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780.【ハル視点】ルピュルの実

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 残念そうにしながらも帰っていったローガンを見送った後、仕事に戻るレーブンと別れて俺達は自分たちの部屋へと戻った。

「ちゃんとローガンさんに挨拶できて良かったー」
「うん、そうだね」

 すぐに頷いた俺に、アキトは嬉しそうに笑いながら続けた。

「このまま会えないまま出発する事になるかもって思ったよ」
「そうならなくて良かったね」

 やっぱり疲れが残っているのかアキトはそのままベッドに向かおうとしたけれど、俺はそれを止めるように口を開いた。

「ね、アキト。何か軽く食べておかない?」

 俺の提案にいつもならすぐに同意してくれるアキトは、んーと考えこんでしまった。たぶんまだそれほどお腹が空いていないんだろうな。ルセフの所で予想外のご馳走を食べさせてもらったから、俺も耐えられないほどの空腹だってわけじゃない。

 ただこのまま寝たら、確実に夜中に目が覚めそうな気がするんだよな。

 目が覚める事自体は別に問題は無いんだが、起きだして食事なんてしていたらきっとアキトも起こしてしまうだろう。

 そう考えた俺は、素直にアキトにそれを伝える事にした。 

「このまま寝たら夜に目が覚めそうなんだ」
「あーそっか、それもそうだね」

 恥ずかしさを堪えて主張する俺に、アキトは優しく笑って頷いてくれた。

「じゃあ、俺も何か食べるよ」
「俺は肉串にしようかな…アキトはどうする?」
「俺は――肉串は無理かな。何か果物とかにしようかな」
「あ、じゃあとっておきのを出すよ」

 俺は自分の鞄の中から、トリク祭りの会場で購入していたルピュルの実を取り出した。

 ルピュルの実は手のひら大程の大きさで、皮は鮮やかな緑色、一皮むけば中身は真っ赤っていうなんとも奇抜な見た目のものだ。アキトは比較的地味な見た目の食べ物を好むからすこし怯むかもしれないが、その美味しさは保証できる。

 滅多に出回らないのに珍しく一つだけ売っていたのを、アキトに食べさせたい一心でつい買ってしまったんだよな。

「これはルピュルの実。見た目は派手だけど、アキトはきっと好きだよ」

 皮を剥いてから渡した実に、アキトは恐る恐る齧りついた。

「あ、美味しい!これすごい好きな味だ!」
「やっぱり?甘酸っぱいのが好きなアキトならきっと好きだと思っていたんだ」

 微笑みながら、俺は大き目の肉串を取り出して齧りついた。うん、やっぱり美味いな。昔の俺なら確実に塩系の味付けを選んでいたのに、今はアキトの影響で甘辛い味付けのものを選んでしまう。

 誰かの影響を受けるようになるなんてなと思いながら視線を向ければ、アキトは手や口周りを真っ赤に染めていた。

 ルピュルの実は果汁が多いから、どうしてもそうなるんだよな。味は好きだけど食べ終わった後の処理が面倒だと言う人もいるぐらいだ。まあ、浄化魔法が使える俺達には関係のない話だが。

 そんな事を考えながら、俺は肉串をもう一本取り出した。ついでにアキトの好きな果実水でも渡しておこうかなと鞄に手を入れた俺は、そこでやけに部屋の中が静かな事にようやく気が付いた。

 慌てて視線を向ければ、そこには実を握りしめたままうつむいて眠ってしまっているアキトの姿があった。

 手の中に残っているのは最後の一口程度の量だが、それも完食できないぐらいに眠かったんだろう。

 あー、これは間違いなく俺のせいだろうな。疲れているのは分かってたんだからもっと早く寝かせてあげれば良かった。

 反省をしながら俺は残っていたルピュルの実を摘まみ上げると、自分の口へと放り込んだ。うん、久しぶりに食べたが美味いな。

 すぐに浄化魔法をかけて綺麗にしたアキトを、起こさないようにそっと抱き上げてベッドへと運んだ。

「おやすみ、アキト」

 囁くような声と共に額に口づけを落とせば、眠ったままのアキトはふにゃりと嬉しそうな笑みを見せてくれた。



 翌朝。俺が目を覚ますと、じっと自分の手を見つめているアキトの姿が視界に飛び込んできた。

 あーこれはきっと昨日の事を思い出しているんだろうな。

 気づかれていないのを良い事に、俺はじーっとアキトを見つめていた。

 ハッとした顔をしたと思ったら、恥ずかしそうに頬を染める。頬を染めたと思ったら真剣な表情に変わって、次の瞬間にはまた恥ずかしそうに顔を隠す。くるくると変わる表情が可愛い。

 そんな可愛い反応を眺めていると、アキトはそのまま小さく身体を丸めるとふるふると震え始めた。

 アキトは身悶えていても可愛いんだからすごいよな。感心しながら見つめていると、不意にアキトと視線が合った。あ、見つめてたのがバレちゃったな。

「わ、ごめん、ハル!起こしちゃった!?」
「いや、こっちこそごめんね。実はだいぶ前から起きてたし、アキトの表情がくるくる変わるのを見てたんだ」
「昨日は迷惑かけてごめんなさい」

 申し訳なさそうなアキトに、俺はぶんぶんと首を振った。

「え、迷惑なんかじゃないよ?むしろ疲れてたのに俺に付き合わせてごめんね。もっと早く寝かせてあげれば良かったなーとは思ったけど」
「いやいや、俺が自分で眠いって主張すれば良かっただけだから謝らないで」
「そう?」
「それにしても、食べながら寝るとかこどもみたいだね…恥ずかしい…」

 ぽつりとそう呟いたアキトに、俺はそんな事無いよとすぐに答えた。

「俺の前だと無防備なのはむしろ嬉しいからね。それに可愛かったよ」

 ふふと笑ってそう言いきれば、アキトは真っ赤になりながら勘弁してと小さな声で返してきた。
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