、レーブン。絶対にアキトと一緒に帰ってくるからな」

 えっと…その心配は、いらないんじゃないかな。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

異世界に召喚されて失明したけど幸せです。

るて
BL
僕はシノ。 なんでか異世界に召喚されたみたいです! でも、声は聴こえるのに目の前が真っ暗なんだろう あ、失明したらしいっす うん。まー、別にいーや。 なんかチヤホヤしてもらえて嬉しい! あと、めっちゃ耳が良くなってたよ( ˘꒳˘) 目が見えなくても僕は戦えます(`✧ω✧´)

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

処理中です...