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777.【ハル視点】レーブン

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 まだ冒険者達が帰ってくる時間帯よりも早いせいか、黒鷹亭の中はしんと静まり返っている。受付カウンターの方に視線を向ければ、椅子に座って何かを読んでいるレーブンの姿があった。

「お、アキト、ハル。おかえり」

 俺達の視線にすぐに気づいたレーブンは、手にもっていた紙をそっとカウンターの上に置くとうっすらと笑顔を見せた。

 最初の頃こそ笑顔が珍しいとあんなに騒がれていたレーブンだが、最近はすごく自然に笑うようになった。

 しかもその笑顔は、俺達以外の宿泊客にも向けられている。レーブンいわく、アキトとハルに笑いかけてたら癖になっただけ――らしいんだがな。

 笑顔を見たアキトと俺が何も気にせずに会話を続けるのを見ている内に、周りのやつらも慣れてきたんだろう。

 今ではレーブンの笑顔を見て騒ぐ奴はだいぶ減った。まあ久しぶりにトライプールに来た冒険者や旅人なんかは、三度見していたりもするんだがな。見慣れた組に揶揄われている姿は、たまにみかける。

「ただいま帰りました、レーブンさん!」

 元気に返事をしたアキトに、レーブンは優しい笑みを返している。

「レーブン、ただいま」

 俺もレーブン相手にただいまという事にすっかり慣れてしまったな。アキトの父親みたいなものだと思えば、レーブンとローガン相手に恥ずかしいと思う事も無くなってきた。

 レーブンはアキトと俺の顔をゆっくりと見比べてから、ホッと安堵の息を吐いた。

「心配はしてなかったが…まあ、何とかなったみたいで良かったよ」

 レーブンはさすがに中身までは知らないとはいえ、領主様の手紙が届いた事は知っているからな。心配はしてなかったなんて口では言ってるが、本当はかなり心配してくれてたんだろう。

「レーブン、今、ちょっと時間を貰えるか?」
「ああ、もちろん。部屋…入るか?」

 遠まわしに聞かれた防音結界は必要かという確認に、俺は笑って首を振った。

「いや、ここで大丈夫な話しだ」
「そうか。それなら聞こうか」

 真剣な目をしたレーブンに、俺も真剣な表情で視線を合わせてから口を開いた。

「俺とアキトは、辺境領まで行く事になったんだ」
「辺境領まで二人一緒に…答え難かったら答えなくて良いが――それは何かの任務か?それとも依頼か?」
「いや…元々の予想通り、実家からの圧力だったよ」

 あーそれかと呟いたレーブンは、それはまあ領主様も気の毒になとさらりと続けた。

「領主様からの手紙で辺境行きを決めたって事は…移動は?」
「ああ、領主様達と一緒に辺境まで行ってくるよ」

 俺の返答を聞いたレーブンは少しだけホッとした様子で、それは良かったなと笑って続けた。領主様の所にある魔法陣は、レーブンとそれにローガンも使った事がある筈だ。あれは何回目のスタンピードだったか。応援が必要だと言われた領主様が、かき集めた精鋭の中にいたんだよな。

「アキトは納得して行くんだよな?」
「はい!むしろハルのご家族に早く会ってみたいです」

 ワクワクして答えたアキトに、レーブンと俺は顔を見合わせてから笑いだした。

「お前の両親に早く会いたいって奴は初めて見たかもな」
「領主様もかなり驚いてたよ」
「だろうな。まあ楽しんできたら良いさ」
「ありがとうございます」
「ところでレーブンさん、ローガンさんって、今日はもうここに来ましたか?」
「あ?ローガンは今日も店だろ―――ってあー、今日はあいつの店は休みの日か」

 すっかり忘れてたなと豪快に笑ったレーブンは、ドキドキしながら返事を待つアキトに向かって笑って答えた。

「今日はまだ来てないぞ」
「良かったぁー」
「うん、良かったね、アキト」
「ん?なんだ?お前ら、ローガンに何か用事でもあったのか?」

 手を取り合って喜ぶ俺達を、レーブンは不思議そうに見つめている。確かに急にこんな事を言われたら不思議にも思うか。

「ローガンにも出来れば今日中に挨拶しておきたくてな」
「…待て。お前らいつ出発するんだ?」

 嫌な予感がするんだが…と尋ねられて、俺はすぐに答えた。

「今日を入れて二日後には出発だから、明後日だな」
「はぁぁぁ!?急すぎるだろう!」

 まさかそこまで急だとは思わなかったと、レーブンは困り顔で続けた。

「俺達も急だとは思うんだが…領主様の都合に合わせたからな」
「あー…そうか。うん、それは仕方ねぇな」

 眉間にしわを寄せたレーブンは、魔法陣の都合なら仕方ないと納得してくれたと思うんだが、アキトはそうは受け取らなかったらしい。慌てた様子で、手をぶんぶんと振りながら説明を始めた。

「あの、領主様は俺達の都合に合わせようかってわざわざそう言ってくれたんですよ。でも俺達が断ったからなので…」
「…ほー、決めた予定はきっちりこなしたいあの領主様がねぇ?」

 レーブンはそう言いながら、ちらりと俺に視線を向けてきた。俺はひとつ頷いてから答えた。

「俺も驚いたけど、本当だよ」
「ほーそれが本当だということは…アキトはあの領主様にも気に入られたのか?」
「ああ。かなりね」

 まずアキトは初対面の時点であの領主様から祝福の言葉を貰ったくらいだからなと、俺は遠い目でそんな事を思い出していた。
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